2015年04月19日

糖尿マネージャーとましゅまろアイドル

「マネージャーさんはコーヒーでしたよね。ミルクも入れるんでしたっけ?」
「ああ、うん。そうだけど、三村さんは座っててよ。アイドルなんでしょ」
「でも、台所に立ってる方が落ち着くから……」
「君にコーヒー煎れさせたなんて知れたら、美城から何言われるか分かったもんじゃ無い。三村さんはミルクだったね」
「あ、はい。…じゃあ、お言葉に甘えて」
えへへ、と笑いながら彼女は席に戻ると、鞄から取り出した包みを広げる。安物のパイプ机に広がったクッキーは、色とりどりの花のようだ。ただ、お手製のクッキーを満足げに眺める様は、お預けを食らっているチャウチャウに見えなくは無い。パーティションで区切っただけの台所からそんな様子をみていると、ふと目が合って彼女がはにかむ。
「先に食べてていいよ」
「いえ、待ってます。マネージャーさんと一緒の方が美味しいですから」
ブラインドから漏れる西日で染まるくたびれた小さな事務所に、パンジーのような明るい笑顔がほころんだ。

彼女、三村かな子を預かったのは、美城プロダクションのとある案件を片付けたのがきっかけだった。業界大手のプロダクションが零細個人コンサルタントに所属アイドルを預けるには、何か訳があるのだろう。が、こちらにしてみれば数ヶ月とはいえレギュラーの仕事がある事には代えがたく、仕事先まで付き添えない彼女のプロデューサーの代わりに、マネージャーとして同行する日々が続いている。

「それじゃあ、頂きます」
「たくさんどうぞ」
ふむ、とクッキーを一つつまみ上げて、一囓り。鼻腔に広がる芳醇なバターの香り。だがそのクッキーは、初顔合わせで一つだけ食べたあの時の甘さには及ばない。顔を上げると、彼女は私をのぞき込むように見つめていた。
「甘さ抑えたの?」
「マネージャーさん、食事制限してるって言ってたから」
「ありがとう。これならもう少し食べられそうだ」
美味しいよと言うと、嬉しそうに彼女もクッキーを一つほおばる。目尻が下がって、やわらかそうな頬が口角と一緒に上がる。とろけそうな笑顔にしばし見惚れて、私も思い出したようにクッキーの残りをほおばる。絶妙なバターの塩加減がほのかな甘みを引き立てている。噛みしめていると小麦粉本来の甘さが奥歯に広がった。
「うん、美味しい」
「ありがとうございますっ」
「これだったら今日はブラックにするんじゃなかったな」
「……あ、だったら私のミルクと半分こしませんか?」
「いいの? コーヒーは苦手だったよね」
「マネージャーさんがいつも美味しそうに飲んでるから、美味しいのかなって」
どうですか?と彼女は首をかしげる。三村さんの仕草に頬が緩み頷こうとした刹那。ふいに、甘い歌声が流れ始めた。

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2010年05月04日

伊織とやよいのサバイバル29

#サバイバル編はとりあえず終わりです。

「正直、勝てるとは思わなかった。やよいと一対一にならないようにするのが私達の戦略だったんですものね」
「俺もお前が負けを悟っていたように見えた」
伊織は何か言いかけて、しかしそのまま口を閉じた。

IUの優勝から半年が過ぎた。その間、伊織は多忙を極めた。地デジのキャンペーンガールとしては、ポスターの写真撮りぐらいにしか仕事にならなかったが、テレビの露出が増えたのである。念願のMステにも出演できた。冬クールのドラマは、ダメもとで営業をかけた冨士の深夜枠も決まり二本に出演。そして深夜枠にも関わらず番宣の一環でイイトモにも出演した。哲子の部屋にも何故か呼ばれた。番組プロデューサーから理由を聞けば「IU優勝者という時の人でもあり、なによりホストが伊織の出演を熱望した」という事だった。
「モリタさんからアナタ頭がいいからお話が楽しいって聞いておりましたのよ」
そんな調子で被っている猫を剥ぎ取る勢いのホストのペースに乗せられた伊織は、収録後憔悴しきって「もう二度と出ない」と言ったものだ。
露出が増え知名度があがると、いままで見向きもされなかった営業先からもオファーが舞い込むようになる。仕事は雪だるま式に増えていった。この機に乗じ、俺は伊織を馬車馬のように使った。勢いに乗るのは大事なことだ。伊織もそれを理解していて、文句の一つも言わなかった。

ある春の日の昼下がり。765プロ事務所で、俺は伊織とミーティングの時間を持った。多忙の日々の合間の一時。特に議題を用意した訳では無かったが、話は自然とIUの事になっていた。
「やよいってね、ファンの顔が見えるんだって」
伊織が再び口を開く。
「やよいは視力がいいんだな」
「IUのステージに立っても見えるっていうのよ」
「オカルトか何かにしか思えないが……」
「そうね、私も信じられなかったわ。そう信じて言い切るのがやよいの強さだろうって」
俯き加減に微笑んでいた伊織が、目を上げる。
「だけどね。私も見えたの」
IU準決勝。勝利を告げられた伊織は、ペタリとその場に座り込んでしまった。放心したように会場を見上げて立ち上がらない伊織の姿は、見るものにこれが如何に過酷な戦いであったかを印象付けた。俺も、負けを覚悟していた所に不意を撃たれたのだとばかり思っていた。
「見えたっていうか感じたっていうか。とにかく、会場にいたファンどころか、ネットで投票した人まで、一人一人、そこにいるんだって──」
信じる?と伊織は聞いてきた。自嘲気味に笑う彼女に聞き返すと、小さく頷いた。俺は口に手をやり考え、そして答えた。
「信じるよ。やよいがそうなのだから、お前もそうなんだろう」
「でもね、やよいに話したら、やよいとは違うらしいわ。やよいはあくまで会場にいるファンだけだって」
「今でもまだ、見えるのか?」
「あの時の、一瞬だけ」
伊織は首を振る。だが俺に向き直って目を合わせると、はっきりと言い切った。
「だけど、見えたの」

IU以来、確かに伊織のステージングが変わっているのを感じてはいた。自分の信じる最高の自分を見せるのが彼女の以前のステージであったのに、今は色々と試行錯誤しているのが見て取れる。あえて何も言わなかったし、相談されることもなかった。
発端となったのは、その不可思議な体験だった。伊織がここに来てそれを話したのは、おそらく彼女にもそれが何だったのか分からなかったからだろう。しかし、もし尋ねられてもその現象が何だったのか俺に答えられる訳もなく困っていると、果たして伊織はその問いを突きつけてきたのだった。

「ねえ、一体なんだったのかしら。わかる? プロデューサー」

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posted by tlo at 20:43| ある日の風景的な何か

2009年11月24日

伊織とやよいのサバイバル19

「合格者は1番! おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」

IU5回戦もやよいが勝った。当然だ。

直後、やよいの相手だったアイドルが泣き出した。顔を隠して嗚咽を漏らす彼女に一瞬固まったやよいが、言葉をかける。

「あの」

スポットライトが二人を照らす。やよいはどんな言葉をかけようか、困っているに違いない。ちょっと抜けてる所はあるけど、あの子は人の機微にはめっちゃ敏感だ。

「私からこんなこというのなんですけど、がんばってください! わたしも、もっともっとがんばりますから!」

とてもやよいらしい言葉やった。だけどこの際はどんな言葉でも問題ない。泣いてた彼女はやよいと握手して、拍手を受けながら退場する。舞台袖に戻った彼女は、ディレクターからお褒めの言葉を受ける。いい「演出」だった、と。

「やよいちゃん。よかったで」
「はい、ありがとうございます!」
「ほら、勝ったこと家族に伝えてやり。ほら、あっちのカメラ」
「あ、はい! かすみー! ちょうすけー! こうたろー、こうじー! おねえちゃん勝ったよー!」
「よかったなぁ……え? これ、アナログ地上波に流れてないの?」

ディレクターが、司会者に苦笑いで頷く。

「じゃあ、やよいちゃんの家、見られないんちゃう?」
「大丈夫です、きっと電気屋さんで見てると思いますから! 今日もお弁当持って帰るから、みんなで食べようねー!」
「ちょっ、それは携帯でやりぃや」
「………携帯もってないです」
「あー、ごめん。そやな、そうやったな…………ちょうすけー! 俺の弁当も分けてやるから
ちゃんと食べるんやでー!」
「こうたろー、こうじー!」

司会をやってる芸人が、やよいと一緒になってカメラに手を振る。やよいも負けじと手を振る。懸命に手を振るやよいの前に出て、芸人がさらに大きく手を振る。その前に出ようとするやよいを芸人がブロック。そのブロックをかわそうと必死のやよいがカメラに大写し。会場は爆笑の渦に包まれた。

やよいはすっかりテレビに慣れた。分かりやすいキャラ付けができて、周りもやよいをいじりやすくなったというのもある。だけどやよいにしてみればアレは「作り」やなくて、素のままの姿だ。お客さんは作りに敏感で、やよいも難しいことは出来ない。だから素のままで売り出すのは正しいんやないかと、

そう思ってた。

今、繰り広げられたオーデションは茶番劇だ。やよいと戦ったアイドル達は皆、金をもらったか仕事をもらって、手を抜いていた。それでも3次審査に残った彼女は、最後だけ本気を見せた。ダンスのキレこそやよいに譲るものの、総合的な実力は僕の目で見ても格上だった。
だけど視聴者投票でやよいに勝てるアイドルはもういない。影響力が落ちてると言われるけど、やっぱりテレビのプロモーションは強力だ。今ややよいは、近所のおっちゃんおばちゃんも知ってるぐらいの有名人。貧しい家から身を興しIUを勝ち上がっているシンデレラストーリーの主人公だ。


「プロデューサー!」

CMに入って、ステージ準備が始まる。やよいはADを振り切って、舞台袖に走り込んで来るなり辺りをきょろきょろと探し始めた。

「さっきの人。大丈夫でしたか?!」
「さっきの人って、ああ、泣いちゃった子か?」
「また叱られてないですか? 私、すぐにファールしたんですけど!」
「………いいフォローやったな。大丈夫、あの子も叱られんかったで」
「そうかー、よかったー」

よかったと、何度もその言葉を口にしてやよいは胸をなで下ろす。やよいは本気で彼女を心配していた。みんなが笑顔になって欲しいと、やよいは本気でそう思っている。全部うそっぱちのステージで、やよいだけが本気になっている。
これじゃ、やよいはピエロだ。僕はやよいに笑顔になって欲しかっただけだった。それなのに、何を勘違いしてしまっていたのだろう。

僕はどうなっても構わない。
誰か、やよいを助けてくれ。


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posted by tlo at 00:30| ある日の風景的な何か

2009年04月29日

interlude2

「Project im@s」は765プロが社運をかけたプロジェクトである。集められたのは11人のアイドル候補生とそのプロデューサー達。アイドル達にそれぞれの個性があるように、プロデューサー達にもそれぞれの前歴がある。美希を担当していたプロデューサーは、グラビアアイドル事務所のマネージャーだった。
グラビアアイドルは特に「旬が短い」。まるで女の子を使い捨てにするような業界で、彼は一人新しいグラビアアイドルのあり方を模索していたという。そこに高木社長が目をつけ、美希の担当プロデューサーとして連れてきたのだった。

「ふーん、あの人そんな事してたのね」
「ああ、その時から結構なやり手だったそうだよ」
「冴えない営業マンだったアンタとは大違いね」
『♪Tabooを冒せるヤツは 危険な香り纏うのよ』

彼は担当アイドルには優しかったが、それだけの男ではなかった。営業の押しの強さは社長さえも舌を巻く程だったし、慣れない音楽業界にも積極果敢に切り込んでいく度胸もあった。だがなによりも、彼は女の子を光らせる術に長けていた。彼は担当アイドルと疑似的な恋愛関係を結ぶのだった。

「ま、美希が熱を上げるのも無理無いと思うわ」
「でも危険なやり方だったと思うよ」
『♪Riskのない愛なんて 刺激あるわけないじゃない』

だがそのやり方が、結果として美希にハマった。端から見てもやる気の欠片も感じられなかったあの美希の目が輝きだしたのだった。そしてその輝きが、眩い光になるのにはそう時間はかからなかった。美希が眠らせていた才能は、スカウトしてきた社長でさえも気付かない程に巨大だったのである。

『♪Gameと割り切るヤツは 女の扱い上手いのよ』
「意外と伊織にも相性よかったかもな」
「私はあんなスカした男はイヤよ」
『♪覚えておけば?』
「そうか」

すべてがうまく行っていた。だがとある事件を切欠に、二人の関係に亀裂が入る。彼が何の気無しに発した言葉を真に受けて、美希がばっさりと髪型を変えてきたのだった。グラビアアイドルは特に外見に気を遣う。整形手術さえも辞さない業界だ。突然イメージを変えるのは命取りになりかねない。彼はプロデューサーとして、美希を猛然と叱りつけた。

「アイツ、すっごい落ち込んでたわ」
「美希にしてみれば、プロデューサーに気に入られたい一心だったからな」
『♪ダメな恋をもとめてるの』
「でもあの人は、美希が好きな訳じゃなかったんでしょ?」
「いや、好きだったと思うよ。あくまで、担当アイドルとしてだけど」
「それは好きって言わないんじゃない?」
『♪だけどもっとアンバランスが欲しいの』
「そうか?」
「そりゃそうよ」
「伊織もそうなのか?」
『♪牙の抜けたヤツになんて心疼くわけないじゃない!』
「美希のことを言ってるに決まってるでしょ」

美希はその後、プロデューサーに嫌われたくない一心で仕事に打ち込んだ。皮肉にも彼女の輝きは増し続け、ついにプロデューサーである彼の手に余るものになる。そして彼も善人じゃなかったかもしれないが、決して悪人ではなかった。あまりに無垢な情愛を寄せてくる美希に、彼自身が耐えられなくなっていた。

『♪GentleよりWildに』
「……じゃあ、自殺を図ったって噂はホントなの?」
「そんな噂まで流れてるのか?」
『♪WildよりDangerous』
「ふらふらと車の前に飛びだしたって」
「かなり参ってたみたいだけど。それはない」

幸い怪我は軽く退院は早かったもののしばしの休暇の後、彼は長期の海外出張を命じられる。美希の海外進出を見据えたマーケティングと研修が名目であったが、彼と美希とのいきさつを知った社長の配慮もあったに違いない。一度互いに距離を取った方が良いと判断したのだろう。
美希担当には765プロ生え抜きである春香担当のプロデューサーが兼任となった。だが美希にとってプロデューサーはただ一人だし、春香も多忙を極めるメジャーアイドルだ。彼は有能だが万能ではない。彼が目を離した隙に、美希に対して何らかのアプローチがあったに違いなかった。

『♪試してみれば?』
「アプローチってどんな?」
「わからない」
「何それ、やっぱりアンタ役に立たないわね」
「でも想像は出来る。美希、すごく不安定になってただろ?」
「そうね、夜食のおにぎりを誰かに盗られたとかつまらない事で大騒ぎしてた」
「美希に聞かれた事あるんだ。『美希のプロデューサー、社長に外されたの?』って」
「出張なんでしょ?」
「もちろんそうだよ。だけど美希はその『事実』に納得してくれなかった。彼の口から直接の説明も無かったらしい。そういう時に『都合のいい』答えを囁かれたらどうなる?」
「……アイツ、私が思ってた以上にバカだったのね」
「俺の想像だよ。ホントの所は分からない」
『♪Good Luck To You!』

例えば「プロデューサーと一緒に移籍しない?」と誘えば美希はどうするだろう。俺がプロダクションの社長だったらそうする。有望なアイドルと有能なプロデューサーを一挙両得できるのだ。しかもそのアイドルが美希であるなら、莫大な移籍料を払っても割に合う。
だがこの説明では分からないこともある。その移籍料のやりとりについて何も伝わってこないのだ。先方が移籍料を払わないのなら、美希に違約金を求めても良い。だがそんな法的処置に動く様子もない。社長の方針に疑念を抱くプロデューサーは俺だけじゃなかった。

ラジオはいつの間にか別の曲に変わっていた。二人の会話を妨げない程度に彩るBGM。

「で、役作りには役に立ったか?」
「やっぱりプロデューサーを好きになるってのが理解できないわね」
「プロデューサーと限定するんじゃなくて、もっと一般的な恋愛って考えればいいんじゃないか?」
「ダメよ。やっぱり芸能界って特殊だもの」
「じゃあ俺を好きになるってのは?」
「アンタね。私は真面目に悩んでるの」
「役作りのためだよ」

ちらりとバックミラーを覗くと伊織と目が逢った。すぐに視線をそらせた伊織は、ふくれっ面でぽつり、つぶやく。

「……もう、試したわよ」
「……なるほど」

伊織の様子がおかしかったの理由に納得がいき、俺は胸をなで下ろした。

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posted by tlo at 21:06| ある日の風景的な何か

interlude1

#SP世界へのつなぎ

「プロデューサー」
「なんだい?」
「……キスして」
「え?」
「キスして欲しいの」
「そんなこと出来る訳ないだろっ」
「プロデューサーは私のこと、嫌いなの?」
「嫌いだとかそういう事じゃないだろ?」
「私にはそういうことなの! だってプロデューサー言ったじゃない! 躰は男に預けるけど、心を預ける訳じゃないんだって!」
「……」
「私、明日、「営業」………初めてだから……心を、私の心をプロデューサーに……」
「……それは出来ないよ」
「なんで!?」
「聞いてくれ、僕はプロデューサーで君はアイドルだ。こんな関係がばれたら、君の「営業」も無駄になる」
「……」
「分かってくれるね? 君の為なんだ、イオリ」



「カット!」

映画「Lo.li.ta.」の撮影は順調に進んでいた。一カットに一日かかる、というのが映画の撮影に対する印象だったが、この2ヶ月で全体の5割の撮影を終えている。伊織が出演するパートにすれば7割といった所だ。インディーズ上がりでリアリティを重視するこの映画監督は早撮りで馴らしていたのだった。

「お疲れ様」
撮影を終えた伊織に声をかける。都内のオフィスビルの一室を借りて作ったセットに西日がさして、濃い陰影が出来ている。逆光になった伊織の顔を見て、俺は息を呑む。そこにいたのは、恋する少女だった。
「...はぁ」
大きな溜息をついて、イオリは伊織に戻った。この撮影を始めて改めて知ったのは伊織の表情の豊かさだった。もちろんそれは演技の上での「仮面」なのだが、分かっていても、それに今日のようなことは何度もあったのに、俺は慣れないでいる。
「……どうした? 急に溜息ついて」
「アンタの顔、ホント冴えないわね」
「悪かったな。何だったらあっちの『プロデューサー』に鞍替えしたらどうだ?」
ミナセイオリのプロデューサーを演じるのは若手舞台俳優で、テレビの露出こそ少ないものの演劇界隈では人気の、いわゆる「イケメン」俳優である。
「あんなヤサ男だったら、アンタの方がずっとマシよ」
「お前が特殊な嗜好の持ち主だったなんて初めて知ったよ」
「なんて面白い冗談なのかしら。ひっぱたくわよ?」
「ひっぱたかれて悦ぶ趣味はない。俺もノーマルだ」
彼の演じるプロデューサーは担当アイドルには優しい、だがただ優しいだけの男だ。人格的には全く問題のない「いいひと」ではあるが、芸能界においては欠点でしかない。この業界で生き残るための覚悟を、彼は担当アイドルに全部押しつけ破滅させることになる。伊織が言う「ずっとマシ」は俺の「仕事に対する評価」なのだろう。

「そう? だったら――」

俺がそう納得しかけたところで、伊織の表情が沈む。物憂げな眉。潤む瞳。唇が小さく動いて。

「キスして」
「冗談だろ?」
「冗談よ」

だが、伊織はなお俺を見詰める。心拍が一段階早くなるのを感じて、俺は目をそらした。

「帰るぞ」
「ええ」
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posted by tlo at 01:15| ある日の風景的な何か

2008年07月30日

5

#公式の設定展開をどう料理するかは二次創作として腕の見せ所というか楽しみの一つだったりする。とりあえずは続報待ちかな。
−−−
「おはようございますプロデューサー」
「おはよう律子。予定してた仕事、キャンセルになって悪かったね」
「いえいえ。それよりもちょっとお伺いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん、何だろう」
「例えばですよ。例えば、伊織がよそに移籍するなんてことになったら、どうします?」
「絶対にないよ」
「絶対! それは大きく出ましたね」
「伊織は特別な人間には特別を求める。それこそ世界中を敵に回しても、伊織の味方であり続ける覚悟が要る。ある意味美希並に依存心は高いよ。だから俺がPである以上、それはあり得ない」
「うわぁ……」
「嘘。ごめん。ちょっとかっこつけすぎた」
「………で、彼女が移籍したらどうするんですか?」
「あの娘の激しく求め続ける性格は性急に結果を求める。それこそ社長にねじ込んで765プロに入ったんだ。手段は選ばないよ。彼女との信頼関係を築けずに、結果を出せる環境がどこかべつに得られるとしたら――伊織は躊躇しない」
「そういう事態に陥った時には、P失格ですね」
「少なくとも伊織のPとしてはそうだね」
「で、そうなったらどうするんです」
「……なあ、律子。俺どうしよう」
「……そんなこと言ってると、ホントに見限られますよ」

つづき
posted by tlo at 00:05| ある日の風景的な何か

2008年07月27日

「次の仕事、決まったの?」
「ああ、伊織メインで二つほどね」
「今度こそ、メインでしょうね」
「今度こそ、メインだよ」
「この間みたいだったら許さないわよ」
「企画書みればわかるよ。ほら」
「……『アイマスソート 1位水瀬伊織 2位如月千早……』?」
「あ、間違えた。企画書はこっちだ」
「……」
「どうした? 伊織」
「……ね、ねえ」
「何?」
「べ、別になんでもないわ。さっさとその企画書とやらをみせなさいよ」


彼女に愛を伝えるのにはちょっとコツがいる。


つづき
posted by tlo at 10:02| ある日の風景的な何か

3

「千早は春香と君のプロデューサーとどっちが好き?」
「え? あの…」
「例えば、の話だよ」
「例え話であっても、私は春香とプロデューサーを比べることはできません」
「うんそうだよね。好きという感情はいろいろな種類はあっても比べられるものじゃない」
「はい」
「けどね、『今この時』を共に過せるのはたった一人だ」
「……そう、ですね」
「時は有限で、体は一つしかない、まして俺は才能に恵まれているわけじゃない。優先順位をつけないと結局なにも、出来ずに終わる」
「優先順位をつけて仕事をこなす事と、たった一人を選ぶ事では意味合いが違うように思いますが」
「でも伊織はそれを求める。伊織は自分がオンリーワンであることを、『特別な人』には求めるんだ」
「……」
「独占欲が強すぎるって事にいつか気付くと思う。でも今は彼女の求めに応えてあげたい」
「それで専属Pになられたのですね」
「だから予定していた仕事も全部延期だ」
「よくわかりました」
「申し訳ないね」
「とてもよく納得できました」
「?」
「さっきから伊織がこっちを睨み付けているのは、そういう事なんですね」
「あはは…」

posted by tlo at 09:03| ある日の風景的な何か

2

「長女って、世話好きなんですって」
「……?」
「それで末っ子って甘えん坊なの」
「あぁ、うん」
「歳が逆でも、そういう相性的なものってあるんですって」
「……うん」
「でもね、末っ子にとってお姉さんは一人だけれど、
 お姉さんとっては末っ子は妹の一人に過ぎないのよ」
「ねえ、伊織」
「なに?」
「やよいにとっても君は他の誰でもない――『伊織』なんだと俺は思う」
「……私は、一般論を言っただけよ」
「……そう」
「そうよ」
「……」
「……」
「俺、長男なんだよね」
「あらそう」
「末っ子の妹とか甘えてきたら、すごく可愛がってあげれるんだけどなぁ」
「誰がアンタなんかに」
「一般論を言っただけだヨ?」
「…………じゃあ、甘えてもいいかしら?」
「なんなりと」
「プラダの素敵なお洋服見つけたの」
「前言撤回していいかな」
posted by tlo at 08:14| ある日の風景的な何か

1

「アンタ、千早スキーなんですってね」
「そうかな」
「だって反論しなかったじゃない」
「確かに千早との仕事が多いからね。あながち外れじゃない」
「でも、アンタ『5人目ぐらいの伊織派』だとか謳ってたじゃないの」
「うん」
「ま、PはPでもプロレタリアートなアンタじゃ、私をプロデュースできるわけないと思うけれど」
「ゴメンな」
「……言い訳ぐらいしなさいよ」
「そうだな…千早とは仕事仲間としてフィフティーフィフティーの関係なんだ。
 俺はそういう緊張関係が楽しいし、彼女に歌って欲しい曲はまだたくさんある」
「……」
「それに千早はよそのPさん達とうちとけた関係を築いているからね。
俺はそんなPさんから千早をお借りしている感じだな」
「まさか伊織派だなんていっているのは、ライバルが少ないからだなんていうんじゃないでしょうね?」
「違うよ」
「……同情だなんていったら、赦さないわよ」
「違う」
「じゃあ――」

つづき
posted by tlo at 08:13| ある日の風景的な何か