2008年12月26日

伊織と俺のプロデュース7

「大丈夫か?」
「ひゃぅ」

泣きじゃくっていた所を急に声をかけられ、奇声があがる。顔を上げれば少女の姿は既に無く、そこにはひげ面の男が立っていた。着慣れた様子の正装のスーツ。片手にはハンディカム。

「まあ、泣き出すのも無理はないがね」

と、男はハンディカムを操作する。伊織は気づく。彼こそが目的の映画監督だった。

「ふむ、いい絵が撮れた」
「アンタ、アレを撮ってたの?!」
「ああ」
「私によこしなさい!」
「これをどうする?」
「マスコミに配ってやるのよ!」
「断る」
「なっ…アンタ、アレを許せるって言うの?!」
「別になんとも思わないが」
「別にって……!」
「あんなのは業界じゃ日常茶飯事で公然の秘密だ。君は知らなかったのか?」
「でも犯罪じゃない!」
「こういう所なんだよ。ここは」

男は悪びれもせずに伊織を諭す。子供に世間の常識を教える大人の態度だ。いままで自分の依って立っていた全てが崩れ去っていく。つまり、あの少女の方が正しいのだ。伊織は目眩によろける。

「大丈夫か?」
「離してっ」
「無理するな。ショックだったんだろ?」

小柄ながら頑丈な体躯が、倒れそうな伊織の体を支えた。

「君は間違っちゃいない。狂っているのはこの業界だ、俺も含めてな」
「……」
「君は正しい。でも、正しさだけで渡れる業界じゃない。ここで何かを得ようと思うなら、引き替えに多くのものを差し出す事になる」

抱きかかえられながら、伊織はその優しい声を聞く。優しくも、力強い声だった。こわばっていた体から力が抜けていく。体重を預けると、男は赤ん坊をあやすように背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「落ち着いたか?」
「……ありがとう」
「率直に言えば、早くこんな所から離れた方が良い。君のような子が薄汚れていくのは見るに忍びない」
「……………私にアイドルをやめろっていうの?」
「ああ、そうだ」
「あんた狂っているんじゃなかったの?」
「狂っている。人のセックスを盗み撮りする程にな」
「狂人が説教するなんて、ホントにここは狂ってるわね」

伊織が胸に埋めていた顔を上げる。男を少女と目を合わせる。瞳から流れる涙は、彼女の気高さと可憐さを引き立てる宝石だ。

「私を抱きなさいよ」
「君は自分の言っていることが分かっているのか?」
「ええ、あなたに『営業』を持ちかけているのよ。監督さん」
「正気か?」
「この世界が狂っているなら――私も、狂うわ」

伊織から一歩離れ、少女の姿を見た男は息を呑んだ。まだ未成熟ではあるが、腰の線はもう女を主張している。彼女は咲き誇らんとする薔薇の蕾で、それを手折って散らすのは耐え難い悪魔の誘惑だ。先ほどまで抱きかかえていた腕に残る、少女の躰の柔らかさ。


「……俺の部屋に来るがいい」

posted by tlo at 22:51| ○○の仕事風

伊織と俺のプロデュース6

#時系列戻ります。18歳以下非推奨。


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posted by tlo at 22:17| ○○の仕事風

伊織と俺のプロデュース5

それは例えば「クラスのあこがれのあの子が援交していた」とかそういう類の、思春期に抱きがちな絶望感に近いかも知れない。あるいは「大事にしていた娘がどこぞの馬の骨に傷物にされた」とかの自分の事を棚に上げた父親の憤慨ともいえる。いずれにしても「少女はいずれ女になる」という一般論は、具体例になると一気に感情の色を帯びる。
アルタのモニタを見ながら、俺はそんな事をぼんやりと考えていた。モニタには伊織が出演するはずだった番組が映っている。そのアイドルは伊織と同じ歳のはずで、まだあどけなささえ残っていた。伊織だったらノリつっこみで完璧に返していていただろう司会者のネタフリに、おろおろする辺りは愛くるしささえ感じてしまう。

だが、この少女は。

あの店を出た後別の店で飲み直しても、全く酔えない自分を見つめるばかりだった。仕事が減っている原因は分かった。しかし、分かったところで対応のしようがない。耐えるしかないのか。いや伊織は耐えられまい。それより、この事を伊織が知ってしまったら……伊織がソレを持ちかけられたなら。

『僕の言うことを聞いたらゴールデンに出してあげるよ』

伊織は確かに潔癖だ。だが手段を選ばぬ現実主義者でもある。そう「少女はいずれ女になる」のだから、要はそれの捨て所だ。天秤が傾けば伊織は躊躇しない。だが、伊織は、躰をまさぐられながら涙を流すに違いないのだ。

「クソっ」

思考はいつもそこでとぎれ、スタートに戻る。こんな事を何遍も繰り返して、街をぐるぐると歩き続ける。熱いシャワーを浴びて一晩寝れば頭もすっきりするだろう。だが思考を整理し、感情を分類して今まで生きてきた。まして裏の世界にも足をつっこもうというのだ。今、錨を降ろさなければ漂流してしまうに違いない。だがしかし……

ぐうううう……

悩んでいても腹は減るのだ。もう5歳若ければ自己嫌悪のあげくに、世界を呪詛していたに違いない。だが腹が減っては戦は出来ぬという真理を、今の俺は身をもって知っている。若かりし日の自分が今の俺を見れば、堕落と糾弾するに違いなかろう。財布を開く。怒りにまかせて叩きつけてきた金額に後悔を覚え目の前にあるファーストフード店に入ろうとした、その時だった。

「・・・ちょっとなによ!」

雑踏に紛れて聞こえてくるその声に、俺は素早く反応していた。人混みを縫うように駆け抜けると、案の定そこにいたのは警官と押し問答になっている伊織だった。

「伊織!」
「プロデューサー!?」
「あ、すいません。うちの伊織が何か……」
「あなたは?」

人を観る警官特有の視線に、俺は名刺を差し出して見せる。警官はライトを取り出し名刺を確認する。

「何をしたんだ、伊織」
「ごめんなさい……プロデューサー」

今にも消え入りそうな声に怯える仕草。それは伊織がもつ48の猫かぶり技の一つ。伊織ぐらいの女の子が一人歓楽街にいれば、警官は声をかけるだろう。それ以上の意味が無いのだとしたら面倒はやっかいだ。

「すいません。仕事を終えて帰るところだったんですけど、ちょっと目を離した隙にはぐれてしまって」
「………」
「ダメだろ、明日も予定詰まっているんだから今日は帰って寝ないと持たないぞ」
「だって……お腹がへっちゃって」
「そこでハンバーガー買ってやるから。な?」
「……はい」

俺達の即興芝居に警官は、俺の身分証明を求めてきた。

「それは構いませんが……何か理由があるんですか?」
「いえいえ、事務的なものですので」

俺が差し出した運転免許証を警官は受け取ると、やはりライトでしげしげと確認する。「援助交際」している男と少女と、警官の目には映っているのだろう。行き交う通行人は遠慮無く好奇な目を向ける。だがこの街では珍しくもない光景なのか、彼らは立ち止まることなく通り過ぎていく。

ようやく警官が放免してくれた。伊織は腕にしがみついてくる、演技はまだ終わっていない。警官はそれとなく後をつけてくる。駆け抜けた道を戻ってファーストフード店に入った。0円のスマイルに迎えられて、俺はようやく人心地つく。だが、伊織はまだ腕を放そうとしなかった。

「大丈夫か伊織」
「……」
「なにか食べよう」

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posted by tlo at 21:56| ○○の仕事風

2008年12月19日

伊織と俺のプロデュース4

そのビルは一般人からみれば羨望の象徴であったろうが、伊織にしてみれば成り上がり者が積み上げたバベルの塔に過ぎない。だからその上階に住むという「メディアの風雲児」とやらも、どうという存在ではなかった。だが伊織はその男の主催するパーティーに出席している。
伊織の父親へは以前より、その男からパーティーへの招待があったという。だが水瀬グループは実業の比率が高く「虚業」とは縁が薄い。今まで丁重に断っていたのを伊織が出席するのは、件の監督がパーティーに出席すると聞きつけたからだ。
内容には抵抗があったが、映画出演そのものには興味があった。その後監督について調べてみれば国内ではほぼ無名なものの、プロデューサーが言うとおり海外では高い評価を受けている。海外での評価と下着姿なら悪い取引ではない。伊織は、その監督に会うつもりでいた。


『初めまして。お招きに預かり光栄ですわ』
『とんでもありません。『水瀬』のお嬢様にご出席いただけるとはこちらこそ光栄に存じます』

「風雲児」は思っていたより「社交慣れ」していた。が、それだけに、伊織は嫌悪感を禁じ得なかった。この男も自分を水瀬家の所属品としか見ていない。この男だけじゃない。このパーティーに出席している業界関係者は、「アイドル水瀬伊織」を見向きもしないくせに、「水瀬のお嬢様」にはへらへらとへつらってくるような連中だ。

「……やっぱり来るんじゃなかったわ」

壁の花になりながら、会場の様子を見やる。品のないパーティーだった。男達の興味は素っ気ない返事ばかり返す取り澄ましたお嬢様より、コンパニオン達に移っていた。年嵩は多分春香達と変わらないというのに、媚態で男を誘い、肩を抱かれ、投げ出した太ももをなでられ、胸を触られたと嬌声をあげ、けたけたと笑う。コスプレだと思っていたセーラー服やブレザーも彼女たちが通う学校の制服に違いない。

「新堂、監督が来たら携帯で呼びなさい」
「どちらに、いかれるのですか?」
「外の風に当たってくるわ」


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posted by tlo at 01:17| ○○の仕事風

2008年12月17日

伊織と俺のプロデュース3

いきつけのバーがある細い路地の、そのさらに路地裏にその店はあった。5人も客が入らないような小さなスタンドバー。隣には男が立っていて、俺の様子をちらちら伺う。俺は好きなものを注文するように言うと、その男は安い酒を頼んだ。

「あまり高い酒をおごってもらうと、後が怖いんでねぇ」

俺が鼻を鳴らすと、しししと笑って男はグラスを舐めた。

「で、何の用で?」

伊織に密着してゴシップ記事を流す男。こいつがソレだった。業界では鼻つまみ者として扱われてはいるが、フリーランスのこの男がすっぱ抜いたスキャンダルは枚挙にいとまがない。今回はその情報網が役に立つだろう。伊織のTV出演がキャンセルされたその真相を知るために、俺はこの男と会っている。

「ああ、例のプロダクションの話」

男は安酒を一気に飲み干す。

「もう一杯いいですかい?」
「知ってるのか?」
「ええ、知ってますとも。おたくの伊織ちゃん気の毒でしたなぁ」

俺が頷くと、今度は高い酒を注文する。腹が立たないと言えば嘘になるが、魚心あれば水心だ。男は琥珀色のグラスを眺め、ゆっくりと香りを楽しみ、ちびちびとグラスを舐める。男がしゃべり出すのを待って、俺は煙草を口にくわえる。

「おっと、こいつを楽しんでいる間は煙草はご遠慮願えませんかね」
「お前が話をしてくれれば、俺が出て行くさ」
「んー。お話するにはもうちょっと何か欲しい所でして…」
「ほう? 何か」
「そう。何か」

俺は指を3本立ててみせる。男はわざとらしく、口をへの字に曲げてみせる。追加にもう2本。男は腕を組む。

「悪いがうちの事務所は貧乏なんだ」
「別の物だってかまいやしません」
「別の物?」
「例えば、伊織ちゃんの生写真」
「そんなものでいいのか?」
「もちろん、疲れて隙だらけのしどけない姿とかお着替え中のあられもない姿とか……」
「で、伊織が売れ出したら写真週刊誌にでも売るのか」
「無駄になる可能性もありますがね」

俺は万札を7枚差し出す。男はひったくるように受け取ると、下卑た笑みを浮かべた。

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posted by tlo at 22:54| ○○の仕事風

2008年12月10日

伊織と俺のプロデュース2


「あんたじゃ話にならないんだ。上の人間を呼んできてくれないか?」

俺は声をなるべく低めた。声を低めなければ、怒声を上げていたに違いない。

「何しているんだ。早く」

歯を剥いて睨み付けると、しどろもどろになったADはようやく重い腰を上げて飛んでく。深い溜息をついて、俺はソファーに体重を預けた。ふと、隣に座る伊織と目が合う。彼女は目を丸くしていた。

「アンタもなかなか演(や)るじゃない」
「冗談じゃない、演技じゃないよ」

実際冗談じゃなかった。TV出演がキャンセルされたのだ。俺じゃなくても怒鳴り込むに決まっている。

近頃TV出演についてはいろいろ不可解なことが多かった。どう見ても伊織より見劣りする娘が選考されたり、突然出演枠が増やされたり。しかもそういう時には決まって、とある芸能プロダクションが絡んでいた。今回も伊織の代わりに出るのは、そのプロダクションが売り出し中のアイドルだというのだ。件の惨敗したオーデションに有名アイドルが集中したのも、こんな不可解な状況を鑑み冒険を避けた結果だったのかもしれない。もっとも、俺がここまで強く出るのは別の理由がある。

待つこと十数分。結局出てきたのは、さっきとは違うADだった。これで4人目。一応チーフという肩書きはあるらしいが、事の真相を聞き出すのは期待できまい。おそるおそる、横に座る伊織を見る。案の定爆発寸前。

「いい加減にしてくれ!」

ただでさえゴシップ記事が流れている現在、これ以上伊織の評判を落とすわけにはいかない。そう、伊織が爆発する前に怒るのも俺の役目なのだ。
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posted by tlo at 22:40| ○○の仕事風

2008年12月08日

伊織と俺のプロデュース1

「セレドル水瀬伊織のアイドルごっこ」
「765プロで売り出し中のアイドル、水瀬伊織ちゃんの事はご存じだろうか。知ってるとしたらあなたはよほどのアイドルマニアか、あるいは『上流階級』の方に違いない。そう、彼女は正真正銘あの水瀬財閥の末娘なのだ。そんな彼女がなぜ芸能界に入ったのだろう。とあるTV局のADはこう話してくれた。『あの子、芸能界でちやほやされたいだけなんだと思います。お嬢様気質が抜けないというか、何か勘違いしてるんじゃないですかね。私達ADを小間使い同然に扱いますし、怒ってる業界人は多いですよ』……」

俺は記事の途中でその雑誌を机に放り投げた。その雑誌はゴシップ週刊誌で記事の信憑性は殆ど無い。だが、アイドルはイメージを売る商売で実態が無いだけにゴシップの存在自体が致命的になる場合がある。さらに、今回の記事については妙なリアリティがあるというか俺について言えば身に覚えのあることばかりというか……

ばたん!

大きな音を立ててドアが蹴り開かれた。そこには仁王立ちの伊織の姿。片手には俺がさっきまで読んでいたゴシップ週刊誌が握られている。俺は、頭を抱えた。

「ちょっと、アンタ! なんでこの記事止められなかったのよ!」

伊織は大声上げ、事務所をズカズカと俺の方に歩み寄って来る。大きな溜息をつく俺に、伊織は胸ぐらをつかみ詰め寄った。

「こんな嘘っぱちな記事差し止められなかったの!?」
「記事の情報は掴めなかったんだ。写真も載らない記事だったからね」

実際この記事の扱いはそれほど大きくはない。伊織は普通に雑誌に載ってもまだ見開きは取れない現状だ。ゴシップ記事を載せたところで誰も喜ばないだろう。だが、俺達はこの記事を書いた人間を知っている。

「じゃあ、アイツの事なんとかしなさいよ!」
「…ああ」

先日の事だった。伊織と共に挑んだオーデションだったが、そこにいたのは蒼々たるメンツであった。覇王エンジェル、佐野美心、サイレントスノー……。もともと無理を押して全国ネットを狙ったオーデションだったが、祭典オーデションでもあり得ないメンツである。結果は惨敗。しかもその様子をたまたまそこにいたゴシップ記者に見られてしまった。

『こいつは面白い。しばらく密着させていただきますぜ……』

以降ゴシップ雑誌に記事が載り始め、その影響かどうかは分からないが伊織の仕事は減少ぎみだ。特に伊織を「セレドル」と褒め殺しにする記事が痛かった。伊織はまぎれもない「セレブ」で、この不況のご時世庶民の怨嗟の的になりやすい。だがそれを逆手にとって、徹底的にいじられ笑いものにされるか、あるいは庶民的な親しみやすい面を見せていけば「セレドル」という肩書きは武器にはなるだろう。だが伊織は良くも悪くも気位が高く、生来の大物だ。そういうプロデュースはあり得なかった。

「今は耐えよう。そのうち飽きて別の標的に移るさ」
「耐えるって何消極的なこと言ってるのよ! 名誉毀損で訴えなさいよ!」
「春香にもついたことがあるそうなんだけど、一ヶ月も経たないうちに飽きたらしいよ」
「きーっっっ! アンタ、悔しくないの?! こんな嘘八百並べ立てられて」
「……嘘ばかりでもないからなぁ」
「なんですって?」
「いや、悔しいさ。でもこの悔しさは仕事で見返してやろう。ほら、今日はリハーサルがあったろ」
「………分かったわ。でも、一ヶ月経ってまだ密着していたら…」
「ああ、分かってる。どんな手段にでも訴えるよ……え? 何ですか小鳥さん」
「電話ですよ。TV局から」

小鳥さんから電話が転送される、そこは今日の仕事先のTV局だ。直前になって時間の変更でもかかったのだろうか。俺は受話器を取る。

「もしもし……はい。はい……。………え? 何ですって?!」

posted by tlo at 20:51| ○○の仕事風

2008年12月07日

伊織と俺のプロデュース

lolita01.png
special thx>夏蜜柑P


・一部に性的な表現をしております。
・18歳未満、性的表現を好まれない方はお引き換えし下さい。

はじまり
posted by tlo at 00:00| ○○の仕事風

2008年11月11日

伊織と千早と蒼い鳥−Epilogue

「先日は、ありがとうございました」
「おかげさまで、とってもいいステージにしていただきました。本当にありがとうございましたぁ」

俺の礼に伊織が特上の甘ったるい声で続く。俺達は先日の収録の礼に、TV局のディレクターを訪れた。収録したステージは先日放送され、週末深夜帯の番組にしては高めの視聴率を納めた。もっともその週には、大物アーティストがアルバムをリリースし、番組のメインゲストに招かれている。好視聴率の理由はそれだろう。それでも多くの人に伊織達の姿が露出したのは事実だ。それも現時点で望みうる最高のステージを見せられた事は大きい。

「ん……ああ」

職人ディレクターはいつものように、素っ気ない返事をする。伊織がアドリブを決意した時、俺はこのディレクターに演出プランの変更を伝えた。

〜〜〜

『ようするに、アドリブやりたいって事だろ?』

どんなに言い繕っても見透かされる。下手な嘘は怒らせるだけだろう。俺はその言葉に頷き、頭を下げた。

『お願いします!』

千早のプロデューサーも声を上げ、頭を下げる。

『多分、こうなることを千早は予想していたと思います。望んでさえいたはずです』

伊織の意志を俺は千早のプロデューサーに伝えた。反対されるものと思っていたが、彼は頷いた。彼も千早から、それとなく話をされていたという。

『あなたが伊織を信じるように、俺も千早を信じます。俺は千早のプロデューサーです』

伊織は俺達のプランをぶちこわそうとしている。俺が伊織の為に悩み抜いてたてたプランだ。思い入れのない筈がない。だが、それでは「蒼い鳥」を歌えないと伊織は考えた。そして俺の「過保護」なプランを壊す行為そのものが、「蒼い鳥」を歌う事だと結論した。

伊織は俺のプランの先を行ったのだ。

『お願いします!』

俺も声を上げる。最早ステージで俺の出来ることは何もない。俺のすることは、伊織達がステージを全うできるよう横から支えること。伊織の意志を遂げさせることだ。例え、土下座しようとも……

『ん、分かった』

しかし返ってきたのは、素っ気ないうなずきだった。彼の号令一下、スタッフ達が動き始める。てきぱきと動くその様子に、戸惑いは一切無い。収録は何事もないかのように始まり、何事もないかのように終わった。歌い終わった後、スタッフからは拍手とねぎらいの言葉が二人のアイドルにかけられたが、すぐに次の収録の準備が始まると、俺達はスタジオを追い出されている。

〜〜〜

「俺の駆け出しの時分はな、そんなの当たり前だったんだよ。ライバルと目したアイドルがすげえステージしたら、それに負けじとやりかえす。どいつもこいつも生き残りに必死だ。そんな真剣勝負の立会人が、リハーサルと違うなんて言ってられねえだろ?」

俺が抱いていた疑問。何故あっさりと伊織のアドリブを認めたのか問うと、彼はいつになく熱っぽい調子で話し始めた。

「うちの連中にはその辺きっちり言い聞かせてるあるんだよ。ま、素人に毛の生えた程度の連中の尻ぬぐいにしか役に立ってなかったけどな」
「すごぉい! 伊織、こんなに気分良く仕事できたの初めてだったんだけど、そういう事だったのね!」

伊織がすかさず合いの手を入れる。こういう時は本当に卒がない。もっとも相手は百連錬磨。伊織の営業スマイルに彼は、にやりと口元を歪めてこう返した。

「ま、尻に殻をつけたまんまのひよっこなんざ、どんなに飛んでも高が知れてるがな」

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posted by tlo at 18:10| ○○の仕事風

2008年10月26日

伊織と千早と蒼い鳥8

「アンタ、私を信じてる?」


ステージ袖はちょっとした戦場だった。小さな不手際が重なり、撮影スケジュールは押している。本番直前、唐突に伊織はこう尋ねてきた。
こういう風に聞いてくる事が伊織には時々あって、何があったのかなんて説明は一切しない。が、そんな時に限ってその問いの背景には深刻な問題が横たわっているのだ。
だが今回は、その理由を知っている。

「伊織…」

朝からの不安が的中した。いや、来るべきものが来たというべきか。俺は資料室での二人の会話を聞いてしまっていた。恐らく伊織は、千早の『挑戦』を受けるつもりだ。それをするならほぼアドリブとなる。伊織一人のライブであれば問題は多くなかったろう。伊織の出来不出来が全てだ。
だが、伊織のアドリブを千早が受けきれるだろうか。それだけじゃない。リハーサルと違うとなれば、撮影スタッフも対応出来まい。
止めさせるべきだ。

「信じてるよ」

だが俺は答えた。伊織の申し出や提案を受けて失敗したことは数知れない。だけどその失敗さえ糧として、伊織とここまでやってきた。挑発した千早にも、それなりの覚悟はあるはずだ。いや、失敗を前提にするのはよそう。伊織も千早も相応の努力を積み重ねてきている。

「私を信じて」
「信じるよ」

伊織は「最高のステージ」を作ろうとしている。俺はあえて内容を問わない。今伊織が必要なのは無条件の信頼だ。例えそれがすがる藁にすぎなくとも、求めるのなら与えるのが今の俺がすべきこと。撮影スタッフには、俺が上手く伝えよう。

「俺は伊織の、プロデューサーだからな」

思い詰めた伊織の瞳が決意に光る。

「行ってくるわね」
「ああ、行ってこい」
posted by tlo at 01:37| ○○の仕事風

伊織と千早と蒼い鳥7-2


「違う」
「何ですって?」
「それだけでは最高のステージにはならないわ」

歌ってさえいればいい。確かにそう思っていた時もあった。だがプロデューサーと、そして春香と出会い、共に作るステージの魅力を知った。だから今回の仕事のステージプランを聞いたときには、そう、千早は失望を覚えたのだった。もし蒼い鳥をデュオで表現しようとするならば『片翼』では足りない。

「伊織、あなたにとって最高のステージは何?」
「そんなの、決まっているわ」

伊織は断言する。

「私というこの存在を、全人類に知らしめる事よ」

まるで冗談にしか聞こえないが、伊織にとっては大まじめな答えだ。そしてしばらく仕事を通じて伊織を見てきた千早も、その本気を知っている。ならば。

「じゃあ明日のステージは、あなたにとって最高のステージになるかしら」
「……ッ」

伊織は言葉に詰まる。伊織もステージプランに不満はあった。プロデューサーが言う最高のステージを作るため、伊織は千早に成りきるように言われている。その上で、千早を前に押し立て、一歩下がれと。だが千早と蒼い鳥という歌を理解するにつれ、この二つに矛盾を感じて始めていた。自由と孤独を両翼に千早が飛び立つのであるならば、一歩下がってステージに残される自分は滑稽でしかないのではないか?

「でも、BestじゃなくてもBetterのステージは見せれるわ」

伊織は千早の問い掛けを切り捨てた。その誘惑はあまりに魅力的だったが伊織は『プロ』だ。出来うる限りの冷たさを言葉に乗せる。

「収録は明日よ」

一気に冷めた空気が二人の間を流れる。千早唇をかみしめ、伊織は目をそらした。リピートが5回目に入った所で、千早が背を向ける。

「伊織」
「何?」
「私がナイチンゲールだって言ったわね」
「ええ言ったわ」
「だったらあなたは、籠のカナリアよ」
「それ、どういう事よ!」

伊織の怒声が響く。だが千早は振り向かない。

「ステージと私の家となんの関係があるっていうのよ!」
「違うわ。そんな事じゃない」
「じゃあ……!」
「どんなに綺麗な羽で取り繕っても、それは飛ぶための羽じゃない」

一顧だにもせず、千早は部屋を出て行った。最後に残した言葉には、失望がありがりと滲んでいた。

「あなたに蒼い鳥は歌えない」

posted by tlo at 00:22| ○○の仕事風

2008年10月25日

伊織と千早と蒼い鳥7-1

765プロ資料室。普段使うことのない部屋に伊織はいた。ほこりかかったかびくさい部屋を想像していた彼女だったが、よく掃除されて思いの外居心地のよいことを発見する。彼女は今、パイプ椅子に前後逆に、またがるように座っている。背もたれにあごを乗せ、食い入るような視線の先には、TV出演を録画した映像があった。

「ふーん、こんなのがあったのね……」


今現モニタには千早とあずさが映っている。それはかなり以前の仕事ではあったが、数少ない蒼い鳥のデュオではあった。今現在千早とデュオが組めるのは、春香とあずさだけだと聞いていた。確かにあずさの身長の高さはそのまま存在感となってステージに映える。だけど、このステージは伊織のイメージとは違っていた。

「……これデュオなのかしら」

小節ごとに歌い継ぐこの構成は、確かにあずさと千早を並び立たせてはいる。だがそこにはハーモニーもユニゾンもない。だからこれはデュオというよりは――

「ソロだわ」

リプレイで伊織はその印象を強くした。いつの間にか部屋に他の人間の気配がする。恐らくプロデューサーだろう。モニターから目を離さず、伊織は「背後にいる人物」に語りかけた。

「あずさも結局、千早として歌ってるんだわ」

「千早に成りきる」事が成功の鍵と教えられていた。故にリハーサル後に見せた千早の迷いは、伊織にも微妙な影を投げかけた。資料室にいるのは、以前見せてもらった千早の仕事の映像を求めての事である。この資料を見つけたのは偶然だった。

「隣に誰がいようが関係ない。結局アイツは独りなのね。ホントに自分の歌さえ歌えれば何でもいいのかしら……」

もちろん伊織も我が強い事を自覚している。だが、あたかも相手をいないかのように歌う事は無いし、そもそも出来ない。千早の凄味と致命的な弱みを伊織は改めて認識した。

「もしかしたら観客さえもいなくていいのかもしれない」
「そうね。そうかもしれない」
「え?」

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posted by tlo at 23:00| ○○の仕事風

伊織と千早と蒼い鳥6

「お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」

収録を明日に控え、リハーサルはつつがなく終了した。千早と伊織の挨拶に、TV局の番組ディレクターは無言で頷く。無愛想であるが職人肌で知られる彼の、それが普段の態度だ。だから俺たちも挨拶にも同様に頷くだけだと思っていた。

「なあ」

俺たちプロデューサーはぎょっとする。なにせ打ち合わせ以外には滅多に口を開かない男だ。そもそも調整室からスタジオに姿を現した事自体異例だった。ディレクターは思案顔で腕を組み、天井を見上げては床を見下す。
その間、俺は脳裏にリハーサルの光景を再生する。問題は無かったはずだった。だが相手は、80年代のアイドル黄金期に現場に入り、今や伝説的なアイドルを見て仕事をしてきたという大ベテランだ。俺の脳内再生が3回目のリピートを終えたところで、ようやく彼は言葉を継いだ。

「のっぽの子、千早ちゃんって言ったか」
「千早が何か」
「……ん、いや何でもない」

歯切れの悪い言葉に千早の担当プロデューサーは真意を尋ねたが、漠然とした何かを感じただけで具体的にどうこうというでは無いということだった。

「ま、明日はいろいろ押してて一発撮りになるからよ、ミスだけはしないでくれや」

千早担当の彼からは、千早の様子がすこし違うという事を俺も聞かされていた。初めてというわけでは無くそれは大抵仕事について考え事をしている時で、千早が一人で解決することもあれば、相談を受けることもあるのだとか。いずれにしても仕事に差し障りのあるレベルで無い以上、伊織担当の俺の出る幕はない。

「ちょっと! ディレクターに何言われてたのよ!」
「ああ、明日の収録が一発撮りになったらしい」
「今のリハーサルに問題があった訳ではないと」

立ち去ったディレクターと入れ替わってやってきたアイドル達を迎え入れる。俺は事務的に明日の予定を伝える。担当プロデューサーの彼は千早に頷いて答えた。

「でも今日の調子だったら全く問題ないだろ?」
「まあねー。というか、これぐらい当然だわ」

事実伊織は調子を上げてきている。この一ヶ月のレッスンは地道なもので、すぐ結果の出るものでは決してないのだが、良くも悪くも伊織は要領が良く飲み込みが早い。伊織は情感を乗せる為の歌の技術に気づき、それを飲み込みつつあった。

「プロデューサーから見てどうでしたか?」
「なによ千早。アンタ、何か不満があったっていうの?」
「不満じゃないわ。ただ私は最高のステージを作りたい、それだけよ」
「だったらアンタはいつも通りに歌えばいいだけじゃない」
「ねえ伊織。あなたはどう?」
「どうって……何よ」
「あなたも、最高のステージを作りたいと思うでしょう?」
「そりゃそうだけど。じゃあ聞くけど、アンタの考える最高のステージって何よ」
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posted by tlo at 17:30| ○○の仕事風

2008年10月11日

伊織と千早と蒼い鳥2/side.C

#時間軸を戻して。

これは……何ですか?」
「伊織だよ」
「それはわかりますっ………いえ、これは伊織なんですか?」
「伊織は自分に曲を降ろす。ステージで舞うのは、いわば曲の化身だね」
その疑問ももっともだと、彼女の担当プロデューサーが口を開く。
「そして何よりあの子がすごいのは、見る人さえも我を忘れてしまう事。文字通り魅入られるんだ。千早はこんなステージ作れる?」

765プロの資料室は千早が利用することが多いことから、今では二人のミーティングの場となっていた。暗闇に浮かぶモニタには伊織の舞う姿が映し出されている。インスト祭りと銘打たれたイベントに、伊織はダンサーとして招待された。彼女の魅力が遺憾なく発揮されたそのステージは、業界では知る人ぞ知る語り草となっている。
プロデューサーは千早の言葉を待つ。長い沈黙が破られたのは、ビデオの再生が終わってしばらくしてからだった。

「私のステージとは正反対です」

千早は自分自身をステージに乗せ歌によって表現する。聴衆は心を揺さぶられる事で、より強く自身を意識することになるだろう。伊織のステージとは真逆のものだ。

「確かに、水瀬さんに対する見方は変わりました」

わずかに揺れていた瞳に力が戻る。千早は向き直り、背けていた視線をまっすぐに射る。例え世界を相手にしても一歩も引かない断固たる意志。千早が千早である理由。

「ですが蒼い鳥は絶対に譲れません」
「譲れなんて言わないさ」

デュオのステージはトリオよりも難しい。少なくとも千早はそう思っている。だからこそ、伊織に合わせろという指示がでるものばかりと思っていた。

「むしろ君の全てを出して欲しいそうだ。俺もそれでいいと思う」

千早は決して譲るまい。ならば最高の舞台を作るため、今回は伊織が千早に譲る形を取る。千早がメインで伊織がサブ。他の曲であればまだしも、蒼い鳥ならこれ以外に策は無い。
プロデューサー同士で打ち合わせたプランを明かされて、千早は考え込む。深く沈思する横顔に、再び迷いの色が帯びる。プランを聞いて喜ぶとは思っていなかったが、プロデューサーにとっては意外な反応ではあった。

「・・・それでいいのかしら」
posted by tlo at 18:53| ○○の仕事風

2008年09月23日

伊織と千早と蒼い鳥5-2

「あーむかつく! なんでアイツが服つくってもらえるのよ!」
「デザイナーが千早のこと、よっぽど気に入ったんだろうなぁ」
「あんなはれぼったい奥二重のぶっきらぼうのどこが良いってのよ」
「エキゾチックな感じが良かったんだろうなぁ」
「なによ! アンタ、アイツの肩を持つわけ?」
「そういう訳じゃないけどさ」
「アンタもなにか特別レッスン用意なさいよ!」
「そんなホイホイ用意できないよ」
「全く! アンタ本ッ当に使えないわね!」

伊織の怒りは収まらない。まさか自分のまいた種が、こんな事になるとは予想つくはずもない。千早には「歌」では譲った伊織である。だがそれさえも認めたくはない事実だったろうに、こんどは自分の縄張りである「ヴィジュアル」で千早に『負けた』のだ。現実として伊織は千早と競っていた訳じゃないが、彼女の性格を考えればそう感じているに違いない。
そんな彼女のやり場のない怒りに身をさらすのも、プロデューサーたる俺の役目だと悟ったのは最近のことだ。とりあえずそのまま水瀬家に直行するのは避け、俺の行きつけの古びたレストランに立ち寄った。伊織は千早のプロデューサーとして最高の仕事をしてしまった。彼女が本当のプロシューサーであればうまい酒が飲めるに違いなかったが、今彼女の飲んでいるオレンジジュースは苦いかもしれない。

「じゃあ、これからレッスンよ。さっさと飲み終えなさいよ」
「焦ってもしょうがないだろ。歌のレッスンは地道な積み重ねだよ」
「そんな暢気なこといってたら、いつになってもスーパーアイドルになんかなれないわよ!」
「どうしても、これからか?」
「ええ、これからといったらこれからよ」
「よし、じゃあ『今』からだ」
「へ?」

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posted by tlo at 00:18| ○○の仕事風

2008年09月22日

伊織と千早と蒼い鳥5-1

南青山の一角にそのビルはあった。総ガラス張りという目立った外観は、海外の有名ブランドのブティックであることを考えれば驚くに当たらない。閉店の時間は過ぎているはずなのに、店内には多くの客の姿があった。だれもかれも着飾ってまるでパーティー……いや、これはパーティーなのだ。
名目はそのブランドが先のパリコレで発表した服の国内発表会で、お得意様だけを招待したクローズドのものらしい。だがそのブランドが超が付くほどの有名かつ高級ブランドであるが為に、招かれた客はいわゆる「セレブ」ばかり。結果として、ここは絵に描いたような「上流階級の社交場」となっている。
「なあ、伊織」
「なあに?」
「なんで俺がここにいるんだろう」
「しょうがないでしょう? 他にエスコートしてくれる人がいなかったんだから」
そんな疑問がついてでるほどに、俺の存在は場違いだった。『面白いものを見せてあげるから、ついてきなさい』と伊織に言われてほいほいついていけば、くたびれたスーツを着替えさせられ、伊織のエスコート役に任ぜられている。シンデレラだってもうすこし心の準備をする余裕があったはずだ。
「なによ。不満だって言うの?」
伊織の眉がつり上がる。お嬢様の御機嫌はお斜めにあそばされたご様子だ。
「光栄だよ。伊織」
家の人間は誰も忙しいというのは本当らしい。それでも他に付き添いがいないという事は無いはずで、上流階級の習慣は知らないが新堂さんでも良かったはずだ。そこに俺を選んだということは…まあそれなりに頼られてはいるんだろう。
「でも次は『お父様の名代』じゃなくて、スーパーアイドルのプロデューサーとして紹介して欲しいな」
「そう思うんだったら、私のためにきりきり働きなさい」
「ところで、面白い事ってのはファッションショーのことか?」
今度は伊織の口元がつり上がる。にひひっと笑うこの表情を見せるとき、伊織は大抵ろくでもないことを考えている。
「このファッションショーにね、千早がでるのよ」
「え!?」
「驚くこと無いでしょう? アイツがモデルはじめたって、アンタも知ってるじゃない」
モデルのステージは「見られる」ことが全てで、今の千早のステージとは正反対だ。表現力を磨く習い事は別に「即効性」のあるレッスンを始めたと聞いてはいた。
「でもまだ半月も経ってないだろう? それでいきなりデビューってのは…」
「だって私がここに紹介したんだもの、こんな娘がいるわよーって」
「なあ伊織…」
「なによ」
「家が貧しい女の子がな、クラスメートのお金持ちのお坊ちゃんに誕生日パーティーに誘われたんだ」
「なんの話をしているのよ」
「何を着ていけばいいか分からないその子はな、クラスメートのお嬢様に何を着ていけばいいか聞くんだ。するとその子は『カジュアルな服でいいのよ』って答えるんだよな」
「だから何の話を…」
「で、その子が話を真に受けて普段の服を着ていくと、周りは着飾った客ばかり。で、そのお嬢様は言うわけだ。『あら、カジュアルな服っていうのはフォーマルじゃないって意味だったのに、貴方分からなかったの?』って。つまり最初からその子を嘲笑うために……」
「……そのお嬢様が私ってこと?」
「いや、別に、何となくそんなアニメがあったような気がしたなーって……」
「バカなこといってんじゃないわよ。ほら、始まるわ」

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posted by tlo at 19:00| ○○の仕事風

2008年08月25日

伊織と千早と蒼い鳥4

「止めてください」
「なんで止めるのよ、千早」
「伊織、そこブレス入れないで」
「…わかったわ」


「止めてください」
「今度はなによ」
「声量が足りないわ」
「息が続かないわよ」
「そこは音響でなんとかするよ」
「まって」
「どうした?」
「ぎりぎりまでやってみる」


「お疲れ様」
後部座席に倒れ込むように座った伊織から返事はなかった。無理もない。追加レッスンに次ぐ追加レッスンを重ねている。夜も更けて、水瀬家へ帰路は郊外へ向かう車で渋滞気味だった。
「ねえ」
3回目の信号待で、伊織がようやく口を開く。
「なんだい」
「そろそろ最高のステージを作る方法っての、教えなさいよ」
実は伊織にはまだそれを教えていない。伊織はHowtoを教えれば飲み込んでしまうだろうが、要領のいい彼女はそれ以上を追求しないだろう。今回はHowtoの裏にあるWhyに気づいて欲しかった。逆にそれに気づかなければ、この方法に納得すまい。
「千早の事、どう思う?」
「生真面目で不器用で…むかつくわね」
「いやそうじゃなくって…言い方を変えよう」
信号が変わり車が流れ出す。俺もその流れに車を乗せた。
「千早のステージをどう思う?」
伊織はしばし考えて、答えた。

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posted by tlo at 18:00| ○○の仕事風

2008年08月23日

伊織と千早と蒼い鳥3

#俺設定全開


平日の昼前だというのに、フィットネスクラブのプールには結構の客がいる。俺と同じぐらいの歳の男もいたが、やはりほとんどが女性のそれもすこしお年を召した方が多い。別に目の保養に来た訳じゃないし、人妻熟女の熱い視線を感じないわけではないが俺たちは仕事できているのである。
「プロデューサー、1000m終わりました」
「え?! もう終わったの?」
千早は基礎トレーニングに水泳を取り入れている。以前はジョギングをしていたそうだが、彼女のプロデューサーが提案したという。
『体に負担をかけずに負荷をかけられますし、肺活量も増します。なにより街の汚れた空気を吸わなくて済みますから』
千早の説明はプロデューサーから受けたものなのだろう。彼女はこのトレーニングを気に入っているという。
「はい。漫然と泳ぐのではなく、自分なりにタイムを課しているので」
「まだ時間余っているけど」
「次のトレーニングに移りたいのですが」
「だ、そうだ。おーい伊織」
伊織はコースロープにつかまりぐったりしていた。最初の25mは千早と併走していたのだけれど、1回目のターンをすぎると早々に差を開けられてしまっていた。もっとも、これは競泳じゃないのだからムキになる必要は無い筈だけれど。
「大丈夫か!? 伊織!」
「……聞こえてるわ……大丈夫よ」
「伊織、大丈夫?」
「……ねえ千早、アンタいつもこんな事してるの?」
「ええ。歌唱力の土台は体力よ」
「……そう」


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posted by tlo at 14:42| ○○の仕事風

2008年08月18日

伊織と千早と蒼い鳥2

「何で私のパートが少ないのよ!」
「何故水瀬さんのパートがあるんですか? 蒼い鳥は私の歌です」
案の定、パート割りに不満の声が上がる。プロデューサー二人は顔を見合わせ溜息をつく。個別レッスンは順調に進んでいた。が、今回はデュオだからどうしても合わせ稽古は必要になる。どうにかこうにか二人をなだめすかして、このパート割りで納得させて頃には外はもう暗くなっていた。
「ねえ、アンタ」
「なんだい」
ミーティングが終わり、二人きりの会議室。案の定、伊織は不満げに声をかけてきた。千早は理解すれば納得できる娘だけど、伊織は納得できなければ理解しようともしない。パート割り案をのんだのは、社長に「仕事」だと申し渡された事が大きい。
「パート割り、不満か?」
「あったり前じゃない! 私のソロほとんど無いのに、アイツはソロがBメロ全部とかあるのよ」
「でもサビはデュオだろ」
「デュオだから当然でしょ!? というか、アンタ今からサビを私によこすようにゴネてきなさいよ」
「……なあ、伊織」
「なによ。無理だって言うの?」
「いや、これを見てくれ」
俺は一枚のディスクをプレーヤーにかけた。

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posted by tlo at 22:44| ○○の仕事風

2008年08月11日

伊織と千早と蒼い鳥1

#時なんとかP風のコラボ用SS。低ランク時の事件と思いねえ

「大人びていても、彼女たちは幼い。だからこそ、君達にはしっかりしてもらわなければならない。わかるだろう?」
「……」
「……」
仕事先のTV局で掴み合いを演じた二人のプロデューサーが社長の訓示を受けている。一人は俺、一人は千早担当のPだ。事の発端は「千早が伊織を突き飛ばした事」。もっともそれは俺の言い分で、彼に言わせれば「伊織が千早に掴みかかった事」となる。そもそもの発端を探ろうとはしたのだが、互いが担当のアイドルをかばえば相手を責める事になる。質問が詰問になり言い争いになるのに時間は要らなかった。掴み合いになったのは――その日が暑かったという事にしておこう。そういえばTV局のエアコンの効きも悪かった気がする。
真相は楽屋で二人っきりだった当事者にしか分からず、その二人、伊織と千早は別室で小鳥さんに「事情聴取」を受けている。

「失礼します」
小鳥さんに付き添われて、伊織と千早が社長室に入ってきた。神妙な顔をしているかと思えば、二人とも不満げな顔を隠そうともしない。プロデューサーは二人、溜息をつく。
「ごめなさい」
「申し訳ありませんでした」
「プロデューサーには謝ったかね?」
社長に見据えられた二人はさすがに気まずい顔になって、俺たちに頭を下げた。

「じゃあ、伊織ちゃん千早ちゃん。みんなに話して」
「私……如月さんに注意したんです。私が司会の方とトークしてる間、如月さんは、その…仏頂面でよそ向いてました」
小鳥さんに促されて口を開いたのは伊織だった。確かに伊織の言うとおり千早は無関心で、彼女のプロデューサーも本番後に注意していた筈。
「私、折角のお仕事だし、みんながいい雰囲気でやりたいなって思ってるから…それに如月さんもこれからの事もあると思って……だから言ったんです『それってアイドルとしてどうなの?』って……そしたら彼女が………」
そこで言葉はとぎれた。伊織はうつむき、膝の上に置かれた拳は、かすかに震える。静寂が事務室の喧噪を遠くから運んでくる。
「……伊織、続けて」
俺の言葉に呼応して、伊織は顔を上げる。瞳に涙を浮かべ、伊織は訴えた。
「『アイドルになんかなりたくないって』言ったんです! 私のトークは無駄どころか、歌う時間を縮めるだけだって! 私、悔しくって……」
瞳から涙がこぼれ、ほおを伝う。伊織は言葉に詰まり、手で顔を覆った。嗚咽こそ抑えているが、かすかに肩が震えていた。

「伊織……」

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posted by tlo at 17:24| ○○の仕事風