2010年05月04日

伊織とやよいのサバイバル29

#サバイバル編はとりあえず終わりです。

「正直、勝てるとは思わなかった。やよいと一対一にならないようにするのが私達の戦略だったんですものね」
「俺もお前が負けを悟っていたように見えた」
伊織は何か言いかけて、しかしそのまま口を閉じた。

IUの優勝から半年が過ぎた。その間、伊織は多忙を極めた。地デジのキャンペーンガールとしては、ポスターの写真撮りぐらいにしか仕事にならなかったが、テレビの露出が増えたのである。念願のMステにも出演できた。冬クールのドラマは、ダメもとで営業をかけた冨士の深夜枠も決まり二本に出演。そして深夜枠にも関わらず番宣の一環でイイトモにも出演した。哲子の部屋にも何故か呼ばれた。番組プロデューサーから理由を聞けば「IU優勝者という時の人でもあり、なによりホストが伊織の出演を熱望した」という事だった。
「モリタさんからアナタ頭がいいからお話が楽しいって聞いておりましたのよ」
そんな調子で被っている猫を剥ぎ取る勢いのホストのペースに乗せられた伊織は、収録後憔悴しきって「もう二度と出ない」と言ったものだ。
露出が増え知名度があがると、いままで見向きもされなかった営業先からもオファーが舞い込むようになる。仕事は雪だるま式に増えていった。この機に乗じ、俺は伊織を馬車馬のように使った。勢いに乗るのは大事なことだ。伊織もそれを理解していて、文句の一つも言わなかった。

ある春の日の昼下がり。765プロ事務所で、俺は伊織とミーティングの時間を持った。多忙の日々の合間の一時。特に議題を用意した訳では無かったが、話は自然とIUの事になっていた。
「やよいってね、ファンの顔が見えるんだって」
伊織が再び口を開く。
「やよいは視力がいいんだな」
「IUのステージに立っても見えるっていうのよ」
「オカルトか何かにしか思えないが……」
「そうね、私も信じられなかったわ。そう信じて言い切るのがやよいの強さだろうって」
俯き加減に微笑んでいた伊織が、目を上げる。
「だけどね。私も見えたの」
IU準決勝。勝利を告げられた伊織は、ペタリとその場に座り込んでしまった。放心したように会場を見上げて立ち上がらない伊織の姿は、見るものにこれが如何に過酷な戦いであったかを印象付けた。俺も、負けを覚悟していた所に不意を撃たれたのだとばかり思っていた。
「見えたっていうか感じたっていうか。とにかく、会場にいたファンどころか、ネットで投票した人まで、一人一人、そこにいるんだって──」
信じる?と伊織は聞いてきた。自嘲気味に笑う彼女に聞き返すと、小さく頷いた。俺は口に手をやり考え、そして答えた。
「信じるよ。やよいがそうなのだから、お前もそうなんだろう」
「でもね、やよいに話したら、やよいとは違うらしいわ。やよいはあくまで会場にいるファンだけだって」
「今でもまだ、見えるのか?」
「あの時の、一瞬だけ」
伊織は首を振る。だが俺に向き直って目を合わせると、はっきりと言い切った。
「だけど、見えたの」

IU以来、確かに伊織のステージングが変わっているのを感じてはいた。自分の信じる最高の自分を見せるのが彼女の以前のステージであったのに、今は色々と試行錯誤しているのが見て取れる。あえて何も言わなかったし、相談されることもなかった。
発端となったのは、その不可思議な体験だった。伊織がここに来てそれを話したのは、おそらく彼女にもそれが何だったのか分からなかったからだろう。しかし、もし尋ねられてもその現象が何だったのか俺に答えられる訳もなく困っていると、果たして伊織はその問いを突きつけてきたのだった。

「ねえ、一体なんだったのかしら。わかる? プロデューサー」

「わからん」
「って、ちょっとは考えなさいよ!」
「とりあえずIUに優勝して半年たったけど、どうだ?」
「話を逸らさないで!」
「いや、考えても分からないから、とにかく話していれば何か糸口が見つかるかもしれないだろ?」
「誤魔化してるんじゃないでしょうね」
「ブレーンストーミングって手法だよ。で、どうだった」
「どうっていわれても、モウレツに忙しかったって、それだけよ」
「それだけ?」
「ええ、それだけ」
「じゃあ、勝っても『それだけ』だったんだな」
IUとの優勝をあえて貶める挑発。反発を誘って話を進める触媒に、彼女は意外な反応を示した。目を伏せて伊織は呟く。
「……そうね『それだけ』ね」
「……でも、忙しいって事に実感は湧くだろ?」
「そりゃね、嬉しいわよそれなりに。兄さんも驚いてたし、パパもあれから何も言ってこない。私は私の力で、私だけの物を手に入れた。だけど──」
「その時の感覚には、及ばないという訳か」

彼女の性格の基礎部分には、強烈な競争意識が組み込まれている。「他の誰かに負けない」「他の誰かより上に立つ」「他の誰かを見返す」、その他の誰かが父であり、兄であり、他のアイドルであり……伊織は駆り立てられるようにアイドル活動に打ち込んだ。その一方で伊織は、自らの唯一性を主張するのである。デビュー当初「スーパーアイドル伊織ちゃん」と自称する彼女の鼻っ柱を傷が残らないよう叩き折るのは苦労したものだった。
「第一位」に「唯一人」を求める矛盾。星を求めて手を伸ばすのに、他のアイドルを踏み台にした所で届くはずもない。かけがえのない親友を踏みつけにしてももなお。IUという競争を勝ち抜き、名実共にスーパーアイドルになった彼女が「それだけ」と言う理由。
……そう、説明するのは容易い。伊織の体験を幻想と断じ、今、目の前の仕事に集中させる事も出来よう。そもそも「第一位」という肩書きはトロフィーというだけではない、伴う責務は存在する。敗者達への礼儀というロマンチシズムでも、業界全体の浮沈というリアリズムでも、それは確かに存在するのだ。

「昔、ハリウッドにセックスシンボルとまで言われた女優がいてな」
「M.M.ね」
「よく知ってるな」
「それがどうしたの?」

だが一方で、その体験を何とかモノにさせたいという「欲」もある。どこかのアニメのような人の革新などという空想では無く、現実にやよいがIUを勝ち抜いているのだ。伊織の求める唯一性にも適うであろう。自分で分かる限り、サジェスチョンを与えてみる。

「彼女は、カメラの先に男達の視線があることを知っていたって逸話がある」
「それが、私のと同じだっていうの?」
「それは分からない。ただ、ハリウッドで『スター』と呼ばれるにはそれなりの何かがあったんだと思う」
「『スター』?」
「バレエならプリマだろうな。日本人が思っている以上に、重みのあった言葉だよ」

伊織はその言葉をぶつぶつつぶやいて、そして突然、何かに打たれたように顔を上げる。

「私、なるわ。そのスターに!」
「どうしたんだ?」
「分かったのよ!」
「何がだ?」
「私が見たのは、星からの眺めだったのかもしれない、いえきっとそうよ。そうに違いないわ」

紅潮する頬。見開かれた目にキラキラと光る瞳。いつもは大きく開けない口を早口に、伊織はまくし立てた。

「日は沈む。月は欠ける。だけど星は見上げればそこにある! そして私も、私を見る人を見るんだわ!」
「星だって沈むぞ」
「……北極星だったら沈まないっ」
「北極星は二等星だぞ」
「えっ」
「そもそも昼間見えないし」

拳を握って伊織は腕を振り回し始めた。殴りつけられる俺にたいしたダメージはないが、広くはない事務所で伊織の手が机や椅子に当たらないとも限らない。

「もう、なによ! 人がせっかく盛り上がっているのに!」
「伊織、やめろ、やめてくれ」
「ばかばかばかー! ずっと考えていて、やっと答えを見つけたのに。なんでバカにするのよ!」
「バカになんか……いや、ゴメン謝る、謝るから!」

短中期的にはともかく、長期的な目標は要る。IU優勝者として露出を増やし続けるのにも限度がある。失うモノも得るモノも多かったIUだが、伊織が「自ら」目標を見つけたというのなら、それは最大の成果だ。
攻撃をやめた伊織に深々と頭を下げて、事態をようやく収拾する。息を切らせた伊織は涙目になっていた。乱れた髪を手で梳いてやりながら思う。こいつ涙綺麗だから、時々いじめたくなるんだよな。

「ゴメンな。星になるってのは喩えで、そういうものにお前はなりたいんだな」
「……昼にだって見える星になってやるわ」
「そうか、だけどな……」
「なによ、まだ何かあるっての?」
「ああ、今日ミーティングを持った本題だ。俺のプロデュース期間が終わる」
「…………え?」

そんな大事なことを、事も無げに俺は伝えて。

                             to be Conclude...
posted by tlo at 20:43| ある日の風景的な何か