2009年12月28日

伊織とやよいのサバイバル23

金網の上のカルビをひっくり返すと、裏にはまだ赤身が残っていた。伝って落ちた油が金網の上で炎を上げる。香ばしい白い煙に煽られて、摘んだ肉をそのまま青いレタスの上に乗せかぶりつく。レタスの葉を食い破ると、熱い脂と肉汁が舌に広がる。

「うまい! 結構良い肉使ってるで、ここ」

炭火にあぶられて丸まっていくミノやタン塩をやよいは凝視している。きっと色々と葛藤しているに違いなくて、正直目が怖い。僕は焼き上がったカルビを小皿に取って、やよいの前に置いた。

「ほら、熱いうちに食べや」
「プロデューサー」
「レタスに巻いて食べると旨いで」

焼けたタンを塩だれを入れた小皿に浸す。表裏とたっぷりと漬けて、したたり落ちるタレをこぼさないよう口を寄せ、放り込むように食う。こりこりとした歯ごたえの後、タレと脂が混じり合って舌に広がった。
まだ焼けてないミノを金網の端っこに寄せる。盛り皿から次はロースを選んで、数きれつまみ上げる。赤身が多い辺り海外産みたいだけど、肉自体はいいもの使ってる。空いたスペースに乗せると、じゅうと一際大きい音がなる。

「遠慮せんと」
「私、ミーティングって聞いたんですけど…」
「うん。大事なこと聞きとうて」

金網に乗せたロースを一枚一枚剥いで敷き詰めていく。炭火に炙られ、浮き出た脂がてらてらと光る。立ち上る煙の向こう、やよいが見詰めてくる。僕も箸を置き、机に腕を乗せる。

「やよい、アイドルアルティメットに勝ちたいか?」

金網の上でロースが炎を上げた。

「なんで、今更そんな事聞くんですか?」

やよいの声が震えている。ホントに今更や。やよいも呆れてるに違いない。よかれと思って一人突っ走って、そのつけが回ってきた。我ながら情けないけど、状況はそんなこと言っていられないぐらい差し迫ってる。

「というか、伊織ちゃんに勝ちたいか?」



私は、アイドルアルティメットの事がよく分かっていなかった。
勝てばトップアイドルになれる。
トップアイドルになれば、もっともっと大きなステージで歌える。
それだけだった。

でも、トップアイドルになるには沢山の人を負かさなくちゃいけない。
トップアイドルになりたいって思ってる人は私だけじゃないから、
私が勝てば、誰かが泣く。
プロデューサーは、プロだったら我慢しろと教えてくれたけど。

私は誰にも泣いて欲しくない。
みんなに笑っていて欲しい。
私は、きっと欲張りなんだ。

だから、周りの様子が変わった時はホントは嬉しかった。
私が勝てば喜んでくれる。
負けて泣く人もいない。
プロデューサーも喜んでくれる。
こんな良いこと無い。

私が我慢すればいいだけことなんだから。

だけど伊織ちゃんにわざと負けるなんて絶対できない。
そんな事したら、伊織ちゃんはもう口も聞いてくれなくなる。
でも、私が勝てば伊織ちゃんは負ける。
負けたら……

「伊織ちゃん負けたら、アイドル辞めさせられるそうや」
「そんなこと聞いてません!」

つい、大きな声を上げて、机を叩いた。お肉から大きな火が上がる。真っ白な煙の向こうで、プロデューサーが目をそらした。

「伊織ちゃんから口止めされていたんや」

伊織ちゃんが黙っていた理由は分かってる。
私に心配させたくなかったに決まってる。
私が本気になれるように、伊織ちゃんだったら絶対そうする。

「ひどいよ……伊織ちゃん」

机の上に、こぼれたタレが広がっていく。私の膝に垂れそうになるのを、プロデューサーが身を乗り出して拭き取った。

「あのな、やよい。聞いて欲しいんや」

プロデューサーは一通の手紙を私に差し出した。
posted by tlo at 20:21| ○○の仕事風