2009年11月30日

伊織とやよいのサバイバル21

「君は、八百長でアイドルアルティメットに"勝たされる"のだよ」

黒井を見上げる天井がどこまでも高くなっていく。得意満面のドヤ顔に見下ろされる視界が白くなっていく。終わった。やよいにだけは知られたくなかった。素直でまっすぐな笑顔は、もう………

「あの……」
「やよい……」

おそるおそる、やよいの顔をのぞき見る。やよいは放心したように、黒井を見つめていた。

「あの『やおちょう』って野菜とか売ってるお店ですか?」
「そりゃ八百屋や!」
「じゃ、じゃあ、あの、野菜を炒めてあんかけかけた中華料理……」
「そりゃ八宝菜や!」
「分かった! お花の根っこで茶碗蒸しに入れるとおいしいですよね」
「それは百合根だ!」
「あ、そうかー。プロデューサーも黒井社長物知りですね」
「『お前がものを知らなさすぎなん』だ!」じゃ!」

黒井社長とやよいにダブルつっこみを決める。このところ芸人との絡みが多かったせいか、やよいはボケの間合いと引き込みを完全にものにしてた。恐ろしい、このまま成長していけば、どんな芸人になることか……!

「って、待て! お前がプロデュースしてるのは芸人じゃなくてアイドルだろう!」
「おお! 黒井社長、ナイスつっこみ!」
「いい加減にしたまえ!」
「社長おもしろーい」ケラケラ

乾いた笑い声が廊下に響く。扉の影からは、山崎さんの冷たい視線が突き刺さる。黒井社長はいらだたしげに背を向けた。

「下等で下品で下劣! 全く、高木に似つかわしいアイドルだ」
「待ってください!」
「なにかね!」
「やよいは確かにものを知らなさすぎだけど、卑しくはありませんよ!」
「では聞こう」

黒井社長が、肩越しに鋭い視線を投げかける。その眼差しに何故か、僕は熱を感じた。


「貧しさをネタに同情を売って金を貰う。それは、乞食ではないのかね?」

続きを読む
posted by tlo at 20:28| ○○の仕事風

2009年11月28日

伊織とやよいのサバイバル20

無礼な男だ。
この私がわざわざ楽屋に訪れる事自体、この業界に生きる人間だったらめったにない事が分かるはずだ。だが、目の前にいるこの男は、961プロの社長である私を目の前にして恐縮するどころか話を聞こうともしない。

「山崎先生ー、お願いできませんか」
「あなた、自分がなに言ってるか分かってるの?」
「もちろんです。芸能界正常化の為、是非先生のお力が必要なのです」

IUは765プロのアイドルを勝たせる事になった。まさか高木がこんな手を使ってくるとは思わなかった。そもそもその役には、うちのアイドルが収まることになっていた。その為にあの政務官とやらに大金をつぎ込んで来たというのに、党が選挙でぼろ負けどころか当の本人が落選する始末。まったく、とんだ献金泥棒だ!

「先生もお聞きになったでしょう。765プロのアイドルが、不正な手段で勝っています。そのことで私は胸を痛めているのです」
「そりゃアンタの所の伊織奈ちゃんが負けるものね」
「先生、うちの河合伊織奈の名前をご存じでしたか。ありがとうございます」
「ありがとうございます! 山崎先生!」

一緒についてきた伊織奈が礼をすると、山崎すぎおの相好がわずかにほころぶ。顔に出てしまう辺り、この男もヴィジュアル審査員を任されるだけの目は持っている。ファッションモデル上がりのこの娘は、IUの為に私が引き抜いてきた逸材だ。ルックスだけなら961プロでも1,2を争うだろう。

「先生はいかがです? アイドルアルティメットは実力主義のガチンコ勝負が売りだったはず」
「そうね」
「それが今や、あらかじめ決まった勝者の下、星が売り買いされている始末。おかしいと思いませんか?」
「ええ、もう辞めたいぐらいよ」
「私もこんなくだらない茶番劇に付き合うのは止そうと、何度思ったことか! ですが、ここで辞めるのは簡単です」

山崎が小さく頷く。やっと話に食らいついてきた。実際、ここで止めたら今までの投資が水の泡だ。なんとしても回収してやらなくては!

「アイドルアルティメットの浄化を、この黒井がやると言うのです。先生、是非お力添えを。是非とも!」
「だからといって、えこひいきは出来ないわ。確かに伊織奈ちゃんは可愛いわよ。でも点数を甘くするなんて」
「いえいえ、伊織奈には先生の信ずるままの点数を付けて頂きたい」
「どういうことなの? 伊織奈ちゃんに勝たせて欲しいって、言ったわよね?」
「私が申し上げたいのは、765プロの不正に対し、先生の意志を示していただきたいと、そういうことなのです」
「それって……」

怪訝な表情であるが、体は前にのめっている。私は悠然として楽屋を横切り、彼の隣に座る。後は囁くだけで良い。IU5回戦。あからさまな八百長の前に失望してしまった彼に、甘美な、響きを。

「765プロのアイドルにはハンデが必要だと、そう思いませんか?」

続きを読む
posted by tlo at 04:32| ○○の仕事風

2009年11月24日

伊織とやよいのサバイバル19

「合格者は1番! おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」

IU5回戦もやよいが勝った。当然だ。

直後、やよいの相手だったアイドルが泣き出した。顔を隠して嗚咽を漏らす彼女に一瞬固まったやよいが、言葉をかける。

「あの」

スポットライトが二人を照らす。やよいはどんな言葉をかけようか、困っているに違いない。ちょっと抜けてる所はあるけど、あの子は人の機微にはめっちゃ敏感だ。

「私からこんなこというのなんですけど、がんばってください! わたしも、もっともっとがんばりますから!」

とてもやよいらしい言葉やった。だけどこの際はどんな言葉でも問題ない。泣いてた彼女はやよいと握手して、拍手を受けながら退場する。舞台袖に戻った彼女は、ディレクターからお褒めの言葉を受ける。いい「演出」だった、と。

「やよいちゃん。よかったで」
「はい、ありがとうございます!」
「ほら、勝ったこと家族に伝えてやり。ほら、あっちのカメラ」
「あ、はい! かすみー! ちょうすけー! こうたろー、こうじー! おねえちゃん勝ったよー!」
「よかったなぁ……え? これ、アナログ地上波に流れてないの?」

ディレクターが、司会者に苦笑いで頷く。

「じゃあ、やよいちゃんの家、見られないんちゃう?」
「大丈夫です、きっと電気屋さんで見てると思いますから! 今日もお弁当持って帰るから、みんなで食べようねー!」
「ちょっ、それは携帯でやりぃや」
「………携帯もってないです」
「あー、ごめん。そやな、そうやったな…………ちょうすけー! 俺の弁当も分けてやるから
ちゃんと食べるんやでー!」
「こうたろー、こうじー!」

司会をやってる芸人が、やよいと一緒になってカメラに手を振る。やよいも負けじと手を振る。懸命に手を振るやよいの前に出て、芸人がさらに大きく手を振る。その前に出ようとするやよいを芸人がブロック。そのブロックをかわそうと必死のやよいがカメラに大写し。会場は爆笑の渦に包まれた。

やよいはすっかりテレビに慣れた。分かりやすいキャラ付けができて、周りもやよいをいじりやすくなったというのもある。だけどやよいにしてみればアレは「作り」やなくて、素のままの姿だ。お客さんは作りに敏感で、やよいも難しいことは出来ない。だから素のままで売り出すのは正しいんやないかと、

そう思ってた。

今、繰り広げられたオーデションは茶番劇だ。やよいと戦ったアイドル達は皆、金をもらったか仕事をもらって、手を抜いていた。それでも3次審査に残った彼女は、最後だけ本気を見せた。ダンスのキレこそやよいに譲るものの、総合的な実力は僕の目で見ても格上だった。
だけど視聴者投票でやよいに勝てるアイドルはもういない。影響力が落ちてると言われるけど、やっぱりテレビのプロモーションは強力だ。今ややよいは、近所のおっちゃんおばちゃんも知ってるぐらいの有名人。貧しい家から身を興しIUを勝ち上がっているシンデレラストーリーの主人公だ。


「プロデューサー!」

CMに入って、ステージ準備が始まる。やよいはADを振り切って、舞台袖に走り込んで来るなり辺りをきょろきょろと探し始めた。

「さっきの人。大丈夫でしたか?!」
「さっきの人って、ああ、泣いちゃった子か?」
「また叱られてないですか? 私、すぐにファールしたんですけど!」
「………いいフォローやったな。大丈夫、あの子も叱られんかったで」
「そうかー、よかったー」

よかったと、何度もその言葉を口にしてやよいは胸をなで下ろす。やよいは本気で彼女を心配していた。みんなが笑顔になって欲しいと、やよいは本気でそう思っている。全部うそっぱちのステージで、やよいだけが本気になっている。
これじゃ、やよいはピエロだ。僕はやよいに笑顔になって欲しかっただけだった。それなのに、何を勘違いしてしまっていたのだろう。

僕はどうなっても構わない。
誰か、やよいを助けてくれ。


続きを読む
posted by tlo at 00:30| ある日の風景的な何か

2009年11月23日

伊織とやよいのサバイバル18

ゴシップ記者は他言無用と脅してきたが、少なくともやよいを勝たせるという出来レース自体はそのうち業界内に知れ渡ることになるだろう。もちろん、やよいを担当している彼は既に知っているはずだ。だが彼は社長には伝えていまい。社長の人となりを考えれば、あり得ないプロデュースであるからだ。俺が枕営業を口にした時に見せたあの形相は、今も背筋を凍らせる。
問題は、どこまで大きな話であるかということだ。業界の闇に身をひたしているあの男さえ見通しのつかない闇が、背後には控えている。だが伊織が鍵だと奴は言った。

『政官財の話し合いには水瀬のグループ会社も呼ばれてます。無関係じゃ無いんですよ』

帰社の途上、ずっと対処を考えていたが思考の整理がつかないままに、765プロのビルの前に立っている。とりあえずやよい担当プロデューサーにどこまで知ってるか問い詰めるところから始めるべきか。エレベーターを使わず階段を上っている間に考えをまとめて事務所の扉を……

「アンタのプロデュースは間違ってるのよ!」

事務所の扉を開いたら、伊織の甲高い怒声に迎えられた。

「そんなこと伊織ちゃんに言われる筋合いはないで!」
「二人とも落ち着きなさい!」

律子が慌てて、伊織とやよいのプロデューサーの間に割ってはいる。事務所にいたスタッフは皆呆然としている。

「筋合い? そんなの! やよいがみすみす潰されるの、見過ごすわけにはいかないわ!」
「潰すぅ? それどんな意味や?」
「だからアンタのプロデュースは間違っているって言ってるのよ!」
「僕のプロデュースがやよいを潰すって言うんかい!?」
「ええ、そうよ! HHHだって濱田のやつやよいのことカワイソウな目でみてたじゃない!」
「……あ、わかった、伊織ちゃん、やよいに嫉妬してんやろ。ゴールデン出たことないもんな」

絶句した伊織の顔から血の気が失われる。見開いた瞳の、その瞳孔が絞られる。唇がわななきながら開いていき、食いしばっている歯がむき出しになる。親にまで秘密にしていた八重歯の犬歯までも露わにして。そのロングヘヤーまでも逆立つような、錯覚。

「伊織っ!!」

伊織の怒りに引いてしまった律子に変わって間に割ってはいる。

「どきなさい!」
「落ち着け伊織」
「これが落ち着いていられるって!?」
「やよいはプロデューサーを信じている。それをお前が間違っているって言ったらどうなる」
「間違っているものは間違っているのよ!」
「じゃあ、俺のプロデュースを律子が間違っていると詰ったら、お前はどう思う?」
「怒るわよ!」
「やよいは、お前をどう思うだろうな」
「……っ!」

だけど!と反論をする機先を俺は制する。

「伊織。この件は俺に預けてくれ」

刺すような伊織の視線を見詰め返す。もう何度も何度も受けてきた、絶対に背けてはならない視線だ。

「やよいのプロデュースを、あなたが変えるというのね」
「悪いようにはしない」
「ちょっ、何いってんですか!?」

伊織の怒気をまともに受け、固まっていたやよいのプロデューサーがようやく我に返る。俺は彼に向き直った。

「君に話がある」

続きを読む
posted by tlo at 03:20| ○○の仕事風

2009年11月22日

伊織とやよいのサバイバル17

「やよい、おつかれさん」
「あの、プロデューサー」
「やよいー。給食費はもう返さなくてもええんやで」
「あ……でも、やっぱり借りているものは返さないと!」
「利子も冗談ってゆうたやんか」
「……ごめんなさい」

臨海副都心のインターから首都高に入った。律子には下道を使えと厳命されてるけど、やよいの初ゴールデンの帰り道だ。しみったれた事は言わせん...まあ、僕自身この辺の道になれてないのもあるけど。本線に入って加速を始める。街頭が迫っては、背後に飛んでく。車の中にオレンジの光が満ちては引いていく。カクテルライトに照らされてるみたいで、めっちゃ気持ちいい。
実際気分がいい。やよいの出演したHHHはMステと並んで、数少ないゴールデンの歌番組だ。765プロだと春香ちゃんと千早ちゃんぐらいしか出てない。まして伊織ちゃんはゴールデンへの出演自体がまだだ。プロデュースは確実に成果が出ている。IUはもう心配ない。後はそのままやよいをトップにつかせて……

「あの、プロデューサー!」
「うお! なんや大声出して」
「さっきから呼んでたんですけど」

バックミラー越しに、やよいが見詰め返す。らしくない思い詰めた顔してる。

「なんや?」
「あの、今日のステージうまく行ってたでしょうか?」
「ん、問題無かったんちゃう?」
「私の歌、司会者の人も、共演者の人も聞いてなかったみたいで……」
「そんなこと無いって」
「そうですか?」
「ディレクターも褒めてくれたやろ。ご褒美もくれたし」
「余ったお弁当頂いたのは助かりましたけど…」
「やよいの歌を聴くのはカメラの向こうの視聴者って、伊織ちゃんに教えてもらったやんか」
「そうか。そうですよね!」
「大丈夫やって……お、レインボーブリッジや」
「うわー! きれいー!」

窓にかじりついたやよいが、瞳を輝かせる。やっぱりやよいは笑顔がいい。そうだ。やよいがいつでも笑っていられるように、僕はがんばらなあかん。その為なら、どんなことでも。

続きを読む
posted by tlo at 18:01| ○○の仕事風

2009年11月21日

伊織とやよいのサバイバル16

「すいません。仰っていることがよく理解できないのですが」
「有り体に言うとさ。アイドルアルティメットは辞退してもらいたいんだよね」

ドラマの打合せにテレビ局に向かうと、俺はいつもの会議室ではなく編成局長室へと通された。一介の芸能プロの社員ではアポさえ取れない相手だ。その上、何事かと身構え部屋に入れば歓待を受ける。何か裏があるんじゃないかと思えば案の定だった。

「理由をお尋ねしてよろしいですか?」

編成局長の横に座っていた番組プロデューサーが口を開く。彼が言うには、先のクールで成功を収めた伊織を高く買っているという。ヒロイン交代を受け入れたのも、Jプロの圧力以上に伊織の勢いを殺したくなかったからと。芸能界の格付けを慮って今回は準レギュラーだが、結果を残せば春クールにはヒロインを考えているとまで彼は言った。

「伊織ちゃんとJプロの彼で、『紅いシリーズ』の復活させたいのです。どうでしょう」

紅いシリーズといえば百恵が名を馳せたテレビドラマであり、この局の看板ドラマでもあった。つまりはJプロと765プロのプロモーションに乗っかろうといういう事だろう。彼らの腹は読めた。だがしかし、

「ですが、それなら何故アイドルアルティメットの辞退が必要なんですか?」
「負けると評価が落ちますよね?」
「お言葉ですが、うちの伊織は簡単に負けませんよ」
「いやー。それが勝てないんだよね」

再び編成局長が口を開く。

「何故です?」
「だって、もう勝つのは決まっているんだもん」
「決まっている? どういう事ですか?」
「知らないの? 聞いてない? というかおたくの子じゃなかった?」
「え、それは……」

俺が言葉を発するのを気にもせず、彼は軽い口調で言い継ぐ。

「高槻やよい。あの子をチャンピオンにするって、こないだ取り決めたんだけどなぁ」


続きを読む
posted by tlo at 16:24| ○○の仕事風

2009年09月21日

伊織とやよいのサバイバル15

♪〜

「らららーららー」

♪↑〜

「らららーららー」↑

伊織が追加レッスンを求めたのは久しぶりだった。そもそもレッスン自体はもう教えることはなく、精々オーデション前のコンデション確認といった程度の意味合いでしかなくなっていた。が、伊織は前にも増してレッスンに真剣に取り組んでいる。

『慣れでやっちゃってる所が出てきてるのよね。時間の取れるときに再確認しておきたいわ』

「慣れ」というのは動作の効率化だ。要領の良い彼女がそんなことを口するのは、慣れは同時に省力化そして自動化、つまり「手抜き」にも通ずるからで、こと「表現」においては避けねばならない事に気づいているからだろう。

♪↑↑〜

「らららーららー」↑↑

「ん、OK。このぐらいで良いか?」
「今のもう一度」
「何かまずかったか?」
「もう少しお腹から出るようにしたいの。今のは胸の辺りだったわ」
「そうか」
もう一度同じ鍵盤を弾く。思えば1年前には出せなかった高さだ。それを伊織は、出すだけでなく自分の音程にしようとしている。数回繰り返し、伊織はようやく頷いた。

続きを読む
posted by tlo at 01:50| ○○の仕事風

2009年09月19日

伊織とやよいのサバイバル14

#あと5回ぐらいです…

真を担当していた彼は熱弁を振るった。
「そりゃ、俺もボーイッシュな女の子って分かりやすいコンセプトで真をプロデュースしたよ。でもそんなキャラ付けやレッテル張りはしなかった」
先週プロデュースを終えたばかりの律子担当の彼は顔を上げた。
「いや、鋭いマーケティングだと思う。いろいろと厳しい時代だからこそ、ヘンに夢や希望を謳うよりは地に足が着いた感じがするだろう?」

プロデューサー会議は久々に荒れた。議題はやよいのプロデュース方針だった。今、やよいは「貧乏大家族崖っぷちアイドル」として売出ししている。IUでテレビへの露出が増えたやよいの顔を覚えてもらおうと、やよい担当プロデューサーが仕掛けたのだ。
プロデュース方針は各担当に一任され、会議は基本的にプロデューサー間の情報交換の場であるのだが、時にこうした議論が起こる。その様子を見ていた律子が目を丸くしている。1年を終え、プロデューサー見習いとなった彼女も会議に出席していたのだった。
「驚いたか?」
隣に座る律子に声をかけると、彼女は興奮気味に応えた。
「私達のプロデュースってこんな風に決まっていたんですね」
「ここで決まる訳じゃないけど…でも律子の転身はここで決まったな」
律子のプロデューサーは自らのマーケティング理論を実践する為に、大手広告代理店を辞めて765プロに入った変わり種である。同じく頭脳派の律子とは馬があった。ネット中心のプロデュースは初動こそ苦労したものの、とある動画サイトにプロデューサー自らアップした手描きPVが話題となり、一夜にして彼女はメジャーネットアイドルとなる。それを足がかりにプロデュースは順調に進んだ。そして世界進出の布石として彼はアジアへ打って出る戦略を描くが、律子の思惑は違っていたのである。
「君のプロデューサーとしての資質は問題ない。だけど『アイドル秋月律子』にも未練はあって、決めかねた彼はこの場で意見を求めたんだ」
「んもー、優柔不断なんだから」
他のどのアイドルとも違い、活動方針の決定からプロデューサーと二人三脚をしてきた彼女だ。言葉とは裏腹の柔らかい表情は、余人ではうかがい知れない絆の証なのだろう。

「君はどう思うかね?」

社長が俺に意見を求めると、プロデューサー達の視線が注がれる。ふと、向こう正面に座るやよい担当の彼と目が合った。瞳は定まり、口元もしっかり結ばれている。議論の俎上に載せられ参っているかと思ったがそうでないらしい。ならば遠慮は要らないだろう。
「IUは短期決戦の上、視聴者投票も有ることを考えれば、名前と顔が一致するというのは非常に有利です。ですが――」
やよい担当者の表情がわずか険しくなるのを見ぬふりをして、俺は続ける。
「IUが終わった後も、やよいにはその『キャラ』が求められる事になるかもしれません。そうなれば仕事の幅も狭まります」
「IUの後にイメージ変えれば、問題ないと違います?」
「やよいはイメージ変更に対応することになるね」
「できますよ」
それ以上は何も言わずに、俺は発言を終える。社長は一つ頷いた後、今度は律子に発言を求めた。

「え、私ですか?」
突然矛先を向けられ慌てる律子に、彼女担当だったプロデューサーが声をかけた。
「いつも僕に言ってたみたいに、容赦無く言えば良いよ」
「容赦なくって。まるで私がずけずけ言ってたみたいじゃないですか」
「違うの?」
思わず噴き出してしまうと、律子が睨み付けてきた。にやけ顔を必死に抑える頬に冷や汗が伝う。だがこの一連のやりとりで場の空気は和んだようだ。社長が改めて意見を促す。
「君はどう考えるか、聞かせてくれたまえ」

「メジャーになるためには、多少の無理は必要と思います」
顎に手を当て少し考えた後、律子は口を開く。
「意に沿わない仕事もやらなきゃいけない時だってあると思うんです」
「やよいが、嫌々やってるとでも言うんか?」

「例えそうであってもそれが方針なら、プロデューサーを信じてやるんです」

律子はきっぱりと答える。けんか腰だった彼も口をつぐんだ。それはプロデューサーの意見ではなく、このプロデューサー会議で今まで聞いたことの無かった「アイドルの声」だった。IUに出場している伊織とやよいを除き、他のアイドルは1年のプロデュース期間を終えていた。その1年を経験したプロデューサー達でさえ、いや1年を経験したからこそこの言葉は、襟を正させるに足る重みがあった。
「あの、もしかして何かまずいこと、いっちゃいました?」
静まりかえった会議室に律子は慌てる。社長は満足そうに何度も頷いた。
「律子君。これからも頼むよ」

続きを読む
posted by tlo at 03:10| ○○の仕事風

2009年08月02日

伊織とやよいのサバイバル13

「合格は4番! やったな! おめでとぅ!」
「うっうー! ありがとうございました!」

IU第3回戦も突破した。結果発表会場に詰めかけた観客の歓声にやよいは、勢いよくお辞儀をして応えてる。視聴者投票はどんどん票が増えてきていた。IUに出たのはライブ活動で積み重ねた人気に火を付ける為だったから、今のところは目論見通り。次に勝てればメジャーの仲間入りも夢じゃない。
だけど正直危なかった。途中で足切りに遭う所だった。勝ち残ってきたアイドルはやっぱり実力者揃いで、僕のハンパなレッスンしか受けれんかったやよいは苦しくなってきてる。伊織ちゃんに特訓をお願いするわけにもいかんし、大体付け焼き刃でどうにかなるレベルじゃない。勝ち残るには、何かが必要だ。
と、急に会場がざわついた。ステージを見ると、やよいと最後まで争った子が泣き崩れた。

「う・・・・うえええええ・・・・」

可愛い顔がぐしゃぐしゃになって、涙でメイクが流れる。そんな顔を隠しもせず、彼女はワンワン泣いている。
ざわつきが大きくなっていく。さっきまで盛り上がっていた会場が冷えてくのがわかる。この後ここで、やよいのライブがあるというのに。やよいもあまりに急な事に、女の子の前に立ちつくしている。泣いて座り込んだ負けた子を、やよいが見下ろしてる絵がモニタに流れる。マズイ。
その時、会場レポーターをしていた芸人が飛び出してきた。僕の兄弟子だった人だ。女の子をなだめてなんとか立たせると、やよいに向き直る。

「やよいちゃん。この娘の為にも、がんばらなあかんで」

その一言で、やよいはやっとで頷いた。兄さんが女の子と一緒に舞台袖に歩き始めると、ADが客席に合図。一斉に拍手があがる。カメラに向けられた司会者が〆の一言。

「夢を叶える者達の影に、力及ばず倒れていく者もいます。これがIUなのです」

CMにはいった。スタッフがあわただしく動き始める。僕も舞台裏まで戻ってきた兄さんを迎えた。

「ありがとうございます! 助かりました、兄さん!」
「あー、ええて、ええて」
「でも、兄さんがいなかったらホンマどうなってたか」
「それが俺の仕事やからな。そんなことよりお前、あの子のフォローいってやり。まだ上の空って顔してたで」

そこにADに連れられてやよいが戻ってきた。兄さんが言うとおり、まださっきのショックを引きずってる。やよいと目が合う。僕が声をかけようとすると、楽屋に怒声が響き渡った。

「アンタの所のアイドル、IUをぶちこわすとこだったんだよ!」
「すいません! 本当にすいません!」
「謝って済む話じゃないよ! IUってのはうちの局だけの番組じゃない事ぐらい分かってるるよね!? これは国の事業なんだよ!」
「はいっ、それは重々分かっております」
「もう、アンタの所に仕事回さないから」
「申し訳ございません! もう二度とこのような事が起きないよう十分指導しますからっ!」
「やっぱり分かって無いじゃないか! だったら、最初からきちんと指導して来いよ!」

激怒したディレクターはもう顔も見たくないという風に、踵を返してつかつかと歩いてく。その後を、なじられていたマネージャーが追いかける。現場に一人残された彼女は、もう泣くことも出来ずに、床を見るしか無くなっていた。もうなんとも言えない顔。そんな彼女を遠巻きに、スタッフ達は本番の準備を進める。

「プロデューサー……」

首を振ってやよいに応える。やよいの事だからあの子を励ましてあげたいんだろうけれど、ここは放って置くしかない。大体「勝者」の言葉が慰めになんかなるわけない。

「あのな、やよい。さっきレポーターの人にも言われたやろ。あの子の為にもガンバレって」
「でも……!」
「どないした?」
「いえ、なんでもありません」

何かを言いかけたけど、やよいは頭をぶんぶん振って、自分の顔を思い切りひっぱたいた。

「私、頑張ってきます!」
「おう、頑張りや!」

続きを読む
posted by tlo at 01:42| ○○の仕事風

2009年07月30日

伊織とやよいのサバイバル12

「ではお疲れ様でした!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」

乾杯に合わせて俺はウーロン茶の入ったピルスナーを、伊織はジンジャーエールの入ったシャンパングラスを掲げる。汐留のイタリアンレストランを貸し切った、ドラマの打ち上げが始まった。会場に着いた時には出来上がっていたディレクターは気勢を上げる。

「スポンサーさんからも差し入れを頂いてます! 皆さん、どんどん飲んでください!!」
「ありがとうございーす」「あざーっす」「いただきまーす」

伊織の出演したドラマは平均14%という好視聴率を残した。準レギュラーまでの出演者だけでなく制作会社のスタッフまで招かれ、あちこちから笑い声が上がる。この手の打ち上げが「反省会」になってるドラマが多い中、ここは「祝勝会」の会場だった。
俺と伊織がスタッフや共演者に挨拶に回ろうとすると声がかかる。主演である彼とJプロの担当者だった。恐縮する俺をよそに、伊織は当然といった顔でJプロ担当者の挨拶を受ける。

「ドラマが成功したのも伊織ちゃんのおかげだよ。本当にお疲れ様」
「そんなことは、ありますけどねー」
「ありがとう、水瀬さん。いろいろ教えてもらって勉強になったよ」
「次のドラマもよろしくね」
「またいろいろ教えてください」
「もうアンタの恋人役はこりごりよ」
「僕じゃダメかな?」
「私の恋人張るっていうなら、夜の公園で素っ裸になって『イオリーイオリー』って叫ぶぐらいの根性欲しいわね」

きわどいジョークに、Jプロ担当者の笑顔が引きつる。流石に調子に乗りすぎだとは思うが、下手なフォローすればいよいよ空気が悪くなるだろう。逡巡していると、彼が口を開いた。

「そうか。今度してみるから、水瀬さん。見届けてくれないか?」
「バ、バカじゃないの?! 何でアンタの裸見なきゃいけないのよ! っていうか真に受けないでよ! そういうバカ正直なとこ直しなさいって何度もいったじゃない!」

思わぬ反撃に、伊織の顔が真っ赤になった。和らぐ空気に俺も胸をなで下ろす。
ヒロインに抜擢されて以来、彼の演技に業を煮やした伊織は徹底的に稽古を付ける事にした。が、あまりの大根ぶりにキレた伊織は被っていたネコを脱ぎ捨ててしまったのだ。以来、万事がこの調子なのだが、少々のことには動じない大物っぷりを発揮する彼となんだかんだで世話を焼いてしまう伊織は、妙に歯車が噛み合った。

「お、夫婦漫才始まったな」
「誰が夫婦よ!」
「もうこれが聞けなくなるって寂しいね」
「アンタ達に聞かせてる訳じゃないわ!」

いつの間にか伊織の周りには人の輪ができ、今回の現場の雰囲気が再現される。視聴率低迷を打開するために、プロモートに利用しようと伊織を引き入れるまではJプロの思惑通りだったろう。ところが伊織は得たフリーハンドを縦横に振るい、現場の主導権を奪ってしまったのだった。
そしてJプロタレントが出演した今期のドラマで、成功したと言えるのはこれだけだった。伊織と共演した彼も得る物が多かった筈で、Jプロは今後もこのプロモーションを続けるつもりという。
彼女はこの状況を「創り出した」。彼女はそれに気づいていないかも知れないが、与えられた役柄を演じるだけでなく、舞台を思うままに作り替えていったその才気は、もうアイドルの埒を超えている。伊織は大きく羽ばたき始めたのだ。
喜びが込み上げてくるも、一抹の寂しさがよぎった。俺は人の輪から離れると、一人グラスを煽った。

続きを読む
posted by tlo at 22:58| ○○の仕事風