2010年02月12日

伊織とやよいのサバイバル28

「待ちたまえ。話が急過ぎないかね?」
「アイドルアルティメットも終わって、区切りもつきましたし」

IUは伊織ちゃんの優勝で幕を閉じた。やよい相手に苦戦した伊織ちゃんだったけど、決勝戦はあっけないぐらいの楽勝だった。そもそもあの準決勝が、出来レースに納得できない事務所のアイドルが集められたものだった。だから決勝メンツは八百長話に乗っている事務所のアイドルで、勝つのがやよいでなくて伊織ちゃんになったという話なのだけれど。
社長室の外では、伊織ちゃんの優勝祝賀会が盛り上がってる。席を外した社長に、僕は辞意を伝えた。社長は驚いてるけど、僕はやよいのIUが終わった時点で会社を辞める心積もりでいた。

「結果として伊織ちゃんが勝ちましたけど、一連の騒動の責任を取りたいと思います」

社長はため息をついて、椅子に身を沈めた。僕がプロデューサーを下ろされなかったのは、IUを戦っているやよいや伊織ちゃんへの配慮に違いなかった。僕が言わなくても、いずれなんらかの処分があるのは違いない。けど机の前で処分を待つ僕に、社長は質問をしてきた。

「それは高槻くんも承知しているのかね?」
「……いえ。ただ、いずれにしても、やよいがIUに負けた時点でプロデュース期間はすぎてますから」
「それでは、私は認める事はできんな」
「何故…ですか?」
「そもそも今回の件は、君の独断専行にも原因があった。少なくとも高槻くんには、君がやろうとしていることを知らせるべきだった。違うかね?」

返事も出来ずに僕は立ちつくす。社長は身を乗り出し、内線をかけた。

「今、高槻君を呼び出す。彼女を納得させることが出来たら、君の辞職を認めよう」

続きを読む
posted by tlo at 22:26| ○○の仕事風

2010年01月26日

伊織とやよいのサバイバル27

実のところ私はアイドルという存在に、なんら幻想を抱いていない。私がスタイリストになろうと弟子入りした時にはもう陰りが見えていたし、独立して仕事を始めたころは「アイドル」という肩書きはタブーになっていた。
私が初めて担当した子は、13歳でモデルデビューした鳴り物入りの美少女だった。山崎すぎおという独立したばかりのスタイリストが彼女を担当できたのは、今になれば運がよかったとしか思えないのだけど、その時はセンスが認められたのだと私は鼻息が荒かった。その後、彼女はヘアヌード写真集を出したりセンセーショナルなプロモーションでトップアイドルに上り詰めたけど、それでも私はアイドルに醒めていた。
私が選り抜いたコーディネートで着飾って、グラビア写真を撮ったその次の仕事で、きぐるみを着て芸人とバカなコントをしているのだ。若かった私はバラエティーやワイドショーに出ては他人のコーディネートに「辛口コメント」をしては憂さ晴らしをしていたが、レギュラー出演していた番組から「。」なんてアイドルグループが産まれたのは皮肉としか思えず、素人くささが抜けない彼女たちのスタイリストを依頼された時には運命さえ呪った。

「なんで、審査員なんて引き受けたのかしら」

トイレから出たところで、私はばったりと件の765プロアイドルと出くわしてしまっている。目が合って互いに立ち止まってしまったものの、交わす言葉があるわけもなく。ふつふつと沸いてきた怒りと疑問に、思わず愚痴がこぼれた。

「あ、あのー」
「なあに?」
「後悔しているんですか?」
「違うわ」
「迷っているんですか?」

大きな瞳が私を覗き込む。13歳といえばそろそろ大人びていいはずの年齢なのに、この子は全くの子供で、その無垢なあどけなさに何故か私は「負い目」を感じてしまう。無くしてしまったイノセンスの体現。それがこの子の魅力なのだろう。私は何も言わずに背を向けた。

「今日は、ずるはありません。みんな本気です」

思いがけない言葉に私は振り向く。さっきまでいたはずの穢れを知らぬ天使の姿はそこに無く、決意を秘めた戦士が佇んでいた。

「だから、迷わないでいいと思います」
「私が迷っているというの?」

彼女は大きくお辞儀して走り去っていく。小さな背中を見送りながら、私はその場に立ち尽くすのだった。


続きを読む
posted by tlo at 19:46| ○○の仕事風

2010年01月21日

伊織とやよいのサバイバル26

#あと、2回で終わりです。

遠くから大きな声が響く。エアコンの音より低いざわめきが聞こえてくる。今、楽屋の前の廊下を走っていったのは、声に呼ばれたスタッフだろうか。アイドルアルティメット6回戦は異様な雰囲気に包まれていた。

「緊張してしまうな」

伊織はスニーカーの紐を解いた。そして捩じれを直すと、ゆっくりと結び直し始める。

「アンタがオーデション受けるんじゃないのよ」
「でも、こんなに大きな『仕掛け』をしたのは始めてだからな」
「アンタねぇ」

紐を結う手を止め、伊織はゆっくりと顔を上げた。

「IUが終わったらもっと大きな仕事をしなくちゃいけないのよ? わかってる?」
「……もう勝った後のこと考えているのか?」
「あったりまえじゃない! ってアンタ、私が勝てないって思っているんじゃないでしょうね?」

もしかしたらと声をかければ思ったとおりだった。伊織らしい大言壮語だが、固い声がわずかに上ずっている。この状況だったらしょうがないとはいえ、不安が残っているのだろう。俺は大きくため息をつき、頭を掻く。

「なんとかいいなさいよ」
「一つ。これができればお前は勝てるよ」
「そんなのがあるなら──」
「最高のステージを作る。できるか?」

身を乗り出した伊織は、唐突な答えに目をしばたかせる。俺は言葉を続けた。

「IUの魅力は何だと思う?」
「アイドルが本気で戦う真剣勝負でしょ?」
「そうだな。じゃあ、IUで最高のステージを作るにはどうしたら良い?」

伊織は眉をひそませる。だが尖った口が、不敵な笑みに変わるには時間はかからなかった。

「全力の私を魅せる」

俺はその答えに親指を立てて見せた。そう、奇を衒った作戦は不要なのだ。IUの回を重ねるに連れ、伊織はさらに成長している。今や彼女は、優勝候補の一角に数えられているのだ。堂々と王道を行けば良い。例え、友と争う戦いであっても。

「絶対勝てるよ」
「まっかせなさい!」

続きを読む
posted by tlo at 00:12| ○○の仕事風

2010年01月14日

伊織とやよいのサバイバル25

「……怒ってもいいんですか?」
「ああ、ええで」
「泣いてもいいんですか?」
「当然や」
「でも、みんな悲しくなります」
「僕はならない。アイドルアルティメットだって辞退していい」
「そんな事したら、迷惑になります」
「社長も他のプロデューサーも、フォローしてくれるって。やよいは心配しないでええんや」

何かが胸を込み上げて、口をついて出そうになる。だけど口を開けたまま、それは言葉にならなくて。そんな私を、プロデューサーは優しく撫でてくれた。

「僕に任せろって言えればカッコええんやけどな」

涙がこぼれた。頭を掻いて笑うプロデューサーの姿がぐしゃぐしゃになる。

「すいません……私……私!」

プロデューサーは黙って頭をなで続けてくれた。私は泣いて泣いて、泣き続けた。暖かい大きな手に包まれるみたいで、つっかえていたものが溶けていくみたいだった。

「みんなによろこんで欲しいから、アイドルになったんじゃないんです……」

いつかプロデューサーにもお話しした事はウソじゃない。けど、本当は違っていた。アイドルアルティメットに出て、大きなステージに立って私は気づいた。全力で歌って踊って、頭がぐあーってなって真っ白になった後に、ファンの人から歓声がわくあの瞬間に。

「気持ちいいんです。すごく楽しいんです。私……」

そうだ。ずるしてるのも、心の底ではよろこんでいたんだ。だって、私はもっと歌っていたいから、もっと踊っていたいから。

「私、自分の為にアイドルになったんです」
続きを読む
posted by tlo at 21:21| ○○の仕事風

2010年01月06日

伊織とやよいのサバイバル24

「あのな、やよい。聞いて欲しいんや」

渡された封筒から、手紙を取り出す。プリキュアの可愛い便せんには、余りきれいじゃないけれど丁寧に字が書かれていた。きっと小さい子が書いた、ファンレターだ。

『やよいちゃんへ
 テレビでいつもおうえんしてます。
 この間、やよいちゃんの家の事聞いてびっくりしました。
 私は、お母さんが家計が苦しいってピアノ教室へ通えなくなっちゃいました。
 だけど、やよいちゃんみたいにがんばろうって思います。
 いつかやよいちゃんの歌をひけるようになりたいな』

「俺な、思うたんやけどな」

プロデューサーは目を伏せて、口をもごもごさせる。網の上のお肉の端っこがまくれて、ちりちりと焦げていく。私は、プロデューサーが続きを言うのを待つ。

「やよいは、やよいなんやって」
「はい、そうです」
「や、そうなんやけどな」

じゅう

プロデューサーは唸りながら髪をかきむしる。私は焼けたお肉をひっくり返す。

「やよいはアイドルとか貧乏とかそんな前置きみたいのは関係なくて、ただありのままのやよいが一番なんや」
「ありのまま…?」

プロデューサーはもう一通ファンレターを見せてくれた。お花の模様の奇麗な便せんに書かれたファンレター。お腹に赤ちゃんがいるっていう女の人が、赤ちゃんを私みたいな元気で明るい子に育てたいって。

「やよいの歌を聴いて、赤ちゃんがお腹を蹴るんやて」
「私そんなすごくないです」
「すごいとか偉いとかそんなんやなくてな……」
「みんな私のこと知らないんです! だって、私!」
「いや、あのな、そういうのも含めてやな…」


「……プロデューサーは知らないんです」


言って私は、それが言っちゃいけない事だったのに気づく。プロデューサーの表情が凍り付いて、私はうつむく。私が私を隠していた事に、プロデューサーはきっと傷ついたに違いない。

「……すいません」
続きを読む
posted by tlo at 03:36| ○○の仕事風

2009年12月28日

伊織とやよいのサバイバル23

金網の上のカルビをひっくり返すと、裏にはまだ赤身が残っていた。伝って落ちた油が金網の上で炎を上げる。香ばしい白い煙に煽られて、摘んだ肉をそのまま青いレタスの上に乗せかぶりつく。レタスの葉を食い破ると、熱い脂と肉汁が舌に広がる。

「うまい! 結構良い肉使ってるで、ここ」

炭火にあぶられて丸まっていくミノやタン塩をやよいは凝視している。きっと色々と葛藤しているに違いなくて、正直目が怖い。僕は焼き上がったカルビを小皿に取って、やよいの前に置いた。

「ほら、熱いうちに食べや」
「プロデューサー」
「レタスに巻いて食べると旨いで」

焼けたタンを塩だれを入れた小皿に浸す。表裏とたっぷりと漬けて、したたり落ちるタレをこぼさないよう口を寄せ、放り込むように食う。こりこりとした歯ごたえの後、タレと脂が混じり合って舌に広がった。
まだ焼けてないミノを金網の端っこに寄せる。盛り皿から次はロースを選んで、数きれつまみ上げる。赤身が多い辺り海外産みたいだけど、肉自体はいいもの使ってる。空いたスペースに乗せると、じゅうと一際大きい音がなる。

「遠慮せんと」
「私、ミーティングって聞いたんですけど…」
「うん。大事なこと聞きとうて」

金網に乗せたロースを一枚一枚剥いで敷き詰めていく。炭火に炙られ、浮き出た脂がてらてらと光る。立ち上る煙の向こう、やよいが見詰めてくる。僕も箸を置き、机に腕を乗せる。

「やよい、アイドルアルティメットに勝ちたいか?」

金網の上でロースが炎を上げた。

「なんで、今更そんな事聞くんですか?」

やよいの声が震えている。ホントに今更や。やよいも呆れてるに違いない。よかれと思って一人突っ走って、そのつけが回ってきた。我ながら情けないけど、状況はそんなこと言っていられないぐらい差し迫ってる。

「というか、伊織ちゃんに勝ちたいか?」

続きを読む
posted by tlo at 20:21| ○○の仕事風

2009年12月01日

伊織とやよいのサバイバル22

私と千早でやよいに特訓したのがつい昨日の事みたいに感じられる。だけどアレはもう数ヶ月前の事。やよいを家に訪ねると、公園で特訓していると聞かされた。住宅街の真ん中にある公園とはいえ、夜は一人で練習するなと言われているはずなのに、アイツはずっとこうしていたに違いない。

「やよい!」
「あ、伊織ちゃん!?」

声をかけたら振り向いて、大きな目をまん丸にして驚いている。

「特訓しているの?」
「うん。あ、伊織ちゃん5回戦突破おめでとう!」
「……ありがとう」

屈託のない、心のそこからの祝福だ。自分だってIUに出ているというのに。

「ねえ、やよい」
「なあに、伊織ちゃん」

勝ち続ける限りいつか当たる。当たり前の理屈だ。それが今来ただけのこと。

「やよい。次の準決勝、あなたと当たる事になったわ」
「………そうなんだ」

だけどこんな形になると私は思っていなかった。こんな事言いたくない。でも言わなくちゃいけない。やよいが私の親友であるように、私はやよいの親友なのだから。

「八百長で勝てると思わない事ね。勝ちたいなら、ホンキできなさい」

背けた目を、おそるおそる戻す。

「そんな…いおりちゃんはお友達と思っているけど、恥ずかしいよ……」
「でも、私の好きはこういう好きなの……ってちっがーう!」

それは百合やとノリツッコミを決めつつ、やよいにいらん知識を吹き込んだ奴をシメる事を決意する。だがその反応で、私は確信した。

「無理してボケも無駄よ」
「……そうだよね」
「自分が勝っているんじゃなくて、周りがわざと負けてるって気づいているんでしょう」
そう、人一倍人の気を遣うやよいが気づいていないはず無い。プロデューサーが舌を巻いたライブ感覚は、そんなやよいの性格そのものだ。そうこの子は、八百長に気づき、八百長を隠しているプロデューサーの気持ちにも気づき、気がつかない振りをしているのだ。
「何故、隠していたの?」
「だって、みんな心配すると思ったから……」
「違う」

そんなことは分かり切っている。自分一人さえ我慢すれば、周りのみんなは笑っていてくれる。そんな答えは、聞かなくたって分かる。私が聞きたいのは――

「何故、私にも隠していたのっ」

こんどこそやよいの表情は固まった。俯いて、小さくつぶやく。

「……ごめんなさい」

でも、聞かなくても、その答えさえ私には分かってしまう。私を困らせたくなかったんだ。まして私もIUに出場しているのだ。どうしようか分からなくなったこの子は、だったらなんとか実力で勝てるぐらいになろうと、こうして練習していたに違いないのだ。

「周りに遠慮して、我慢して、薄っぺらい笑顔貼り付けて! アイドルを舐めないで! そんなんで周りの人を元気にしてあげられるわけないじゃない!」

やよいが泣き出した。ぎゅっと拳を握って、大粒の涙が頬を伝って地面を濡らす。でも溢れかえる言葉を止めることを私は出来なかった。

「周りを元気にしたかったら、やよいが元気になりなさい! やよいが、自分が元気になるためにステージに上りなさい! やよいの全力のホンキで、ぶつかってきなさい!」

ひとしきり叫んで、息が切れる。夜の公園の静けさが戻る。息を整え、私はやよいに背を向けた。

「いつか、一緒にドーム行こうって約束したわよね」

すすり泣く声に、私は言葉を投げつけた。

「行けるのは一人だけよ」

これ以上ここにいたら、私も、泣き出しそうだった。

続きを読む
posted by tlo at 01:22| ○○の仕事風

2009年11月30日

伊織とやよいのサバイバル21

「君は、八百長でアイドルアルティメットに"勝たされる"のだよ」

黒井を見上げる天井がどこまでも高くなっていく。得意満面のドヤ顔に見下ろされる視界が白くなっていく。終わった。やよいにだけは知られたくなかった。素直でまっすぐな笑顔は、もう………

「あの……」
「やよい……」

おそるおそる、やよいの顔をのぞき見る。やよいは放心したように、黒井を見つめていた。

「あの『やおちょう』って野菜とか売ってるお店ですか?」
「そりゃ八百屋や!」
「じゃ、じゃあ、あの、野菜を炒めてあんかけかけた中華料理……」
「そりゃ八宝菜や!」
「分かった! お花の根っこで茶碗蒸しに入れるとおいしいですよね」
「それは百合根だ!」
「あ、そうかー。プロデューサーも黒井社長物知りですね」
「『お前がものを知らなさすぎなん』だ!」じゃ!」

黒井社長とやよいにダブルつっこみを決める。このところ芸人との絡みが多かったせいか、やよいはボケの間合いと引き込みを完全にものにしてた。恐ろしい、このまま成長していけば、どんな芸人になることか……!

「って、待て! お前がプロデュースしてるのは芸人じゃなくてアイドルだろう!」
「おお! 黒井社長、ナイスつっこみ!」
「いい加減にしたまえ!」
「社長おもしろーい」ケラケラ

乾いた笑い声が廊下に響く。扉の影からは、山崎さんの冷たい視線が突き刺さる。黒井社長はいらだたしげに背を向けた。

「下等で下品で下劣! 全く、高木に似つかわしいアイドルだ」
「待ってください!」
「なにかね!」
「やよいは確かにものを知らなさすぎだけど、卑しくはありませんよ!」
「では聞こう」

黒井社長が、肩越しに鋭い視線を投げかける。その眼差しに何故か、僕は熱を感じた。


「貧しさをネタに同情を売って金を貰う。それは、乞食ではないのかね?」

続きを読む
posted by tlo at 20:28| ○○の仕事風

2009年11月28日

伊織とやよいのサバイバル20

無礼な男だ。
この私がわざわざ楽屋に訪れる事自体、この業界に生きる人間だったらめったにない事が分かるはずだ。だが、目の前にいるこの男は、961プロの社長である私を目の前にして恐縮するどころか話を聞こうともしない。

「山崎先生ー、お願いできませんか」
「あなた、自分がなに言ってるか分かってるの?」
「もちろんです。芸能界正常化の為、是非先生のお力が必要なのです」

IUは765プロのアイドルを勝たせる事になった。まさか高木がこんな手を使ってくるとは思わなかった。そもそもその役には、うちのアイドルが収まることになっていた。その為にあの政務官とやらに大金をつぎ込んで来たというのに、党が選挙でぼろ負けどころか当の本人が落選する始末。まったく、とんだ献金泥棒だ!

「先生もお聞きになったでしょう。765プロのアイドルが、不正な手段で勝っています。そのことで私は胸を痛めているのです」
「そりゃアンタの所の伊織奈ちゃんが負けるものね」
「先生、うちの河合伊織奈の名前をご存じでしたか。ありがとうございます」
「ありがとうございます! 山崎先生!」

一緒についてきた伊織奈が礼をすると、山崎すぎおの相好がわずかにほころぶ。顔に出てしまう辺り、この男もヴィジュアル審査員を任されるだけの目は持っている。ファッションモデル上がりのこの娘は、IUの為に私が引き抜いてきた逸材だ。ルックスだけなら961プロでも1,2を争うだろう。

「先生はいかがです? アイドルアルティメットは実力主義のガチンコ勝負が売りだったはず」
「そうね」
「それが今や、あらかじめ決まった勝者の下、星が売り買いされている始末。おかしいと思いませんか?」
「ええ、もう辞めたいぐらいよ」
「私もこんなくだらない茶番劇に付き合うのは止そうと、何度思ったことか! ですが、ここで辞めるのは簡単です」

山崎が小さく頷く。やっと話に食らいついてきた。実際、ここで止めたら今までの投資が水の泡だ。なんとしても回収してやらなくては!

「アイドルアルティメットの浄化を、この黒井がやると言うのです。先生、是非お力添えを。是非とも!」
「だからといって、えこひいきは出来ないわ。確かに伊織奈ちゃんは可愛いわよ。でも点数を甘くするなんて」
「いえいえ、伊織奈には先生の信ずるままの点数を付けて頂きたい」
「どういうことなの? 伊織奈ちゃんに勝たせて欲しいって、言ったわよね?」
「私が申し上げたいのは、765プロの不正に対し、先生の意志を示していただきたいと、そういうことなのです」
「それって……」

怪訝な表情であるが、体は前にのめっている。私は悠然として楽屋を横切り、彼の隣に座る。後は囁くだけで良い。IU5回戦。あからさまな八百長の前に失望してしまった彼に、甘美な、響きを。

「765プロのアイドルにはハンデが必要だと、そう思いませんか?」

続きを読む
posted by tlo at 04:32| ○○の仕事風

2009年11月23日

伊織とやよいのサバイバル18

ゴシップ記者は他言無用と脅してきたが、少なくともやよいを勝たせるという出来レース自体はそのうち業界内に知れ渡ることになるだろう。もちろん、やよいを担当している彼は既に知っているはずだ。だが彼は社長には伝えていまい。社長の人となりを考えれば、あり得ないプロデュースであるからだ。俺が枕営業を口にした時に見せたあの形相は、今も背筋を凍らせる。
問題は、どこまで大きな話であるかということだ。業界の闇に身をひたしているあの男さえ見通しのつかない闇が、背後には控えている。だが伊織が鍵だと奴は言った。

『政官財の話し合いには水瀬のグループ会社も呼ばれてます。無関係じゃ無いんですよ』

帰社の途上、ずっと対処を考えていたが思考の整理がつかないままに、765プロのビルの前に立っている。とりあえずやよい担当プロデューサーにどこまで知ってるか問い詰めるところから始めるべきか。エレベーターを使わず階段を上っている間に考えをまとめて事務所の扉を……

「アンタのプロデュースは間違ってるのよ!」

事務所の扉を開いたら、伊織の甲高い怒声に迎えられた。

「そんなこと伊織ちゃんに言われる筋合いはないで!」
「二人とも落ち着きなさい!」

律子が慌てて、伊織とやよいのプロデューサーの間に割ってはいる。事務所にいたスタッフは皆呆然としている。

「筋合い? そんなの! やよいがみすみす潰されるの、見過ごすわけにはいかないわ!」
「潰すぅ? それどんな意味や?」
「だからアンタのプロデュースは間違っているって言ってるのよ!」
「僕のプロデュースがやよいを潰すって言うんかい!?」
「ええ、そうよ! HHHだって濱田のやつやよいのことカワイソウな目でみてたじゃない!」
「……あ、わかった、伊織ちゃん、やよいに嫉妬してんやろ。ゴールデン出たことないもんな」

絶句した伊織の顔から血の気が失われる。見開いた瞳の、その瞳孔が絞られる。唇がわななきながら開いていき、食いしばっている歯がむき出しになる。親にまで秘密にしていた八重歯の犬歯までも露わにして。そのロングヘヤーまでも逆立つような、錯覚。

「伊織っ!!」

伊織の怒りに引いてしまった律子に変わって間に割ってはいる。

「どきなさい!」
「落ち着け伊織」
「これが落ち着いていられるって!?」
「やよいはプロデューサーを信じている。それをお前が間違っているって言ったらどうなる」
「間違っているものは間違っているのよ!」
「じゃあ、俺のプロデュースを律子が間違っていると詰ったら、お前はどう思う?」
「怒るわよ!」
「やよいは、お前をどう思うだろうな」
「……っ!」

だけど!と反論をする機先を俺は制する。

「伊織。この件は俺に預けてくれ」

刺すような伊織の視線を見詰め返す。もう何度も何度も受けてきた、絶対に背けてはならない視線だ。

「やよいのプロデュースを、あなたが変えるというのね」
「悪いようにはしない」
「ちょっ、何いってんですか!?」

伊織の怒気をまともに受け、固まっていたやよいのプロデューサーがようやく我に返る。俺は彼に向き直った。

「君に話がある」

続きを読む
posted by tlo at 03:20| ○○の仕事風

2009年11月22日

伊織とやよいのサバイバル17

「やよい、おつかれさん」
「あの、プロデューサー」
「やよいー。給食費はもう返さなくてもええんやで」
「あ……でも、やっぱり借りているものは返さないと!」
「利子も冗談ってゆうたやんか」
「……ごめんなさい」

臨海副都心のインターから首都高に入った。律子には下道を使えと厳命されてるけど、やよいの初ゴールデンの帰り道だ。しみったれた事は言わせん...まあ、僕自身この辺の道になれてないのもあるけど。本線に入って加速を始める。街頭が迫っては、背後に飛んでく。車の中にオレンジの光が満ちては引いていく。カクテルライトに照らされてるみたいで、めっちゃ気持ちいい。
実際気分がいい。やよいの出演したHHHはMステと並んで、数少ないゴールデンの歌番組だ。765プロだと春香ちゃんと千早ちゃんぐらいしか出てない。まして伊織ちゃんはゴールデンへの出演自体がまだだ。プロデュースは確実に成果が出ている。IUはもう心配ない。後はそのままやよいをトップにつかせて……

「あの、プロデューサー!」
「うお! なんや大声出して」
「さっきから呼んでたんですけど」

バックミラー越しに、やよいが見詰め返す。らしくない思い詰めた顔してる。

「なんや?」
「あの、今日のステージうまく行ってたでしょうか?」
「ん、問題無かったんちゃう?」
「私の歌、司会者の人も、共演者の人も聞いてなかったみたいで……」
「そんなこと無いって」
「そうですか?」
「ディレクターも褒めてくれたやろ。ご褒美もくれたし」
「余ったお弁当頂いたのは助かりましたけど…」
「やよいの歌を聴くのはカメラの向こうの視聴者って、伊織ちゃんに教えてもらったやんか」
「そうか。そうですよね!」
「大丈夫やって……お、レインボーブリッジや」
「うわー! きれいー!」

窓にかじりついたやよいが、瞳を輝かせる。やっぱりやよいは笑顔がいい。そうだ。やよいがいつでも笑っていられるように、僕はがんばらなあかん。その為なら、どんなことでも。

続きを読む
posted by tlo at 18:01| ○○の仕事風

2009年11月21日

伊織とやよいのサバイバル16

「すいません。仰っていることがよく理解できないのですが」
「有り体に言うとさ。アイドルアルティメットは辞退してもらいたいんだよね」

ドラマの打合せにテレビ局に向かうと、俺はいつもの会議室ではなく編成局長室へと通された。一介の芸能プロの社員ではアポさえ取れない相手だ。その上、何事かと身構え部屋に入れば歓待を受ける。何か裏があるんじゃないかと思えば案の定だった。

「理由をお尋ねしてよろしいですか?」

編成局長の横に座っていた番組プロデューサーが口を開く。彼が言うには、先のクールで成功を収めた伊織を高く買っているという。ヒロイン交代を受け入れたのも、Jプロの圧力以上に伊織の勢いを殺したくなかったからと。芸能界の格付けを慮って今回は準レギュラーだが、結果を残せば春クールにはヒロインを考えているとまで彼は言った。

「伊織ちゃんとJプロの彼で、『紅いシリーズ』の復活させたいのです。どうでしょう」

紅いシリーズといえば百恵が名を馳せたテレビドラマであり、この局の看板ドラマでもあった。つまりはJプロと765プロのプロモーションに乗っかろうといういう事だろう。彼らの腹は読めた。だがしかし、

「ですが、それなら何故アイドルアルティメットの辞退が必要なんですか?」
「負けると評価が落ちますよね?」
「お言葉ですが、うちの伊織は簡単に負けませんよ」
「いやー。それが勝てないんだよね」

再び編成局長が口を開く。

「何故です?」
「だって、もう勝つのは決まっているんだもん」
「決まっている? どういう事ですか?」
「知らないの? 聞いてない? というかおたくの子じゃなかった?」
「え、それは……」

俺が言葉を発するのを気にもせず、彼は軽い口調で言い継ぐ。

「高槻やよい。あの子をチャンピオンにするって、こないだ取り決めたんだけどなぁ」


続きを読む
posted by tlo at 16:24| ○○の仕事風

2009年09月21日

伊織とやよいのサバイバル15

♪〜

「らららーららー」

♪↑〜

「らららーららー」↑

伊織が追加レッスンを求めたのは久しぶりだった。そもそもレッスン自体はもう教えることはなく、精々オーデション前のコンデション確認といった程度の意味合いでしかなくなっていた。が、伊織は前にも増してレッスンに真剣に取り組んでいる。

『慣れでやっちゃってる所が出てきてるのよね。時間の取れるときに再確認しておきたいわ』

「慣れ」というのは動作の効率化だ。要領の良い彼女がそんなことを口するのは、慣れは同時に省力化そして自動化、つまり「手抜き」にも通ずるからで、こと「表現」においては避けねばならない事に気づいているからだろう。

♪↑↑〜

「らららーららー」↑↑

「ん、OK。このぐらいで良いか?」
「今のもう一度」
「何かまずかったか?」
「もう少しお腹から出るようにしたいの。今のは胸の辺りだったわ」
「そうか」
もう一度同じ鍵盤を弾く。思えば1年前には出せなかった高さだ。それを伊織は、出すだけでなく自分の音程にしようとしている。数回繰り返し、伊織はようやく頷いた。

続きを読む
posted by tlo at 01:50| ○○の仕事風

2009年09月19日

伊織とやよいのサバイバル14

#あと5回ぐらいです…

真を担当していた彼は熱弁を振るった。
「そりゃ、俺もボーイッシュな女の子って分かりやすいコンセプトで真をプロデュースしたよ。でもそんなキャラ付けやレッテル張りはしなかった」
先週プロデュースを終えたばかりの律子担当の彼は顔を上げた。
「いや、鋭いマーケティングだと思う。いろいろと厳しい時代だからこそ、ヘンに夢や希望を謳うよりは地に足が着いた感じがするだろう?」

プロデューサー会議は久々に荒れた。議題はやよいのプロデュース方針だった。今、やよいは「貧乏大家族崖っぷちアイドル」として売出ししている。IUでテレビへの露出が増えたやよいの顔を覚えてもらおうと、やよい担当プロデューサーが仕掛けたのだ。
プロデュース方針は各担当に一任され、会議は基本的にプロデューサー間の情報交換の場であるのだが、時にこうした議論が起こる。その様子を見ていた律子が目を丸くしている。1年を終え、プロデューサー見習いとなった彼女も会議に出席していたのだった。
「驚いたか?」
隣に座る律子に声をかけると、彼女は興奮気味に応えた。
「私達のプロデュースってこんな風に決まっていたんですね」
「ここで決まる訳じゃないけど…でも律子の転身はここで決まったな」
律子のプロデューサーは自らのマーケティング理論を実践する為に、大手広告代理店を辞めて765プロに入った変わり種である。同じく頭脳派の律子とは馬があった。ネット中心のプロデュースは初動こそ苦労したものの、とある動画サイトにプロデューサー自らアップした手描きPVが話題となり、一夜にして彼女はメジャーネットアイドルとなる。それを足がかりにプロデュースは順調に進んだ。そして世界進出の布石として彼はアジアへ打って出る戦略を描くが、律子の思惑は違っていたのである。
「君のプロデューサーとしての資質は問題ない。だけど『アイドル秋月律子』にも未練はあって、決めかねた彼はこの場で意見を求めたんだ」
「んもー、優柔不断なんだから」
他のどのアイドルとも違い、活動方針の決定からプロデューサーと二人三脚をしてきた彼女だ。言葉とは裏腹の柔らかい表情は、余人ではうかがい知れない絆の証なのだろう。

「君はどう思うかね?」

社長が俺に意見を求めると、プロデューサー達の視線が注がれる。ふと、向こう正面に座るやよい担当の彼と目が合った。瞳は定まり、口元もしっかり結ばれている。議論の俎上に載せられ参っているかと思ったがそうでないらしい。ならば遠慮は要らないだろう。
「IUは短期決戦の上、視聴者投票も有ることを考えれば、名前と顔が一致するというのは非常に有利です。ですが――」
やよい担当者の表情がわずか険しくなるのを見ぬふりをして、俺は続ける。
「IUが終わった後も、やよいにはその『キャラ』が求められる事になるかもしれません。そうなれば仕事の幅も狭まります」
「IUの後にイメージ変えれば、問題ないと違います?」
「やよいはイメージ変更に対応することになるね」
「できますよ」
それ以上は何も言わずに、俺は発言を終える。社長は一つ頷いた後、今度は律子に発言を求めた。

「え、私ですか?」
突然矛先を向けられ慌てる律子に、彼女担当だったプロデューサーが声をかけた。
「いつも僕に言ってたみたいに、容赦無く言えば良いよ」
「容赦なくって。まるで私がずけずけ言ってたみたいじゃないですか」
「違うの?」
思わず噴き出してしまうと、律子が睨み付けてきた。にやけ顔を必死に抑える頬に冷や汗が伝う。だがこの一連のやりとりで場の空気は和んだようだ。社長が改めて意見を促す。
「君はどう考えるか、聞かせてくれたまえ」

「メジャーになるためには、多少の無理は必要と思います」
顎に手を当て少し考えた後、律子は口を開く。
「意に沿わない仕事もやらなきゃいけない時だってあると思うんです」
「やよいが、嫌々やってるとでも言うんか?」

「例えそうであってもそれが方針なら、プロデューサーを信じてやるんです」

律子はきっぱりと答える。けんか腰だった彼も口をつぐんだ。それはプロデューサーの意見ではなく、このプロデューサー会議で今まで聞いたことの無かった「アイドルの声」だった。IUに出場している伊織とやよいを除き、他のアイドルは1年のプロデュース期間を終えていた。その1年を経験したプロデューサー達でさえ、いや1年を経験したからこそこの言葉は、襟を正させるに足る重みがあった。
「あの、もしかして何かまずいこと、いっちゃいました?」
静まりかえった会議室に律子は慌てる。社長は満足そうに何度も頷いた。
「律子君。これからも頼むよ」

続きを読む
posted by tlo at 03:10| ○○の仕事風

2009年08月02日

伊織とやよいのサバイバル13

「合格は4番! やったな! おめでとぅ!」
「うっうー! ありがとうございました!」

IU第3回戦も突破した。結果発表会場に詰めかけた観客の歓声にやよいは、勢いよくお辞儀をして応えてる。視聴者投票はどんどん票が増えてきていた。IUに出たのはライブ活動で積み重ねた人気に火を付ける為だったから、今のところは目論見通り。次に勝てればメジャーの仲間入りも夢じゃない。
だけど正直危なかった。途中で足切りに遭う所だった。勝ち残ってきたアイドルはやっぱり実力者揃いで、僕のハンパなレッスンしか受けれんかったやよいは苦しくなってきてる。伊織ちゃんに特訓をお願いするわけにもいかんし、大体付け焼き刃でどうにかなるレベルじゃない。勝ち残るには、何かが必要だ。
と、急に会場がざわついた。ステージを見ると、やよいと最後まで争った子が泣き崩れた。

「う・・・・うえええええ・・・・」

可愛い顔がぐしゃぐしゃになって、涙でメイクが流れる。そんな顔を隠しもせず、彼女はワンワン泣いている。
ざわつきが大きくなっていく。さっきまで盛り上がっていた会場が冷えてくのがわかる。この後ここで、やよいのライブがあるというのに。やよいもあまりに急な事に、女の子の前に立ちつくしている。泣いて座り込んだ負けた子を、やよいが見下ろしてる絵がモニタに流れる。マズイ。
その時、会場レポーターをしていた芸人が飛び出してきた。僕の兄弟子だった人だ。女の子をなだめてなんとか立たせると、やよいに向き直る。

「やよいちゃん。この娘の為にも、がんばらなあかんで」

その一言で、やよいはやっとで頷いた。兄さんが女の子と一緒に舞台袖に歩き始めると、ADが客席に合図。一斉に拍手があがる。カメラに向けられた司会者が〆の一言。

「夢を叶える者達の影に、力及ばず倒れていく者もいます。これがIUなのです」

CMにはいった。スタッフがあわただしく動き始める。僕も舞台裏まで戻ってきた兄さんを迎えた。

「ありがとうございます! 助かりました、兄さん!」
「あー、ええて、ええて」
「でも、兄さんがいなかったらホンマどうなってたか」
「それが俺の仕事やからな。そんなことよりお前、あの子のフォローいってやり。まだ上の空って顔してたで」

そこにADに連れられてやよいが戻ってきた。兄さんが言うとおり、まださっきのショックを引きずってる。やよいと目が合う。僕が声をかけようとすると、楽屋に怒声が響き渡った。

「アンタの所のアイドル、IUをぶちこわすとこだったんだよ!」
「すいません! 本当にすいません!」
「謝って済む話じゃないよ! IUってのはうちの局だけの番組じゃない事ぐらい分かってるるよね!? これは国の事業なんだよ!」
「はいっ、それは重々分かっております」
「もう、アンタの所に仕事回さないから」
「申し訳ございません! もう二度とこのような事が起きないよう十分指導しますからっ!」
「やっぱり分かって無いじゃないか! だったら、最初からきちんと指導して来いよ!」

激怒したディレクターはもう顔も見たくないという風に、踵を返してつかつかと歩いてく。その後を、なじられていたマネージャーが追いかける。現場に一人残された彼女は、もう泣くことも出来ずに、床を見るしか無くなっていた。もうなんとも言えない顔。そんな彼女を遠巻きに、スタッフ達は本番の準備を進める。

「プロデューサー……」

首を振ってやよいに応える。やよいの事だからあの子を励ましてあげたいんだろうけれど、ここは放って置くしかない。大体「勝者」の言葉が慰めになんかなるわけない。

「あのな、やよい。さっきレポーターの人にも言われたやろ。あの子の為にもガンバレって」
「でも……!」
「どないした?」
「いえ、なんでもありません」

何かを言いかけたけど、やよいは頭をぶんぶん振って、自分の顔を思い切りひっぱたいた。

「私、頑張ってきます!」
「おう、頑張りや!」

続きを読む
posted by tlo at 01:42| ○○の仕事風

2009年07月30日

伊織とやよいのサバイバル12

「ではお疲れ様でした!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」

乾杯に合わせて俺はウーロン茶の入ったピルスナーを、伊織はジンジャーエールの入ったシャンパングラスを掲げる。汐留のイタリアンレストランを貸し切った、ドラマの打ち上げが始まった。会場に着いた時には出来上がっていたディレクターは気勢を上げる。

「スポンサーさんからも差し入れを頂いてます! 皆さん、どんどん飲んでください!!」
「ありがとうございーす」「あざーっす」「いただきまーす」

伊織の出演したドラマは平均14%という好視聴率を残した。準レギュラーまでの出演者だけでなく制作会社のスタッフまで招かれ、あちこちから笑い声が上がる。この手の打ち上げが「反省会」になってるドラマが多い中、ここは「祝勝会」の会場だった。
俺と伊織がスタッフや共演者に挨拶に回ろうとすると声がかかる。主演である彼とJプロの担当者だった。恐縮する俺をよそに、伊織は当然といった顔でJプロ担当者の挨拶を受ける。

「ドラマが成功したのも伊織ちゃんのおかげだよ。本当にお疲れ様」
「そんなことは、ありますけどねー」
「ありがとう、水瀬さん。いろいろ教えてもらって勉強になったよ」
「次のドラマもよろしくね」
「またいろいろ教えてください」
「もうアンタの恋人役はこりごりよ」
「僕じゃダメかな?」
「私の恋人張るっていうなら、夜の公園で素っ裸になって『イオリーイオリー』って叫ぶぐらいの根性欲しいわね」

きわどいジョークに、Jプロ担当者の笑顔が引きつる。流石に調子に乗りすぎだとは思うが、下手なフォローすればいよいよ空気が悪くなるだろう。逡巡していると、彼が口を開いた。

「そうか。今度してみるから、水瀬さん。見届けてくれないか?」
「バ、バカじゃないの?! 何でアンタの裸見なきゃいけないのよ! っていうか真に受けないでよ! そういうバカ正直なとこ直しなさいって何度もいったじゃない!」

思わぬ反撃に、伊織の顔が真っ赤になった。和らぐ空気に俺も胸をなで下ろす。
ヒロインに抜擢されて以来、彼の演技に業を煮やした伊織は徹底的に稽古を付ける事にした。が、あまりの大根ぶりにキレた伊織は被っていたネコを脱ぎ捨ててしまったのだ。以来、万事がこの調子なのだが、少々のことには動じない大物っぷりを発揮する彼となんだかんだで世話を焼いてしまう伊織は、妙に歯車が噛み合った。

「お、夫婦漫才始まったな」
「誰が夫婦よ!」
「もうこれが聞けなくなるって寂しいね」
「アンタ達に聞かせてる訳じゃないわ!」

いつの間にか伊織の周りには人の輪ができ、今回の現場の雰囲気が再現される。視聴率低迷を打開するために、プロモートに利用しようと伊織を引き入れるまではJプロの思惑通りだったろう。ところが伊織は得たフリーハンドを縦横に振るい、現場の主導権を奪ってしまったのだった。
そしてJプロタレントが出演した今期のドラマで、成功したと言えるのはこれだけだった。伊織と共演した彼も得る物が多かった筈で、Jプロは今後もこのプロモーションを続けるつもりという。
彼女はこの状況を「創り出した」。彼女はそれに気づいていないかも知れないが、与えられた役柄を演じるだけでなく、舞台を思うままに作り替えていったその才気は、もうアイドルの埒を超えている。伊織は大きく羽ばたき始めたのだ。
喜びが込み上げてくるも、一抹の寂しさがよぎった。俺は人の輪から離れると、一人グラスを煽った。

続きを読む
posted by tlo at 22:58| ○○の仕事風

2009年07月28日

伊織とやよいのサバイバル11

「合格は3番ちゃんです! やったわね〜! おめでとう!!」

ドラムロールが止む。スポットライトが集まり、カメラが一斉に一方を向く。伊織はすかさず笑顔を見せ、カメラに向かって手を振った。鳴り響くファンファーレ。

「ありがとうございますー!」

自然な喜びの表現。以前だったら大げさすぎるぐらいに「作って」いた。負けてしまった相手の形ばかりの祝福にも応え、彼女にも見せ場を作る辺りも卒がない。テレビバラエティを離れて数ヶ月。勘が鈍ってないか不安だったが杞憂だったようだ。
IU一回戦。伊織は圧勝した。オーデションを受けるのも実は数ヶ月ぶりだったのだが、終始危なげない展開は見ていて頼もしい程だった。三次選考も相手は大手プロダクションが売り出し中の新人だったが、伊織を脅かすには至らなかった。
CMに入り、ADが駆け寄ると伊織をメイク室に連れて行く。舞台袖ですれ違い様に俺が親指を立ててみせると、伊織はウインクして返した。

「765プロさん。伊織ちゃん、とっても良かったわ」

入れ違いにやってきたのはヴィジュアル審査員の山崎すぎお氏だった。オーデションで出来の良かったアイドルに声をかけるのは、情熱家である彼には珍しくない事なのだが、それだけにこれは単なる社交辞令ではない本物の賛辞である。

「ええ、私も驚いています」

素直に率直な感想を返す。こういう時の彼に裏表は必要ない。

「Jプロの彼とお付き合いしてるんですって?」
「あくまで、仕事での付き合いですよ」
「恋する女の子はキレイになるのよ。演技でも迫真に迫ればね」
「そいうものなんですか?」
「そういうものよ。久しぶりにいいもの見せてもらったわ」

スタイリストにしてデザイナーである彼は、広い見識と独自の審美眼を併せ持っている。が、彼をして業界内でも高い信用を得ている審査員たらしめているのは、「テレビ局の都合」や「芸能プロの誘惑」を切り捨てる高いプライドであった。もっともこのIUにおいて、その信用が担保されるのかは不明であったが。

「久しぶり、ですか?」

ふと、気になった言葉を聞いてみる。IUの審査は毎週あるはずだ。山崎氏は溜息混じりに答えてくれた。

「とにかく目立つ格好してくる娘が多いの」
「キャッチーな事は悪くないと思いますが」
「きちんとコーディネートして、その娘に似合っていればね」

IUオーデションにも服装規定はある。だが、規定の隙間を縫ってアイドル達は様々な工夫を凝らしていた。髪の留め方まとめ方を変えるのは初歩で、まるで水着と変わらないアスリートのレーシングウェアを着込んでくるアイドルまでいる。普段のオーデションであればあり得ない事だ。

「ちょっと地味でも私はきちんと評価するし、どんな派手でもダメなものはダメなの。そもそも私はそんなとこ審査対象にしてないってことぐらい分かってるでしょうに。投票があるからって視聴者に媚びて、自分をねじ曲げてどうするのよ。もううんざりだわ」
「アイドルは電波芸者ですから。しょうがない一面もありますよ」
「真のトップアイドルを決めるなんていうから私も興味があって審査員を引き受けたんだけど……」

審査員という立場を考えれば不適切な発言ではあろう。視聴者投票の導入には彼が最後まで抵抗したと聞いていた。相当不満が溜まっているに違いない。

「一つ聞いていい?」
「なんでしょう」
「あなたにとって、真のトップアイドルってどういう存在なのかしら?」
「時代と寝るアイドルですよ」
「あなたも伊織ちゃんに妙な格好させるわけ?」
「時代を追いかけてたら、時代と寝れるわけ無いじゃないですか」
「平成の百恵に期待してるわ」

いくらか明るさを取り戻し、彼は会場を後にする。ADや美術スタッフが舞台裏をあわただしく動く。勝利の報酬、テレビライブの本番にはまだ少しかかりそうだった。
続きを読む
posted by tlo at 00:03| ○○の仕事風

2009年07月25日

伊織とやよいのサバイバル10

水瀬家の車止めで車を待つ。広大な前庭は既に闇に飲まれていた。車止めの明かりが届く噴水の水面に、雨の波紋が産まれては消えている。社長はもう少し伊織の父親と話していくという。伊織は送ってくれるというのか、俺についてきた。

「八重歯のこと、いつ気づいたの?」
「やよいとレッスンしてた時に」
「良く気づいたわね」
「やよいと一緒だと、よく笑っていたからね」
「そう……そんなに笑っていたかしら」
「公園レッスンが始まった頃はホントによく笑ってたよ?」
「そんなに前から気づいてたの?」
「そりゃ、伊織のプロデューサーだからな」

「嘘」

唐突な言葉に刺される。目を向けると、今度は伊織の視線に刺される。

「嘘は言ってないよ」
「嘘じゃなかったら裏切り者だわ」
「裏切ってなんか無いだろ?」
「だったら何であんな事いったのよ」
「担当を降りるって事か?」

頷きもせず、伊織は視線で俺を問いつめる。鋭い目の奥の瞳は潤み、わずかに揺れていた。

「もちろん、お前を世界一にしてやるよ」
「当然だわ」
「そのためには、どんな事でもするって言ったよな」
「ええ」
「その『どんな事』の中には、こういう事も含まれているだけの話だ」
「そんなの、私が許さないわ!」
「許さないか?」
「アンタ、私に誓いを立てたのよ? 私を世界一にする義務があるわ」
「なあ伊織」

俺は伊織を信頼している。伊織も俺を信頼してくれているようだ。アイドルとプロデューサーの理想的な関係だろう。だがそれは目的ではなく、手段だ。アイドルとプロデューサーに求められるのはあくまで成果だ。故に「短期決戦」となるIUに出場すると決めた時点で、伊織は「長期育成」を掲げる俺を切るべきなのだ。
それ以前に、俺に限らずプロデューサーと名乗る人間が出来る仕事はIUではほとんどあるまい。IUが定める「真のトップアイドル」という一つの価値観に沿えば良いのだ。そしてIUが求めるのが「誰からも愛される広告塔」「いつも笑顔の客寄せパンダ」といった類のアイドルであるなら、積み重ねたスキルはいらない。「人形」であればいい。

続きを読む
posted by tlo at 03:02| ○○の仕事風

2009年07月07日

伊織とやよいのサバイバル9

没落した華族から買い取ったって言う屋敷は世間じゃ豪邸になるそうだけど、私にとっては産まれたときから住んでいる「日常の風景」だ。だけどアイツが、重いだけが取り柄の玄関の扉を開いて入って来ると、見慣れたはずの風景がどこか別の場所のように見えた。アイツが手を挙げて挨拶してきて、二階の踊り場からボーゼンとエントランスを見下ろしていた私は、ようやく我に返った。

『アンタ何しに来たのよ!』

呼んだ覚えはないわ、と。つい怒鳴り声を上げてしまった私に、あの男はいつもの頼りない顔で、パパに呼ばれたのだと答えた。客などろくに出迎えないパパが、エントランスにやってきた。パパは社長と少し話して、連れだって応接室に向かった。

『お前は部屋にいなさい』

大事な話だ、と。階段を下りようとした私に、パパはいつものキビシー顔で、お前には関係ない話だと、そう言った。胸騒ぎがした。この間の家出は片が付いたはずだ。部屋でうさちゃんと相談しても分かるわけ無いから、扉の前で立ち聞きしてたら、案の定だった。

「私が伊織の担当から退けば問題はありませんね?」
「ちょっと待ちなさいよ!」

ありったけの力で扉を蹴飛ばした。冗談じゃない。何が関係のない話よ。大アリじゃない。

「どういう事なの!?」
「伊織、部屋に戻れ」
「いやよ!」
「伊織」
「その話はもう終わったんじゃないの!?」

パパは一度これと決めるとテコでも動かない頑固な人間だ。家出でもしなければ、パパにガツンとやれなかった。だから、そんなパパが意見を何度も変えるだなんて信じられない。

「大人になれ。もうそんな歳ではないだろう」
「パパこそ、私を子供扱いしないでよ!」
「ああ、だからこそアイドルを止めろと言っている」
「私、アイドルは遊びじゃない。真剣よ!」
「だからこそだ。お前程度の才能では先が見えてる」
「私の事なんか全然見てない癖に、そんな事分かるわけ無いじゃない!」
「では、お前は星井美希に勝てるか?」
「目じゃないわ!」


「お前のプロデューサーは、勝てると思ってないようだがな」


プロデューサーの背中が強ばる。立ちつくすアイツの隣に行って、顔を見上げた。口をぐっと結んで、歯を食いしばっていた。パパに言いくるめられて、言葉を無くしてしまったんだろう。情けない…とは思うけど、あのパパが相手ならしょうがない。

がっちり握って震えているアイツの拳を握ってあげた。

はっとしてアイツは私を見下ろしてくる。一にらみしてやると、アイツは深呼吸してパパと目を合わせた。

「勝てないとは申しておりません」
「では星井美希にでも勝てると?」
「勝ちます」

プロデューサーは、躊躇無く言い切った。パパは部下を試す時の顔になる。汗の一つも見逃さない、あの目付きだ。

「根拠を示せるか?」
「そんなものありません」
「話にならない」
「伊織に才能がないというあなたの言葉にも、根拠はありません」
「私は伊織の実の親だぞ?」
「ですがあなたは、伊織を見ていません」

パパの目がますます鋭くなる。その視線をまともに受けて、平気な奴なんていなかった。声は震えている。呼吸も荒い。だけどアイツは私の手を握り返して、口を開いた。

「伊織は八重歯です。ご存じでしたか?」

プロデューサーの言葉に、私は息を呑んだ。社長も目を見開いた。でも、この場で一番驚いてるのは間違いなく、パパだ。

続きを読む
posted by tlo at 01:01| ○○の仕事風

2009年07月04日

やよいと伊織のサバイバル8

水瀬グループの前身は大阪の商人だった。その名が初めて歴史に現れるのは幕末の動乱期である。薩長方につき巨利を得た当時の当主はその後も政商として富を蓄え、水瀬家を4大財閥に次ぐ大富豪にのし上げる。だが栄華は続かなかった。積極的に行っていた海外投資が世界恐慌により回収不能になったのだ。水瀬家は零落する。ところがその災いが転じ、太平洋戦争後の財閥解体を逃れた水瀬家は、戦後の混乱に乗じ現在の水瀬グループ、通称水瀬財閥を復活させてしまうのだ。機を見るに敏な伊織の性格は、乱世を生き抜いてきた水瀬家特有の気質なのだろうか。

彼女の父、現水瀬家当主の顔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
俺と社長は今、水瀬家の応接室で伊織の父親と相対している。

事の発端は伊織が家出をした事にあり、その原因は彼女の父親が伊織にアイドル引退を命じた事にある。「パパが折れる」と伊織が言っていた通り、程なく執事の新堂さんからメールが入った。だが事態はそれで収まらなかったのである。数日後、社長と俺は、水瀬家に呼び出されたのだった。

「娘をポルノ女優にしてくれたのは君か?」

伊織の父親は俺を見るや開口一番、そう言い放った。肘掛けに肘を立て、拳に顎を乗せ、見下ろすようなその視線。だがその言葉とは裏腹に、表情からはあからさまな感情は見て取れない。言葉を選び、俺は口を開く。

「どういう事でしょうか?」
「伊織が出た映画のことだ。濡れ場をやらせたと聞いているが?」
「フランスでは大変高い評価を得ています」
「水の代わりにワインを飲んでる人間に、ポルノと芸術の区別がつくと思うのか?」
「お呼びの件は、映画の事ですか?」

彼は頭を振ると、社長に向き直った。立てていた肘を下ろし、身を乗り出す。社長もそれに合わせ、二人は顔をつきあわせる格好になった。

「高木。娘を預けたのは、貴様を信頼してのことだ」
「ああ、分かってるとも。私も大事な娘だと思っているよ」
「貴様は実の娘を、あんな映画に出せるのか?」
「呼び出したのはやはり映画の件か?」
「違う」
「はっきり言ってくれ。お前と俺の仲じゃないか」

伊織から、社長と彼女の父親は親友だと聞いていた。コネがあったからこそ、事務所に入れたのだと。俺に対しては表情一つ変えなかった彼も、社長に対してはわずかな苦渋を見せる。

「伊織を引退させて欲しい」

社長はそれを聞き、ソファーに体を沈めて天井を仰いだ。腕を組み、次いで深い溜息。

「正直に言えば、アイドルなぞすぐに飽きると思っていた。アレのいつもの気まぐれだと思っていたし、貴様だったら俺の娘だからといって特別扱いはしないと思っていたからな」
「だが彼女は成功しつつあるよ」
「優秀なスタッフに恵まれたようだな」

そして再び俺と目をあわせ、今度は溜息をついて見せた。俺は我慢できずに発言を求めると、彼はぞんざいに頷く。

「成功しているのは伊織の才能ですよ」
「アレに才能が無いのは、私が一番承知している」
「伊織のステージをご覧になったことはありますか?」
「無い」
「なら、そんな事は言えないと思いますが」
「では、聞こう。うちの娘は星井美希に勝てると思うかね?」

唐突にでたその名前に言葉が詰まる。社長さえも測りかねた巨大な才能に、俺は勝てると断言が出来ない。水瀬家当主は、その躊躇を見逃さなかった。

「一概に言えませんし、現時点で断定もできません。そもそも――」
「私の仕事の半分は、人を観る事だ」

俺の言葉を遮り、彼は語り出した。

「一流の人間と一流の仕事をすれば、最大の成果が得られるからだ。だから私はまず人を観る。そして本物の才能というものは、君の言うような『括弧付き』のものじゃない。あの娘が破格だということは、君も分かるだろう?」
「彼女を見たのですか?」
「どこかのパーティーでな。アレと同じ歳だとは信じられなかった」

伊織の才能を褒め、娘を持つ父親の感情に訴えるつもりだった。あの映画にこだわったのは、父親であれば当然の反応であろう。だが彼は、あたかも投資物件に対するように娘を断じた。例え虚勢でも「勝てる」と即答すべきだったのだ。伊織の強がりはこの父親とのやりとりの末に身に付いた習い性なのかもしれない。

「水瀬」

社長が口を開く。いつにない低い声で、親友に告げた。

「お前の娘はもう、765プロの看板アイドルだ。出演中のTVドラマも持ってるし、他にも契約している仕事がある。もう彼女は彼女だけの体じゃないんだ」
「そんなことは分かっている。だからこそ、貴様を呼んだんだ」

気色ばむ語調に自分でも気付いたのか、伊織の父親はいったん間をおく。社長も口をつぐみ、彼が落ち着くのを待つ。

「伊織は私の末子だ。水瀬の家名はどこまでもついて回るし、遺産相続の権利だって持っている。貴様の言うとおり、伊織は自分だけの体じゃない」
「……水瀬。何かあったんだな?」
「ああ、親族会議でな」

続きを読む
posted by tlo at 17:46| ○○の仕事風