2010年01月26日

伊織とやよいのサバイバル27

実のところ私はアイドルという存在に、なんら幻想を抱いていない。私がスタイリストになろうと弟子入りした時にはもう陰りが見えていたし、独立して仕事を始めたころは「アイドル」という肩書きはタブーになっていた。
私が初めて担当した子は、13歳でモデルデビューした鳴り物入りの美少女だった。山崎すぎおという独立したばかりのスタイリストが彼女を担当できたのは、今になれば運がよかったとしか思えないのだけど、その時はセンスが認められたのだと私は鼻息が荒かった。その後、彼女はヘアヌード写真集を出したりセンセーショナルなプロモーションでトップアイドルに上り詰めたけど、それでも私はアイドルに醒めていた。
私が選り抜いたコーディネートで着飾って、グラビア写真を撮ったその次の仕事で、きぐるみを着て芸人とバカなコントをしているのだ。若かった私はバラエティーやワイドショーに出ては他人のコーディネートに「辛口コメント」をしては憂さ晴らしをしていたが、レギュラー出演していた番組から「。」なんてアイドルグループが産まれたのは皮肉としか思えず、素人くささが抜けない彼女たちのスタイリストを依頼された時には運命さえ呪った。

「なんで、審査員なんて引き受けたのかしら」

トイレから出たところで、私はばったりと件の765プロアイドルと出くわしてしまっている。目が合って互いに立ち止まってしまったものの、交わす言葉があるわけもなく。ふつふつと沸いてきた怒りと疑問に、思わず愚痴がこぼれた。

「あ、あのー」
「なあに?」
「後悔しているんですか?」
「違うわ」
「迷っているんですか?」

大きな瞳が私を覗き込む。13歳といえばそろそろ大人びていいはずの年齢なのに、この子は全くの子供で、その無垢なあどけなさに何故か私は「負い目」を感じてしまう。無くしてしまったイノセンスの体現。それがこの子の魅力なのだろう。私は何も言わずに背を向けた。

「今日は、ずるはありません。みんな本気です」

思いがけない言葉に私は振り向く。さっきまでいたはずの穢れを知らぬ天使の姿はそこに無く、決意を秘めた戦士が佇んでいた。

「だから、迷わないでいいと思います」
「私が迷っているというの?」

彼女は大きくお辞儀して走り去っていく。小さな背中を見送りながら、私はその場に立ち尽くすのだった。



「やよい、トイレ済ませてきたか?」
「プロデューサー、レディーにそういうこと聞くのテレマカシーに欠けます」
「そ、そうやな。すまんすまん」
「……プロデューサー」
「どうした?」
「ここ突っ込んで欲しかったんですけど」
「え? そうだったんか!?」
「いくら私でも、デリバリーのことテレマカシーだなんて言いません」

ここも突っ込みどころなのやろか。きっと伊織ちゃんの真似だろうなという物言に、とりあえず僕は頭を下げて謝った。オーデション会場の舞台袖で、僕とやよいは最後のミーティングをしている。

「その調子だと、作戦も大丈夫やな?」
「はい、ばっちりです!」

やよいと僕とで練ったその作戦は、作戦というよりほとんど博打に近い。やよいが全力を出しても勝算は五分にも満たないギャンブルだ。だけどまともにやっていては勝率はゼロ。そんな博打にすべてを賭けないといけないのが、僕らの現実だ。これは僕らのしたことへの罰だろうか、それとも禊ぎの儀式だろうか。いや違う。これは、一同に揃った優勝候補を一気に叩ける絶好のチャンスだ。

「とにかくがんばれ」

やよいは右手を開いて掲げた。やよいが気合を入れるときにする、いつもやつだ。やよいが僕を見つめる。小動物をみたいな大きな瞳の奥には、獣のような強い光が宿っていた。僕は精一杯の気合をこめて、小さな右手を力いっぱい叩く。

「ハイターッチ! 行って来ます、プロデューサー!」





posted by tlo at 19:46| ○○の仕事風