2009年07月28日

伊織とやよいのサバイバル11

「合格は3番ちゃんです! やったわね〜! おめでとう!!」

ドラムロールが止む。スポットライトが集まり、カメラが一斉に一方を向く。伊織はすかさず笑顔を見せ、カメラに向かって手を振った。鳴り響くファンファーレ。

「ありがとうございますー!」

自然な喜びの表現。以前だったら大げさすぎるぐらいに「作って」いた。負けてしまった相手の形ばかりの祝福にも応え、彼女にも見せ場を作る辺りも卒がない。テレビバラエティを離れて数ヶ月。勘が鈍ってないか不安だったが杞憂だったようだ。
IU一回戦。伊織は圧勝した。オーデションを受けるのも実は数ヶ月ぶりだったのだが、終始危なげない展開は見ていて頼もしい程だった。三次選考も相手は大手プロダクションが売り出し中の新人だったが、伊織を脅かすには至らなかった。
CMに入り、ADが駆け寄ると伊織をメイク室に連れて行く。舞台袖ですれ違い様に俺が親指を立ててみせると、伊織はウインクして返した。

「765プロさん。伊織ちゃん、とっても良かったわ」

入れ違いにやってきたのはヴィジュアル審査員の山崎すぎお氏だった。オーデションで出来の良かったアイドルに声をかけるのは、情熱家である彼には珍しくない事なのだが、それだけにこれは単なる社交辞令ではない本物の賛辞である。

「ええ、私も驚いています」

素直に率直な感想を返す。こういう時の彼に裏表は必要ない。

「Jプロの彼とお付き合いしてるんですって?」
「あくまで、仕事での付き合いですよ」
「恋する女の子はキレイになるのよ。演技でも迫真に迫ればね」
「そいうものなんですか?」
「そういうものよ。久しぶりにいいもの見せてもらったわ」

スタイリストにしてデザイナーである彼は、広い見識と独自の審美眼を併せ持っている。が、彼をして業界内でも高い信用を得ている審査員たらしめているのは、「テレビ局の都合」や「芸能プロの誘惑」を切り捨てる高いプライドであった。もっともこのIUにおいて、その信用が担保されるのかは不明であったが。

「久しぶり、ですか?」

ふと、気になった言葉を聞いてみる。IUの審査は毎週あるはずだ。山崎氏は溜息混じりに答えてくれた。

「とにかく目立つ格好してくる娘が多いの」
「キャッチーな事は悪くないと思いますが」
「きちんとコーディネートして、その娘に似合っていればね」

IUオーデションにも服装規定はある。だが、規定の隙間を縫ってアイドル達は様々な工夫を凝らしていた。髪の留め方まとめ方を変えるのは初歩で、まるで水着と変わらないアスリートのレーシングウェアを着込んでくるアイドルまでいる。普段のオーデションであればあり得ない事だ。

「ちょっと地味でも私はきちんと評価するし、どんな派手でもダメなものはダメなの。そもそも私はそんなとこ審査対象にしてないってことぐらい分かってるでしょうに。投票があるからって視聴者に媚びて、自分をねじ曲げてどうするのよ。もううんざりだわ」
「アイドルは電波芸者ですから。しょうがない一面もありますよ」
「真のトップアイドルを決めるなんていうから私も興味があって審査員を引き受けたんだけど……」

審査員という立場を考えれば不適切な発言ではあろう。視聴者投票の導入には彼が最後まで抵抗したと聞いていた。相当不満が溜まっているに違いない。

「一つ聞いていい?」
「なんでしょう」
「あなたにとって、真のトップアイドルってどういう存在なのかしら?」
「時代と寝るアイドルですよ」
「あなたも伊織ちゃんに妙な格好させるわけ?」
「時代を追いかけてたら、時代と寝れるわけ無いじゃないですか」
「平成の百恵に期待してるわ」

いくらか明るさを取り戻し、彼は会場を後にする。ADや美術スタッフが舞台裏をあわただしく動く。勝利の報酬、テレビライブの本番にはまだ少しかかりそうだった。
続きを読む
posted by tlo at 00:03| ○○の仕事風

2009年07月25日

伊織とやよいのサバイバル10

水瀬家の車止めで車を待つ。広大な前庭は既に闇に飲まれていた。車止めの明かりが届く噴水の水面に、雨の波紋が産まれては消えている。社長はもう少し伊織の父親と話していくという。伊織は送ってくれるというのか、俺についてきた。

「八重歯のこと、いつ気づいたの?」
「やよいとレッスンしてた時に」
「良く気づいたわね」
「やよいと一緒だと、よく笑っていたからね」
「そう……そんなに笑っていたかしら」
「公園レッスンが始まった頃はホントによく笑ってたよ?」
「そんなに前から気づいてたの?」
「そりゃ、伊織のプロデューサーだからな」

「嘘」

唐突な言葉に刺される。目を向けると、今度は伊織の視線に刺される。

「嘘は言ってないよ」
「嘘じゃなかったら裏切り者だわ」
「裏切ってなんか無いだろ?」
「だったら何であんな事いったのよ」
「担当を降りるって事か?」

頷きもせず、伊織は視線で俺を問いつめる。鋭い目の奥の瞳は潤み、わずかに揺れていた。

「もちろん、お前を世界一にしてやるよ」
「当然だわ」
「そのためには、どんな事でもするって言ったよな」
「ええ」
「その『どんな事』の中には、こういう事も含まれているだけの話だ」
「そんなの、私が許さないわ!」
「許さないか?」
「アンタ、私に誓いを立てたのよ? 私を世界一にする義務があるわ」
「なあ伊織」

俺は伊織を信頼している。伊織も俺を信頼してくれているようだ。アイドルとプロデューサーの理想的な関係だろう。だがそれは目的ではなく、手段だ。アイドルとプロデューサーに求められるのはあくまで成果だ。故に「短期決戦」となるIUに出場すると決めた時点で、伊織は「長期育成」を掲げる俺を切るべきなのだ。
それ以前に、俺に限らずプロデューサーと名乗る人間が出来る仕事はIUではほとんどあるまい。IUが定める「真のトップアイドル」という一つの価値観に沿えば良いのだ。そしてIUが求めるのが「誰からも愛される広告塔」「いつも笑顔の客寄せパンダ」といった類のアイドルであるなら、積み重ねたスキルはいらない。「人形」であればいい。

続きを読む
posted by tlo at 03:02| ○○の仕事風

2009年07月07日

伊織とやよいのサバイバル9

没落した華族から買い取ったって言う屋敷は世間じゃ豪邸になるそうだけど、私にとっては産まれたときから住んでいる「日常の風景」だ。だけどアイツが、重いだけが取り柄の玄関の扉を開いて入って来ると、見慣れたはずの風景がどこか別の場所のように見えた。アイツが手を挙げて挨拶してきて、二階の踊り場からボーゼンとエントランスを見下ろしていた私は、ようやく我に返った。

『アンタ何しに来たのよ!』

呼んだ覚えはないわ、と。つい怒鳴り声を上げてしまった私に、あの男はいつもの頼りない顔で、パパに呼ばれたのだと答えた。客などろくに出迎えないパパが、エントランスにやってきた。パパは社長と少し話して、連れだって応接室に向かった。

『お前は部屋にいなさい』

大事な話だ、と。階段を下りようとした私に、パパはいつものキビシー顔で、お前には関係ない話だと、そう言った。胸騒ぎがした。この間の家出は片が付いたはずだ。部屋でうさちゃんと相談しても分かるわけ無いから、扉の前で立ち聞きしてたら、案の定だった。

「私が伊織の担当から退けば問題はありませんね?」
「ちょっと待ちなさいよ!」

ありったけの力で扉を蹴飛ばした。冗談じゃない。何が関係のない話よ。大アリじゃない。

「どういう事なの!?」
「伊織、部屋に戻れ」
「いやよ!」
「伊織」
「その話はもう終わったんじゃないの!?」

パパは一度これと決めるとテコでも動かない頑固な人間だ。家出でもしなければ、パパにガツンとやれなかった。だから、そんなパパが意見を何度も変えるだなんて信じられない。

「大人になれ。もうそんな歳ではないだろう」
「パパこそ、私を子供扱いしないでよ!」
「ああ、だからこそアイドルを止めろと言っている」
「私、アイドルは遊びじゃない。真剣よ!」
「だからこそだ。お前程度の才能では先が見えてる」
「私の事なんか全然見てない癖に、そんな事分かるわけ無いじゃない!」
「では、お前は星井美希に勝てるか?」
「目じゃないわ!」


「お前のプロデューサーは、勝てると思ってないようだがな」


プロデューサーの背中が強ばる。立ちつくすアイツの隣に行って、顔を見上げた。口をぐっと結んで、歯を食いしばっていた。パパに言いくるめられて、言葉を無くしてしまったんだろう。情けない…とは思うけど、あのパパが相手ならしょうがない。

がっちり握って震えているアイツの拳を握ってあげた。

はっとしてアイツは私を見下ろしてくる。一にらみしてやると、アイツは深呼吸してパパと目を合わせた。

「勝てないとは申しておりません」
「では星井美希にでも勝てると?」
「勝ちます」

プロデューサーは、躊躇無く言い切った。パパは部下を試す時の顔になる。汗の一つも見逃さない、あの目付きだ。

「根拠を示せるか?」
「そんなものありません」
「話にならない」
「伊織に才能がないというあなたの言葉にも、根拠はありません」
「私は伊織の実の親だぞ?」
「ですがあなたは、伊織を見ていません」

パパの目がますます鋭くなる。その視線をまともに受けて、平気な奴なんていなかった。声は震えている。呼吸も荒い。だけどアイツは私の手を握り返して、口を開いた。

「伊織は八重歯です。ご存じでしたか?」

プロデューサーの言葉に、私は息を呑んだ。社長も目を見開いた。でも、この場で一番驚いてるのは間違いなく、パパだ。

続きを読む
posted by tlo at 01:01| ○○の仕事風

2009年07月04日

やよいと伊織のサバイバル8

水瀬グループの前身は大阪の商人だった。その名が初めて歴史に現れるのは幕末の動乱期である。薩長方につき巨利を得た当時の当主はその後も政商として富を蓄え、水瀬家を4大財閥に次ぐ大富豪にのし上げる。だが栄華は続かなかった。積極的に行っていた海外投資が世界恐慌により回収不能になったのだ。水瀬家は零落する。ところがその災いが転じ、太平洋戦争後の財閥解体を逃れた水瀬家は、戦後の混乱に乗じ現在の水瀬グループ、通称水瀬財閥を復活させてしまうのだ。機を見るに敏な伊織の性格は、乱世を生き抜いてきた水瀬家特有の気質なのだろうか。

彼女の父、現水瀬家当主の顔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
俺と社長は今、水瀬家の応接室で伊織の父親と相対している。

事の発端は伊織が家出をした事にあり、その原因は彼女の父親が伊織にアイドル引退を命じた事にある。「パパが折れる」と伊織が言っていた通り、程なく執事の新堂さんからメールが入った。だが事態はそれで収まらなかったのである。数日後、社長と俺は、水瀬家に呼び出されたのだった。

「娘をポルノ女優にしてくれたのは君か?」

伊織の父親は俺を見るや開口一番、そう言い放った。肘掛けに肘を立て、拳に顎を乗せ、見下ろすようなその視線。だがその言葉とは裏腹に、表情からはあからさまな感情は見て取れない。言葉を選び、俺は口を開く。

「どういう事でしょうか?」
「伊織が出た映画のことだ。濡れ場をやらせたと聞いているが?」
「フランスでは大変高い評価を得ています」
「水の代わりにワインを飲んでる人間に、ポルノと芸術の区別がつくと思うのか?」
「お呼びの件は、映画の事ですか?」

彼は頭を振ると、社長に向き直った。立てていた肘を下ろし、身を乗り出す。社長もそれに合わせ、二人は顔をつきあわせる格好になった。

「高木。娘を預けたのは、貴様を信頼してのことだ」
「ああ、分かってるとも。私も大事な娘だと思っているよ」
「貴様は実の娘を、あんな映画に出せるのか?」
「呼び出したのはやはり映画の件か?」
「違う」
「はっきり言ってくれ。お前と俺の仲じゃないか」

伊織から、社長と彼女の父親は親友だと聞いていた。コネがあったからこそ、事務所に入れたのだと。俺に対しては表情一つ変えなかった彼も、社長に対してはわずかな苦渋を見せる。

「伊織を引退させて欲しい」

社長はそれを聞き、ソファーに体を沈めて天井を仰いだ。腕を組み、次いで深い溜息。

「正直に言えば、アイドルなぞすぐに飽きると思っていた。アレのいつもの気まぐれだと思っていたし、貴様だったら俺の娘だからといって特別扱いはしないと思っていたからな」
「だが彼女は成功しつつあるよ」
「優秀なスタッフに恵まれたようだな」

そして再び俺と目をあわせ、今度は溜息をついて見せた。俺は我慢できずに発言を求めると、彼はぞんざいに頷く。

「成功しているのは伊織の才能ですよ」
「アレに才能が無いのは、私が一番承知している」
「伊織のステージをご覧になったことはありますか?」
「無い」
「なら、そんな事は言えないと思いますが」
「では、聞こう。うちの娘は星井美希に勝てると思うかね?」

唐突にでたその名前に言葉が詰まる。社長さえも測りかねた巨大な才能に、俺は勝てると断言が出来ない。水瀬家当主は、その躊躇を見逃さなかった。

「一概に言えませんし、現時点で断定もできません。そもそも――」
「私の仕事の半分は、人を観る事だ」

俺の言葉を遮り、彼は語り出した。

「一流の人間と一流の仕事をすれば、最大の成果が得られるからだ。だから私はまず人を観る。そして本物の才能というものは、君の言うような『括弧付き』のものじゃない。あの娘が破格だということは、君も分かるだろう?」
「彼女を見たのですか?」
「どこかのパーティーでな。アレと同じ歳だとは信じられなかった」

伊織の才能を褒め、娘を持つ父親の感情に訴えるつもりだった。あの映画にこだわったのは、父親であれば当然の反応であろう。だが彼は、あたかも投資物件に対するように娘を断じた。例え虚勢でも「勝てる」と即答すべきだったのだ。伊織の強がりはこの父親とのやりとりの末に身に付いた習い性なのかもしれない。

「水瀬」

社長が口を開く。いつにない低い声で、親友に告げた。

「お前の娘はもう、765プロの看板アイドルだ。出演中のTVドラマも持ってるし、他にも契約している仕事がある。もう彼女は彼女だけの体じゃないんだ」
「そんなことは分かっている。だからこそ、貴様を呼んだんだ」

気色ばむ語調に自分でも気付いたのか、伊織の父親はいったん間をおく。社長も口をつぐみ、彼が落ち着くのを待つ。

「伊織は私の末子だ。水瀬の家名はどこまでもついて回るし、遺産相続の権利だって持っている。貴様の言うとおり、伊織は自分だけの体じゃない」
「……水瀬。何かあったんだな?」
「ああ、親族会議でな」

続きを読む
posted by tlo at 17:46| ○○の仕事風

伊織とやよいのサバイバル7

渋谷交差点を見下ろすビルの6階にあるそのカフェは、知る人ぞ知る穴場だった。伊織はアメリカ流の豪快なBLTサンドを頬張り、俺は二個目のホットドッグを囓る。ラジオ公録の後の遅めの昼食。この後は生田のスタジオでドラマ収録だ。俺達は黙々と平らげ、伊織はオレンジジュースを、俺はカプチーノをすすり、ようやく一息。

『あなたが好きになったんだけど、悪い?』

ふと、窓から見える大型ビジョンに目をやる。そこには伊織が出演しているドラマのCMが映されていた。てこ入れがなされたドラマは持ち直し、先週の回は視聴率が13%にまで達した。信号待ちをしている人達が画面を見上げる様をみて、伊織はほくそ笑む。

「私がここにいるってこと、教えてあげようかしら」
「そんな危ないマネは止めてくれ」
「そしたらアンタが守ってくれるでしょ?」
「どこぞの3世みたいに、お姫様だっこしてダッシュしろってか?」
「その調子でパパからも守ってね」
「………なあ、伊織」
「なによ。もうやっちゃったんだからしょうがないじゃない」

朝の挨拶の後、伊織は「家出してきた」と言った。あまりに事も無げに言うものだから一瞬聞き流してしまったが、事実であれば大事だ。あるいは、また何か試されているのかと考えを巡らしていると、伊織は父親とケンカしたと告白した。

『一日もすればパパが折れるわよ』

伊織は高をくくってそういったが、俺としては気が気でない。ケンカの原因が、アイドルを辞めろと父親が言った事にあったからだ。

「大体ね、パパは私を子供だと思って舐めてるんだわ。どうせ二、三日すればアイドル飽きるって思ってたに決まってるんだから」
「なんで今頃そんなことを言い出したんだろうな。うまく行ってないならともかく、もうメジャーの仲間入りしてるんだぞ」
「だからもう満足だろって言われたわ」
「……お前の父親は、お前という人間を分かって無いんだな」
「アンタの物言い、それ、なんか棘があるんだけど気のせいかしら」

と、俺を一睨だけして、伊織は溜息をついた。
続きを読む
posted by tlo at 17:45| ○○の仕事風

2009年06月29日

伊織とやよいのサバイバル6

#アイドルアルティメット長いので以下IU。特別ルールは俺設定。

結局、俺がやよいのオーデションを見たのは事務所に戻ってからだった。一度ワンセグで見たというのに伊織は、一緒に見て解説までしてくれた。口調が興奮気味になるのも無理はない。やよいはオーデションで見事な逆転勝利を収めたのだった。

「ここよ、ここ! ここのステップ、スゴイと思わない!?」
「あ、ああそうだな」
「なによ、その返事は……って、ほら! ここも! ターンしてポーズ!」
「よく、姿勢が崩れないな……あれ、5位と6位の子消えちゃったぞ」
「足切りがあるって、最初に説明したじゃない」

IUには特別ルールが導入されていた。「足切り」はその一つだ。通常3次審査まであるオーデションだが、IUでは審査が進むにつれ下位の二人は足切りされる。3次審査にまで進むと、アイドルは二人までに絞られることになる。今、画面では残ったのアイドルが「一騎打ち」を始めた。

「あ、これが視聴者投票か」
「見てなさい。ここからよ」

やよいの相手は佐野美心というアイドルで、伊織もオーデションでは煮え湯を飲まされたり飲ませたりしていた強敵だ。通常のオーデションならやよいに勝ち目はなかったはず。だがしかし、3次審査から導入される特別ルール「視聴者投票」が様相を一変させる。

「視聴者投票圧倒的じゃないか。佐野美心だってメジャーなんだぞ」
「やよいって、元気をくれるの。だから応援したくなるんだわ」

あれだけ特訓したというのにやよいはカメラを意識する事なく、ただ全力に踊り歌っている。だがその姿が視聴者の心を打つのだろう。第二次審査までは差を開けられていた得点も、視聴者投票でみるみる縮まりついに逆転。そのままダブルスコアの大差で、やよいは佐野美心に圧勝したのだった。

「大金星だな」
「そうね。佐野美心も出来は悪くなかった」
「このルールってやよい向きなのかもしれないな」

やよいはライブに特化した「アピール」を繰り返していた。それはスタジオに籠もってレッスンを受けていただけでは身に付くこと無い、経験がなし得る技だ。もっとも、伊織や他のアイドルだってそれは身につけてはいる。やよいが違ったのはその引き出しの広さだ。普通のアイドルだったら3回もすればネタが尽きる所を、やよいは両手では数え切れないアピールを見せつけた。やよいが勝利を収めた最大の理由はそこだろう。

続きを読む
posted by tlo at 23:47| ○○の仕事風

2009年06月26日

伊織とやよいのサバイバル5

首都高の道路状況は相変わらず快適だった。これだったら不況も悪くないと思うのだが、我らが765プロからもなるべく下道を使うように通達が回っていたりする。律子にどう言い訳しようと、俺は頭の中でシュミレーションを繰り返す。

「スピード落ちてるわよ! もっと上げなさい!」

後部席からハッパがかかる。今は待ち受ける前門の虎より、後門の狼の方が恐ろしい。アクセルを踏み込み、法定速度から10km程オーバーさせる。それでも伊織はいらだたしげに、腕を組み、足も組んでバックミラー越しに睨み付けてくる。

「もっと上がらないの?」
「これ以上上げたら捕まるよ」
「ばんばん追い越されてるじゃないの!」
「こんな事で捕まればまた記事にされるだろ。『セレドル水瀬伊織スピード違反。早く帰ってテレビを見たかったと供述』なんて物笑いの種だぞ」
「うっさいわね、分かってるわよ! 私は上げなさいっていってるの」
「分かってないじゃないか。せっかくヒロインに昇格したんだから、ここは大事にするところだろ?」
「分かってるわよ! だけど、やよいが出るのよ?」
「やよい大丈夫かな」
「大丈夫に決まってるじゃない!」
「じゃあテレビ見る必要ないな」
「私は見たいのよ!」

などとやりとりをしていると、車の流れが次第に緩くなってきた。さっき追い越していったワゴン車といつの間にか並んでいる。前の車のブレーキライト赤く光り、流れは淀みに変わり遂に止まってしまった。まもなくラジオの道路交通情報が事故の発生を伝え始める。伊織は絶叫を上げる。

「40分はかかるってさ」

ひとしきり叫き散らした後、伊織はぐったりとシートに身を沈めた。

首都高に乗るハメになったのは、ドラマの収録が押した為だった。今日の収録は主演のJプロのアイドルの彼とのラブシーン。伊織はそこで映画主演以来の本気の演技を見せた。映画の撮影ではベテラン俳優さえも刮目させた伊織である。ドラマ初出演の彼は完全に固まってしまった。NGに次ぐNG。結局そのシーンは脚本に手を入れて、彼は無言で立ちつくすだけに変更されたのだった。
が、それだけだったら下道で信号待ちでもしながらのんびりと帰れたに違いない。だが今日はアイドルアルティメットの初日であり、やよいの初陣が生中継される事になっていた。なんだかんだ言っても、やよいが心配なのだ。

「……あのバカが悪いんだわ。付き合う身にもなれっての」
「彼、初めてのラブシーンだったんだろ? しょうがないよ。それにお前、本気だったじゃないか」
「あったり前じゃない。ヒロインの魅せ場よ。ったく、あの程度で固まるなんて、先が思いやられるわ」
「少しは相手に合わせやってても良かったんじゃないのか?」

伊織は答えずに、鼻で笑った。

ドラマは視聴率一桁の可能性が見え始め、てこ入れがなされた。視聴者は目が肥え、アイドルが出ているというだけ「学芸会」ではもう満足しない。学園コメディから本格的なラブロマンスへ脚本レベルから軌道修正した上で、「演技派」伊織がヒロインとして抜擢された。スタッフロールも主人公に継ぎ2番目の位置に昇格。当初は学級委員長役のサブキャラだったことを考えれば大抜擢である。実力で選ばれたというなら、伊織も手放しで喜んだろう。だが、これにはJプロの思惑も絡んでいた。

『うちの○○とおたくの伊織ちゃんを準公認カップルという形でプロモートしようとおもってるんですよ』

アイドルの色恋沙汰がスキャンダルとして流布される昨今、逆に「爽やかな交際」をアピールするのは新しいのではないか。「平成の百恵と友和」。それが彼らのプランだった。平成の友和となる彼は伊織に好意を抱いているという。先日のインタビューで、外見より内面を評価したことが彼には好印象だったそうだ。で、平成の百恵はといえば

「冗談じゃないわ!」

と期待通りの返答。

だがこのプランは非常に説得力があり、魅力的でもある。現状より上のステップを狙うには、女性からの支持は必須だ。プロモートが成功すれば、彼が抱えている女性ファンを伊織の味方に付ける事ができるだろう。逆に反発を喰らう可能性もあるが、そこはJプロ側が徹底的にフォローすると確約した。先の写真週刊誌の時にも、彼らはファンに働きかけたという。律子も言っていたが、確かにネットの反応は冷静だった。Jプロがプッシュするなら、それを利用するのは既定路線だ。その利を説くとしぶしぶではあるが、伊織もプランに乗ってくれた。

「でもあいつ、演技だとか仕事だとかちゃんと分かってるのかしら」
「ん? 何かされたのか?」
「逆よ、妙に意識しちゃって打ち合わせする時にも固まってるの」
「伊織の恋人役になんかなれば緊張するさ」
「そりゃそうだけど、いつまでもそんなじゃ私も困るわ」
「生真面目な子なんだな」
「そりゃ悪い奴じゃないけどね」

伊織はつまらなそうに、肩をすくめた。

会話がとぎれた。進展のない交通情報から、AM局にバンドを変える。野球中継を聞こうとすると、伊織が不平を漏らした。俺はしぶしぶ、自分の携帯をとりだして渡す。春に買ったワンセグ放送の見れるモデルだ。

「ちょっ、こんなの持ってるなら最初から出しなさいよ!」
「画面小さいからな」
「この際構わないわ……ってこれどうするの?」

最初から出していれば、そのうち画面が小さいと文句を言い出すのは目に見えている。タイミングというものは重要なのだ。


続きを読む
posted by tlo at 21:00| ○○の仕事風

伊織とやよいのサバイバル4

「千早。歌っているときは、どんな風に自分を意識する?」
「そうですね。歌そのものになりきろうとは思っています」
「へえ、ちょっと詳しく聞かせて」

やよいを特訓するトレーナー二人に「ヴィジュアル」について私見を聞く。まずは千早だ。

「人はなぜ、歌に感動するのかという事を考えました。まず歌は歌詞と曲に分解できます、曲はさらにメロディーとリズムとコードに分解できます。ですが、人は音符に感動するわけではありません。無論「泣かせ」のコード進行というものは存在しますけど」

千早はここでいったん間をおいて、俺達を見回す。やよいが話を全く理解してない様子なのを見て取り、千早は話を切り上げようとするが俺は最後まで話すよう促した。

「つまり、感動する歌は歌詞も曲もそしてその歌い手さえも不可分なものになるのではないでしょうか? だから私は『歌になりたい』と思っています」
「うん。面白いね」
「あくまで現時点での考えなのですが」

次に伊織に話を向ける。伊織は涼しげに答えた。

「最強美少女伊織ちゃんって思ってるわ」
「まあ、そうだろうね…じゃあ、伊織ちょっといいか?」

ハンディカメラを借りると、俺は伊織に向けて構える。俺の意図を察した伊織が、うさちゃんをやよいに預ける。俺は指を3本立てる。伊織はポーズを取った。それを見て俺は、指を一本ずつ折っていき『キュー』と合図を送る。
ロングショット。伊織は後ろ手になって、カメラに対して斜に構える。カメラを寄せる。伊織はあごを引き、カメラを上目遣いでみやる。わずかにカメラを引き正面から側面に回る。すると伊織は背を向けて、顔だけ振り向き視線をよこしてみせた。

「カット」

今の撮影結果をやよい達に見せると、驚きの声が上がる。

「伊織ちゃんカワイイ!」

伊織はどうすれば自分を一番可愛く見せるか完全に理解している。故に、カメラ位置に対して瞬時に最適のポージングが取れる。もちろんケースバイケースでポーズは変えてくるだろうが、それも「理想の自分」を常にイメージ出来ているからだ。

「伊織、お前テレビ見てる時間より鏡見てる時間の方が長いだろ」
「それぐらい当然じゃない」
「伊織、それはあなただけよ」
「アンタだって、テレビ見てるよりCD聞いてる時間の方が長いんじゃない?」
「それは、そうね」

それは千早に対しても言えることで、彼女も「理想の歌」を常にイメージしている。もっとも、「歌になりたい」という言葉は俺の想像を超えていた。千早とこうして話すのはいつかの蒼い鳥以来だったが、彼女も大きく羽ばたいたという事なのだろう。

「私、そういう理想のイメージって全然持ってないからダメなんですね」
「そういう訳じゃないさ。じゃあやよい――」

俺はやよいにさっきの童謡を歌うように指示を出すと、そのまま地べたに体育館座りしてやよいを見上げる。やよいはきょとんと立ちつくす。

「やよい、俺を客と思うんだ」
「お客さんですか?」
「そう、営業先だと思って」
「あ……はい!」

続きを読む
posted by tlo at 04:11| ○○の仕事風

2009年06月25日

伊織とやよいのサバイバル3

「済まないな千早。こんな事に付き合わせちゃって」
「いえ。人に教えることで気付くことは多いですので、こういう機会はむしろありがたいかもしれません」
「そういってくれると助かるよ」

千早はそう言うと、視線を伊織とやよいに戻した。夜の児童公園の外灯の下、二人は「レッスン」をしている。

「いい、やよい。カメラが来たら、くっと向いて、ぱんってポーズ決めるのよ」
「くっと向いて、ぱんだね!」
「そうよ、やってみなさい」

ハンディカメラを構えたやよいのプロデューサーが正面からやよいの側面に回り込む。やよいはカメラを目で追って、ポーズ。

「だめよ。それじゃくりっと向いて、ぽんっじゃない」
「じゃ、じゃあこうかな」

家庭の事情でやよいは遅くまで仕事やレッスンをすることが出来ない。さらにやよいはその活動方針から営業で外に出ることが多く、レッスンに時間を割くことも出来ない。そこで考え出されたのが、この「公園レッスン」だった。
デビュー直後、お披露目営業としてやよいと一緒に活動することが多かった伊織もこの公園レッスンに付き合ったものだった。まだ一年も経ってないのに、二人がレッスンする姿に郷愁さえ抱いてしまうのは、芸能界という世界の時の早さなのだろうか。

「違う。それはぐりっと向いて、ばんっよ」
「うー。むずかしいよ、伊織ちゃん」
「ちょっとアンタ! やよいになに教えてたのよ!」
「あ…。ゴメンな伊織ちゃん」

やよいのプロデューサーに当たりだした伊織を見かね、俺はベンチを立ち上がる。

この「特訓」は伊織が言い出したものだった。やよいは「ヴィジュアル」面に弱い。それが伊織の指摘だった。

『このままじゃ、アイドルアルティメットで勝ち残れないわ』

だがヴィジュアルには一概に割り切れない難しさがある。ポージングであるとか表情であるとかメイクであるとかコーディネイトであるとか、実に様々な要素が絡み合うのだ。伊織が千早を引っ張ってきたのも、彼女がそれを一番良く知っているからだろう。

「伊織、その教え方じゃ誰にも分からないよ」
「でもこれぐらい簡単な事じゃない」
「伊織。あなたには当たり前な事でも、高槻さんには分からないんじゃないかしら」
「でもアンタだったら分かるでしょ? 千早」
「うー。こんな事も分からないって、私ダメかも……」

頭を抱えるやよいに、伊織は慌てだす。千早は伊織の教え方に問題があると指摘する。いつもなら言い争いになるはずの展開だが、ここで伊織が強弁すればますますやよいが落ち込む事になるだろう。ばつの悪くなった伊織は、千早に任せると言ってすごすごと引き下がってしまった。

続きを読む
posted by tlo at 01:40| ○○の仕事風

2009年06月21日

伊織とやよいのサバイバル2

「何で私達は出ないのよ。手っ取り早いし、白黒はっきりするし、良いことずくめだわ」

前日の会議の結果を聞いた伊織は、予想通りの第一声を発した。確かにこれほど彼女好みの祭典は無く、実力以上のものを発揮できれば優勝も夢ではない。が、俺はアイドルアルティメットに出場するつもりは最初から無かった。

「出来レースだよ。ただでさえ地デジのプロモーションはコケまくりなんだ。夜の公園で『ヤヨイー!ヤヨイー!』って暴れるようなアイドルを間違っても選ぶわけないだろ?」
「バカっ! 私がそんなことするわけ無いじゃない!」
「冗談は追いといて」
「真面目に話しなさいよ」
「どんなに派手な謳い文句を掲げても、総務省も絡んだお手盛りイベントだ。CMみたいなもんだよ。だったらスキャンダルは無い方が都合がいい」
「私じゃダメだって言うの?」
「あれから伊織にCMの仕事があったか?」

そう言うと伊織は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでしまった。ドラマの仕事は増えたがCMは現状皆無といっていい。スポンサーはスキャンダルに敏感だ。ただでさえ水瀬財閥の末娘という事で使いづらいとは言われてきたが、この間の騒動がとどめを刺した格好になった。

「それに活動方針とも食い違う。伊織のことはもう少し長い目で見ていたんだ」
「長い目ってどれぐらいよ」
「そうだな…3年ぐらい」
「3年も待っていられるわけ無いじゃない! やっぱり出るわよ!」
「違う違う! そういう意味じゃなくて」
「どう違うって言うのよ!」
「息の長い活動をして欲しい。君はさらに大きくなれる筈だ」
「仕事さぼる口実を作ってるんじゃないでしょうね」
「IUじゃ君の価値は計れない。そう思っている」
「……ま、私が出れば優勝なんて決まっちゃうようなものだから、今回はやよいに譲ることにするわ」

「プロデューサーさん」

ふいに声がかかる。記者が来たと小鳥さんに告げられて、俺は取材のアポを思い出す。伊織もとたんに顔をしかめた。分からないではない。今取材に来るということは、例のJプロ関連の事は聞かれるだろう。痛くもない腹を探られるのは、実際痛んでいる腹を探られるより煩わしいものだ。

「記者の前でそんな顔するなよ」
「分かってるわよ」
「余計なことは喋るなよ」
「分かってるわよ」
「マナジーが無くなるぞ」
「なによそれ」
「愛とか勇気とかその辺のものだ」
「訳分からないこと言ってると蹴るわよ」
「気持ちをほぐすギャグのつもりだったんだけど……」
「……だったらもっと気の利いたネタを用意しときなさい」
「でな、その超時空勇者が…」
「だから分からないって言ってるでしょっ!」


続きを読む
posted by tlo at 04:04| ○○の仕事風