2009年06月20日

伊織とやよいとサバイバル1

#SP世界

「すると水瀬君のあの記事は嘘という事だね?」
「ええ、事前に差し止めの要請はしたんですがJプロがプッシュしたようです」
「え、Jプロからなの?」
「ああ、主演の彼はJプロが今一押ししてるけど、ドラマの視聴率は今ひとつなんだ。話題作りの一環だろう」

765プロ会議室。今行われているのは社長を交えた"Project iM@S"の定例会議だが、プロデューサー達はU字に置かれた折りたたみの長机の思い思いの席に座っている。席順によるメンツを気にする人間がここにいるとも思えないが、自由な発言を促す社長の配慮なのだろう。実際ここで何かが決まるという事はなく現状報告や情報交換が行われる程度で、担当アイドルの今後の活動方針を決めるのはあくまで各プロデューサーである。
今の議題は伊織のスキャンダル記事についてだ。件の映画出演以来ドラマ出演のオファーが増えている。この夏クールでは日元テレビ土9ドラマの出演を射止めた。今回写真誌を飾ってしまった記事は、そのドラマの主演アイドルとのものだった。写真はロケ先のホテルでたまたま二人きりになった所を撮られたものだったが、念のために確認すると伊織はにべもなく答えた。

「あんなお子ちゃま、私の趣味じゃないわ」
「……彼、お前と歳変わらない筈だぞ。むしろ二つ上じゃなかったか?」
「一から十までお膳立てしてもらってるのに、箸の上げ下げも出来ないのをガキっていうの」
「まあ、あの演技はさすがにちょっとなあ……」

スキャンダラスなイメージがまとわりつくのは伊織も俺も覚悟の上だ。しかしワイドショー辺りで散々ネタにされ、安易に消費されるのは気をつけなくてならない。だから記事は差し止めたのだが先方の思惑は違っていたらしい。男性アイドルをほぼ独占する業界最大手のJプロがプッシュするなら中堅765プロでは抑えが効くはずもない。雑誌社の記者を締め上げると彼はそう白状した。

「いろいろと複雑だな」
「スキャンダルを嫌うJプロがそんな手段に訴えるほど追いつめられていると考えれば、伊織は体よく使われた事になる」
「逆に伊織ちゃんのプレゼンスが上がってるって事じゃない?」
「……そういう考え方も出来るか。それでも不本意であることは変わらない」
「対策はどうかね?」
「特別な対策は取りません。伊織にも事実だけを話すように伝えてあります。Jプロがこれ以上煽らないならこの件は単発で終わりです」
「煽った場合は?」
「こちらもそれなりに利用させてもらうことになります」
「分かった。何か私に出来ることがあるなら言ってくれたまえ」

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posted by tlo at 01:25| ○○の仕事風

2009年06月19日

伊織とやよいのサバイバル



>はじまり
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2009年04月29日

interlude2

「Project im@s」は765プロが社運をかけたプロジェクトである。集められたのは11人のアイドル候補生とそのプロデューサー達。アイドル達にそれぞれの個性があるように、プロデューサー達にもそれぞれの前歴がある。美希を担当していたプロデューサーは、グラビアアイドル事務所のマネージャーだった。
グラビアアイドルは特に「旬が短い」。まるで女の子を使い捨てにするような業界で、彼は一人新しいグラビアアイドルのあり方を模索していたという。そこに高木社長が目をつけ、美希の担当プロデューサーとして連れてきたのだった。

「ふーん、あの人そんな事してたのね」
「ああ、その時から結構なやり手だったそうだよ」
「冴えない営業マンだったアンタとは大違いね」
『♪Tabooを冒せるヤツは 危険な香り纏うのよ』

彼は担当アイドルには優しかったが、それだけの男ではなかった。営業の押しの強さは社長さえも舌を巻く程だったし、慣れない音楽業界にも積極果敢に切り込んでいく度胸もあった。だがなによりも、彼は女の子を光らせる術に長けていた。彼は担当アイドルと疑似的な恋愛関係を結ぶのだった。

「ま、美希が熱を上げるのも無理無いと思うわ」
「でも危険なやり方だったと思うよ」
『♪Riskのない愛なんて 刺激あるわけないじゃない』

だがそのやり方が、結果として美希にハマった。端から見てもやる気の欠片も感じられなかったあの美希の目が輝きだしたのだった。そしてその輝きが、眩い光になるのにはそう時間はかからなかった。美希が眠らせていた才能は、スカウトしてきた社長でさえも気付かない程に巨大だったのである。

『♪Gameと割り切るヤツは 女の扱い上手いのよ』
「意外と伊織にも相性よかったかもな」
「私はあんなスカした男はイヤよ」
『♪覚えておけば?』
「そうか」

すべてがうまく行っていた。だがとある事件を切欠に、二人の関係に亀裂が入る。彼が何の気無しに発した言葉を真に受けて、美希がばっさりと髪型を変えてきたのだった。グラビアアイドルは特に外見に気を遣う。整形手術さえも辞さない業界だ。突然イメージを変えるのは命取りになりかねない。彼はプロデューサーとして、美希を猛然と叱りつけた。

「アイツ、すっごい落ち込んでたわ」
「美希にしてみれば、プロデューサーに気に入られたい一心だったからな」
『♪ダメな恋をもとめてるの』
「でもあの人は、美希が好きな訳じゃなかったんでしょ?」
「いや、好きだったと思うよ。あくまで、担当アイドルとしてだけど」
「それは好きって言わないんじゃない?」
『♪だけどもっとアンバランスが欲しいの』
「そうか?」
「そりゃそうよ」
「伊織もそうなのか?」
『♪牙の抜けたヤツになんて心疼くわけないじゃない!』
「美希のことを言ってるに決まってるでしょ」

美希はその後、プロデューサーに嫌われたくない一心で仕事に打ち込んだ。皮肉にも彼女の輝きは増し続け、ついにプロデューサーである彼の手に余るものになる。そして彼も善人じゃなかったかもしれないが、決して悪人ではなかった。あまりに無垢な情愛を寄せてくる美希に、彼自身が耐えられなくなっていた。

『♪GentleよりWildに』
「……じゃあ、自殺を図ったって噂はホントなの?」
「そんな噂まで流れてるのか?」
『♪WildよりDangerous』
「ふらふらと車の前に飛びだしたって」
「かなり参ってたみたいだけど。それはない」

幸い怪我は軽く退院は早かったもののしばしの休暇の後、彼は長期の海外出張を命じられる。美希の海外進出を見据えたマーケティングと研修が名目であったが、彼と美希とのいきさつを知った社長の配慮もあったに違いない。一度互いに距離を取った方が良いと判断したのだろう。
美希担当には765プロ生え抜きである春香担当のプロデューサーが兼任となった。だが美希にとってプロデューサーはただ一人だし、春香も多忙を極めるメジャーアイドルだ。彼は有能だが万能ではない。彼が目を離した隙に、美希に対して何らかのアプローチがあったに違いなかった。

『♪試してみれば?』
「アプローチってどんな?」
「わからない」
「何それ、やっぱりアンタ役に立たないわね」
「でも想像は出来る。美希、すごく不安定になってただろ?」
「そうね、夜食のおにぎりを誰かに盗られたとかつまらない事で大騒ぎしてた」
「美希に聞かれた事あるんだ。『美希のプロデューサー、社長に外されたの?』って」
「出張なんでしょ?」
「もちろんそうだよ。だけど美希はその『事実』に納得してくれなかった。彼の口から直接の説明も無かったらしい。そういう時に『都合のいい』答えを囁かれたらどうなる?」
「……アイツ、私が思ってた以上にバカだったのね」
「俺の想像だよ。ホントの所は分からない」
『♪Good Luck To You!』

例えば「プロデューサーと一緒に移籍しない?」と誘えば美希はどうするだろう。俺がプロダクションの社長だったらそうする。有望なアイドルと有能なプロデューサーを一挙両得できるのだ。しかもそのアイドルが美希であるなら、莫大な移籍料を払っても割に合う。
だがこの説明では分からないこともある。その移籍料のやりとりについて何も伝わってこないのだ。先方が移籍料を払わないのなら、美希に違約金を求めても良い。だがそんな法的処置に動く様子もない。社長の方針に疑念を抱くプロデューサーは俺だけじゃなかった。

ラジオはいつの間にか別の曲に変わっていた。二人の会話を妨げない程度に彩るBGM。

「で、役作りには役に立ったか?」
「やっぱりプロデューサーを好きになるってのが理解できないわね」
「プロデューサーと限定するんじゃなくて、もっと一般的な恋愛って考えればいいんじゃないか?」
「ダメよ。やっぱり芸能界って特殊だもの」
「じゃあ俺を好きになるってのは?」
「アンタね。私は真面目に悩んでるの」
「役作りのためだよ」

ちらりとバックミラーを覗くと伊織と目が逢った。すぐに視線をそらせた伊織は、ふくれっ面でぽつり、つぶやく。

「……もう、試したわよ」
「……なるほど」

伊織の様子がおかしかったの理由に納得がいき、俺は胸をなで下ろした。

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posted by tlo at 21:06| ある日の風景的な何か

interlude1

#SP世界へのつなぎ

「プロデューサー」
「なんだい?」
「……キスして」
「え?」
「キスして欲しいの」
「そんなこと出来る訳ないだろっ」
「プロデューサーは私のこと、嫌いなの?」
「嫌いだとかそういう事じゃないだろ?」
「私にはそういうことなの! だってプロデューサー言ったじゃない! 躰は男に預けるけど、心を預ける訳じゃないんだって!」
「……」
「私、明日、「営業」………初めてだから……心を、私の心をプロデューサーに……」
「……それは出来ないよ」
「なんで!?」
「聞いてくれ、僕はプロデューサーで君はアイドルだ。こんな関係がばれたら、君の「営業」も無駄になる」
「……」
「分かってくれるね? 君の為なんだ、イオリ」



「カット!」

映画「Lo.li.ta.」の撮影は順調に進んでいた。一カットに一日かかる、というのが映画の撮影に対する印象だったが、この2ヶ月で全体の5割の撮影を終えている。伊織が出演するパートにすれば7割といった所だ。インディーズ上がりでリアリティを重視するこの映画監督は早撮りで馴らしていたのだった。

「お疲れ様」
撮影を終えた伊織に声をかける。都内のオフィスビルの一室を借りて作ったセットに西日がさして、濃い陰影が出来ている。逆光になった伊織の顔を見て、俺は息を呑む。そこにいたのは、恋する少女だった。
「...はぁ」
大きな溜息をついて、イオリは伊織に戻った。この撮影を始めて改めて知ったのは伊織の表情の豊かさだった。もちろんそれは演技の上での「仮面」なのだが、分かっていても、それに今日のようなことは何度もあったのに、俺は慣れないでいる。
「……どうした? 急に溜息ついて」
「アンタの顔、ホント冴えないわね」
「悪かったな。何だったらあっちの『プロデューサー』に鞍替えしたらどうだ?」
ミナセイオリのプロデューサーを演じるのは若手舞台俳優で、テレビの露出こそ少ないものの演劇界隈では人気の、いわゆる「イケメン」俳優である。
「あんなヤサ男だったら、アンタの方がずっとマシよ」
「お前が特殊な嗜好の持ち主だったなんて初めて知ったよ」
「なんて面白い冗談なのかしら。ひっぱたくわよ?」
「ひっぱたかれて悦ぶ趣味はない。俺もノーマルだ」
彼の演じるプロデューサーは担当アイドルには優しい、だがただ優しいだけの男だ。人格的には全く問題のない「いいひと」ではあるが、芸能界においては欠点でしかない。この業界で生き残るための覚悟を、彼は担当アイドルに全部押しつけ破滅させることになる。伊織が言う「ずっとマシ」は俺の「仕事に対する評価」なのだろう。

「そう? だったら――」

俺がそう納得しかけたところで、伊織の表情が沈む。物憂げな眉。潤む瞳。唇が小さく動いて。

「キスして」
「冗談だろ?」
「冗談よ」

だが、伊織はなお俺を見詰める。心拍が一段階早くなるのを感じて、俺は目をそらした。

「帰るぞ」
「ええ」
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posted by tlo at 01:15| ある日の風景的な何か

2009年03月12日

伊織と俺のプロデュース−Epilogue

チン


エレベーターの扉が開く。俺と伊織がエレベーターを出ると扉が閉じる。上がっていくエレベーターの表示が三階になった辺りで、ビルの地下駐車場に盛大な溜息が響く。

「って、何よ情けないわね」
「いや、今回ばかりは疲れたよ」
「私は楽しかったわよ」
「……昨日は泣きそうな顔してたくせに」
「何か言った?」
「いや、別に」

実際疲れた。なにせこのお膳立てをするのに、丸一日しか時間がなかったのだ。各方面に相当の無理をお願いして、あちこちで横車を押しまくった。机に積まれた請求書を律子に提出するのが恐ろしい。救いだったのはあの監督がノリノリだった事で、自らスタジオを借りて一日であのトレーラーを完成させてくれた。しかも「素材撮り」をしたいからと報道陣に紛れ込んだのは彼の発案だったりする。

「もっと胸を張りなさい。アンタそれだけのことはしたのよ?」
「それだけのことって?」
「アンタ、スキャンダルをプロデュースに変えたんじゃない」
「そりゃ、仕事だからな」
「私のためにでしょ?」
「俺にだってプロデューサーとしての野心はあるよ」
「私を応援したいんでしょ?」

伊織に悪戯っぽくのぞき込まれ、俺は思わず顔を背ける。正直に言えばお膳立てに没頭している間、そんな伊織への気持ちを忘れていた。だから罪悪感はあるし、すなおにうんと頷けない。視線を感じて、ちらりと目線だけもどす。

伊織はにっこり笑ってくれた。

疲れが吹き飛ぶ。この笑顔があれば、俺はやっていけるだろう。

「俺は伊織のプロデューサーだからな」
「次も頼むわよ」
「ああ、任せろ」

穏やかな空気が二人の間を満たす。俺達はしばし見つめ合





〜♪



全く空気の読めない携帯だ。
だが今回なっているのは俺のではなく、伊織がしぶしぶ携帯を取り出す。
電話に出た伊織の顔が厳しくなっていく。様子がおかしい。

「ど、どうしたのやよい!? 落ち着いて話して」
そのうち俺の携帯にも呼び出しがかかった。嫌な予感に急き立てられ、俺は電話に出る。
『プロデューサーさん!? 急いで帰社してください!』
「どうしたんですか小鳥さん」
『それが……』


「「美希が移籍!?」」



                                   Go to the next stage
posted by tlo at 22:52| ○○の仕事風

伊織と俺のプロデュース18

儘ならないのが世の中とはいえ、ついてないときはトラブルが続くものだ。大きな山を乗り越え一息つく間もなく、また難題が降りかかってくる。運命を呪うというのは、こういう時の気持ちを言うのか。

『セレブアイドル夜のパーティーの御乱行。今夜のお相手は映画監督?』

ゴシップ記事の見開きを、あの監督と一緒にタクシーに乗り込む伊織の写真が飾っていた。場所は例の六本木のビル、撮されたのは間違いなくあの日の夜だ。この後タクシーは歓楽街に向けて消えていった等というこの記述は、いつもならでっち上げだと言えば済む話だが今回に限れば事実で、しかも小さな記事じゃない。

社長室のテーブルに置かれたその雑誌を前に、伊織は顔面蒼白で立ちつくす。

「記事の差し止めは間に合いませんか?」
「いや、発売は明後日だ。明日にはマスコミが嗅ぎつけるだろう。もう問い合わせの電話が入り始めている」
「明後日、ですか」

間違いなくあのゴシップ記者の仕業だ。大物タレントの熱愛発覚でもあれば、伊織の記事なんて話題にもならないだろうに。スキャンダルを飯のタネにしているようなワイドショータレントも、この頃はなりを潜めてとんとご無沙汰だ。ならば政治で大きな動きがあれば………

全く無意味な事を考えている自分に気づき、頭を振って一つ深呼吸する。ようやく横にいる伊織の姿が目に入る。伊織はただ、呆然と机の上の記事を見つめていた。

「伊織、疲れたろ? もう休め」

返事がない。

「伊織」
「……どうするのよ」
「今考えてる」
「さっさと対策しなさいよ!」
「ああ任せろ。だから今日はもう帰って――」
「帰れる訳ないじゃない!」

伊織は拳を記事に叩きつける。大きな重い音をたて、テーブルが揺れる。

「伊織、怪我したらどうする」
「そうだわ……パパに頼んで記事を握りつぶすのよ。いっそ、出版社ごと買い取って雑誌を休刊させてやるわ!」
「そんな事したら余計に騒ぎが大きくなるだろ?」
「そこまでせずとも彼なら、影響を最小限にしてしまうだろう」

腕を組んでいた社長が深い溜息をつく。

「そして君もアイドルを辞めさせられるに違い無いだろうね」
「「それは困る!」わ!」
「だが水瀬君の将来を考えれば、それも選択肢として考えねばなるまい」
「そんなのイヤよ! ほら、アンタ早く何か考えなさい!」

普段あれだけいやがる父親を担ぎ出す辺り、伊織は相当に追いつめられている。確かに社長の言うとおり、彼女の父親ならマスコミを黙らせることは簡単だ。『水瀬グループからの広告出稿に影響が出る』と言えばいい。だがマスコミだけ対策すればいいというものではないのが現状だ。最近はネットの影響力も無視できないのである。下手をすれば「炎上」しかねない。

「ああもう! いっそあの監督と熱愛宣言でもしてやろうかしら!!」
「………あ」
「何か思いついたの!?」
「それいいアイデアだなと思って」
「それって、何よ」

自然と口元が歪む俺に、伊織は驚いたように距離を置く。

「あの監督の流儀に倣うのさ」


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posted by tlo at 03:06| ○○の仕事風

2009年03月07日

俺と伊織のプロデュース17


「カメラテストは終わりです。お疲れ様」


彼女は事務的な口調で、テストを打ち切ろうとする。全てはシナリオ通りなのだろう。脱げるか脱げないかを問い、脱げると答えた時にはここで脱いで見せろと求める。このシナリオを提案したのは間違いなくあの監督だ。
殆どが事務所の人間に止められたと思う。機転を利かせてその場を凌いだアイドルもいたかも知れない。だが迷いつつも歯を食いしばり、腹を見せたアイドルもいただろう。逡巡の末結局脱げず、泣き出すアイドルもいたはずだ。

彼はその光景さえも、映画の糧にするつもりだ。「リアリティ」といえば聞こえは良い。だがそんなものは都合良く構成された「フィクション」だ。アイドル達のたった一面を切り貼りしただけの「ニセモノ」。薄っぺらの「作り物」だ。

俺達はあの男がそんなヒトデナシだと知っている。
この事態さえ予想の範疇だ。
そして伊織は、彼の頭の中の「リアル」に切り抜かれるのを拒否した。


「見なさい」


そう彼女が「見たいの?」と問うたのは、今、目の前にいる「リアル」



「私が、アイドルよ」



伊織は服を下ろそうとしない。監督もカメラから目を離さない。テストは終わってない。戦いは続いている。

「監督。もういいでしょう?」
「撮影の邪魔だ。どいてくれ」

彼がテスト続行を宣言する。外国人プロデューサーは事の成り行きをじっと見守っている。

「765プロさんっ。あなたも見てないで彼女を止めて」

うわずりそうになる声を抑えて彼女は言ってきた。伊織が振り返る。紅玉の瞳の奥には決意の光。伊織は脱ぐ。最後の一糸に至るまで脱ぎ捨てるだろう。10日前にはちょっとした冗談にさえ顔を赤らめていた少女だったのに。

「伊織」

止めることはできる。
まだやめさせる事はできる。
しかし

「伊織、脱いで見せろ」

その言葉に、伊織の口元がわずかに緩む。
俺が頷くと、伊織はそのままセーラー服の上着を脱ぎ捨てた。
細い小さな肩からまっすぐ伸びる鎖骨。
明るい室内にあってさえ、シルクのような光沢を魅せる肌。
腹に若干残る贅肉は子供の名残で、柔らかそうな肉感に思わず手が伸びそうになる。

担当者の彼女は絶句した。
俺が止めると思ったのだろう。
だが、そもそもこのテストに出ると決めたのは俺だ。
ならば、伊織が脱ぐのも俺の指示でなくてはならない。
例えそれが伊織の意志であろうとも、
銃爪は、俺が引かねばならない。

ホックが外され、プリーツスカートが伊織の足下に広がる。
彼女らしくない、安っぽいコットンのショーツは役作りだろう。
子供っぽいデザインのそれは伊織の腰には小さく、尻に食い込み、肉がはみ出る。



ここで伊織は動きを止めて斜に立ち、カメラを凝視した。
ホテルの最上階のスイートルーム、窓一面には摩天楼。
アールデコ調のインテリアに囲まれて、半裸の伊織が立っている。
今やこの空間は、伊織の「リアル」が支配する。
俺達は登場人物であり観客だ。
彼のカメラには一体何が映っているだろう。



視線を外した伊織が、ゆっくりと背中に手を回し、ブラのホックを外す。
乳房を隠していた布地が落ちるその刹那、
すべてを「外」から見ていた唯一の人間が声を上げた。


"Cut!!"
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posted by tlo at 00:00| ○○の仕事風

2009年03月05日

伊織と俺のプロデュース16

広いリビングに置かれた調度には高級感が漂い、壁一面の窓からは都心部の摩天楼が一望できる。毛足の長い絨毯に浮かされるようで、地に足がつかず落ち着かない。伊織は勧められたソファーに座ると、脚を揃えて横に流し、両手を腿に置く。教えてもないのにこういう仕草が自然に出てくる辺り、良家の躾の賜だろう。俺は伊織の背後に控えるように立つ。
シティホテル最上階のスイートルームがカメラテストの会場だった。正面のソファーに座っているのは3人。左には件の監督、右の席にはスーツに身を固めた中年の女が座る。そして中央には外国人の男がいた。初老で痩せてはいるものの、かっちりとダブルのスーツを着こなすタフなビジネスマン風の彼こそが、例の大物プロデューサーだ。今回の映画には余程力を入れているのだろう。そうでなければ多忙を極めると言われる彼が、日本にまでやってくることはあり得ない。
まず女が自己紹介をした。彼女は中堅配給会社の買い付け責任者で、時折プロデューサーとしても名前を連ねる事を俺は思い出す。彼女は続けて、外国人プロデューサーと監督を続けて紹介した。プロデューサーは日本流のお辞儀をして見せる。

「では最初に自己紹介をしていただけますか?」

緊張をほぐすように、彼女は優しい声でゆっくりと伊織に問い掛ける。監督がソファーから立ち上がって三脚に据えられたカメラを回し始めると、伊織は四十八の猫かぶり技の一つ「高度に深窓化したお嬢様は、皇族と区別がつかない」で、ゆっくりと質問に答えていく。
俺達の不安が杞憂だったのかと思うほどに、無難が質問が続く。だが伊織は緊張を解いていない。現に監督はろくにカメラをのぞき込もうとしない、外国人プロデューサーに至っては通訳もついていないのだ。伊織は奇をてらわない無難な答えを返していく。そう、まだ「本番」じゃない。

「ところで水瀬伊織さん」

柔らかい声が、わずかの緊張を帯びる。伊織はその変化を逃さない。短く返事をすると、口元をきゅっと結ぶ。

「この映画では、いろいろと刺激的な表現をする予定です」

監督はようやくカメラをのぞき込んだ。レンズがせり出され、絞りが開かれる。

「水瀬さんは、ヌードを見せる事ができますか?」
「必然性があれば」

躊躇うことなく、気負いすることなく、伊織は答えた。この手の質問は答えそのものよりも「女優の資質」が問われる。奇をてらわずに堂々と答えた事は正解だろう。だが、かつて大女優と呼ばれた人間は、この問いに対したびたび名言を残している。伊織の答えは無難に過ぎて凡庸だ。らしくない。伊織の様子を窺おうと腰をかがめたその時、監督が口を開いた。

「必然性があれば、脱ぐのかい?」

伊織は監督に顔を向ける。監督はカメラから目を離していない。回り続けるカメラが、問いに頷く伊織の姿を捕らえる。

「じゃあ脱いでくれる?」

何事でも無いかのように、監督は伊織に服を脱ぐよう指示を出す。外国人プロデューサーは足を組み替え、静観の構え。配給会社担当も、表情を変えずに事の成り行きを伺っている。本番だ。

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2009年03月03日

俺と伊織のプロデュース15

カメラテストには思ったより多くの参加者があり、シティーホテルの小宴会場は息苦しささえ感じられた。大手プロダクションの社章をつけたマネージャーらしき男さえ見かける。だが彼らの傍らにいるのは駆け出しかあるいはデビュー前の、俺も顔を見たことのないアイドルだった。
あまりにスキャンダラスな内容だ。リスクとリターンを天秤にかけて、失うものがない新人をあてがってきたのだろう。だが監督の意図を明確に察すればメジャーアイドルを投入するのが正解で、そうなればメジャー一歩手前の伊織の勝算は薄くなっていた。そこまでは計算通り。
誤算があるとすれば、伊織の仕事を「寝取った」彼女もテストに参加していたことだ。驚きを隠せずあんぐりと口を開けるしかなかった俺の目の前を、彼女は伊織に挑発的な笑みを向けながら颯爽と歩き去っていった。彼女の図太さは最早賞賛されるべきものだろう。彼女は盗み撮りの件を知っているのか。

――いやだからこそあの監督は彼女を呼んだのかも知れない。

ホテル内のカフェで、エスプレッソの泡をすすりながら俺は考える。主催者側からは俺達のテストの順は一番最後になると伝えられた。最低1時間はかかるだろう。彼女と顔を合わせた伊織を落ち着かせるために待合室から連れ出して来たのだが、当の伊織は平然とオレンジジュースを飲んでいる。
もしかしたら伊織は、もうあの夜を乗り越えているのかも知れない。全ては俺の取り越し苦労で、目前に控えたテストも伊織にとってはいつものオーデションと変わらないのかも知れない。いずれにしても、テストには学校の制服を着てくるように伊織に指示した昨日の時点で、俺の出来る事は残ってない。腕時計を確認し、俺は殆ど手つかずだったエスプレッソを一気に飲み干す。

「そろそろ行こう」
「先に行ってて」
「どうした?」
「乙女に聞いちゃいけない用事」

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posted by tlo at 20:56| ○○の仕事風

2009年03月02日

俺と伊織のプロデュース14

昼下がりの公園には遠くのベンチに座る老人以外誰もいない。どこにでもありそうな児童公園に子供の姿がないのは平日と言うこともあるだろう。ココアをすすりながらぼんやりと空を眺める伊織を見つめながら、デビュー間もない頃の会話を思い出す。あの時は、公園で二人きりだった。

あの頃は全く仕事が無かった。それなりの勝算を持って芸能界に飛び込んできたであろう伊織には耐え難い日々であったろう。本気で辞めたいと漏らしたのは、後にも先にもあの時だけだ。それに比べれば今の状況はまだマシといえる。伊織の目の前にあるのは、先の見えない不安ではなく乗り越えなくてはいけない壁だ。

あの夜の出来事を超える事で、伊織は一皮むけるだろう。

少なくとも今伊織が抱いている「カワイイあの子はみんなのあこがれの的」などというアイドル像は捨ててもらわなくてはならない。これはあの誓いを実現させる為の、長い道のりの第一歩となろう。だがその伊織が、今ひとつ乗り気でない。負った傷は思った以上に深かったのだ。

「そろそろ移動しようか」

俺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、伊織はココアの缶を傾ける。もう一度呼びかけると伊織はようやく溜息をして、俺に向き直った。

「アンタ、いっつもこんな営業してるの?」
「うちは社員が少ないからね」

今やっているのは新規開拓の営業だ。この手の営業には普段伊織を連れて行かない。伊織向きじゃないし、彼女をくさらせる事になりかねない。現に今も、広告代理店の担当者にアポをすっぽかされて時間を潰していた所だ。

「なんで今日は私を連れてきたの?」
「現実を知ってもらおうと思った」
「厳しい現実ってやつ?」
「いや、ただの現実さ」
「なによそれ」
「誰もお前を、水瀬のお嬢様だからって特別扱いしなかったろう?」

伊織は芸能界に入ってからは水瀬財閥の影響力を行使しようとしない。むしろ仕事の間は水瀬の名前を忌避するようだった。損得と打算で動く世間を、伊織は己の力だけで泳ぎ切ろうとしている。計算高い癖に、妙なところで不器用なのだ。この娘は。

「だからあの記事は真実じゃない」
「でも、火のないところにはって言うじゃない」
「そりゃ真っ赤な嘘って訳でもないだろうな。お前が水瀬のお嬢様っていう事実は動かせない。だけど今日の営業が『現実』だ。お前がお前の父親の名前を出さない限り、世間は『平等』に扱ってくれるよ」
「……つまり私には価値が無いって事なのね」
「相応の価値しか認めないって事だよ。そして今は、お前の真価が知られてないだけ」
「それって、アンタが仕事出来ていないって事じゃないの?」
「ごめんな」

率直に謝る。事実そうなのだからしょうがない。伊織は歯ぎしりしてひとしきり睨むと、口をとがらせてそっぽを向いてしまった。

「言いたいことがあるなら言ってくれよ。黙っていられると気味が悪い」
「言い訳ぐらいしなさいよ。あっさり謝られたら文句も言えやしないわ」
「ない」
「じゃあ私も言わない」

数日前まで散々やりあっていたのに、ここ数日はこの調子だ。方針が気にくわない訳じゃないだろう。徹底的に伊織に喋らせて反撃に転ずる俺の戦術に対応してきたのだろうか。伊織との会話は往々に高度な心理戦になる。男女の恋のさや当てならば、ここは相手が折れるまで持久戦がセオリーだがコミュニケーションが減るのは仕事として良い傾向とはいえないだろう。

「なあ伊織」

俺が話しかけると、伊織が顔を向けてくる。話したくも無いという訳では無いのだろう。のぞき込んでくる彼女を見て、思う。
綺麗な娘だ。
彼女の成長を見ていたい。
だが、それは叶わぬ夢だ。
こみ上げる愛おしさに、言葉が溢れた。


「俺、お前のことが好きになんだろうな」


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posted by tlo at 23:39| ○○の仕事風