2009年12月01日

伊織とやよいのサバイバル22

私と千早でやよいに特訓したのがつい昨日の事みたいに感じられる。だけどアレはもう数ヶ月前の事。やよいを家に訪ねると、公園で特訓していると聞かされた。住宅街の真ん中にある公園とはいえ、夜は一人で練習するなと言われているはずなのに、アイツはずっとこうしていたに違いない。

「やよい!」
「あ、伊織ちゃん!?」

声をかけたら振り向いて、大きな目をまん丸にして驚いている。

「特訓しているの?」
「うん。あ、伊織ちゃん5回戦突破おめでとう!」
「……ありがとう」

屈託のない、心のそこからの祝福だ。自分だってIUに出ているというのに。

「ねえ、やよい」
「なあに、伊織ちゃん」

勝ち続ける限りいつか当たる。当たり前の理屈だ。それが今来ただけのこと。

「やよい。次の準決勝、あなたと当たる事になったわ」
「………そうなんだ」

だけどこんな形になると私は思っていなかった。こんな事言いたくない。でも言わなくちゃいけない。やよいが私の親友であるように、私はやよいの親友なのだから。

「八百長で勝てると思わない事ね。勝ちたいなら、ホンキできなさい」

背けた目を、おそるおそる戻す。

「そんな…いおりちゃんはお友達と思っているけど、恥ずかしいよ……」
「でも、私の好きはこういう好きなの……ってちっがーう!」

それは百合やとノリツッコミを決めつつ、やよいにいらん知識を吹き込んだ奴をシメる事を決意する。だがその反応で、私は確信した。

「無理してボケも無駄よ」
「……そうだよね」
「自分が勝っているんじゃなくて、周りがわざと負けてるって気づいているんでしょう」
そう、人一倍人の気を遣うやよいが気づいていないはず無い。プロデューサーが舌を巻いたライブ感覚は、そんなやよいの性格そのものだ。そうこの子は、八百長に気づき、八百長を隠しているプロデューサーの気持ちにも気づき、気がつかない振りをしているのだ。
「何故、隠していたの?」
「だって、みんな心配すると思ったから……」
「違う」

そんなことは分かり切っている。自分一人さえ我慢すれば、周りのみんなは笑っていてくれる。そんな答えは、聞かなくたって分かる。私が聞きたいのは――

「何故、私にも隠していたのっ」

こんどこそやよいの表情は固まった。俯いて、小さくつぶやく。

「……ごめんなさい」

でも、聞かなくても、その答えさえ私には分かってしまう。私を困らせたくなかったんだ。まして私もIUに出場しているのだ。どうしようか分からなくなったこの子は、だったらなんとか実力で勝てるぐらいになろうと、こうして練習していたに違いないのだ。

「周りに遠慮して、我慢して、薄っぺらい笑顔貼り付けて! アイドルを舐めないで! そんなんで周りの人を元気にしてあげられるわけないじゃない!」

やよいが泣き出した。ぎゅっと拳を握って、大粒の涙が頬を伝って地面を濡らす。でも溢れかえる言葉を止めることを私は出来なかった。

「周りを元気にしたかったら、やよいが元気になりなさい! やよいが、自分が元気になるためにステージに上りなさい! やよいの全力のホンキで、ぶつかってきなさい!」

ひとしきり叫んで、息が切れる。夜の公園の静けさが戻る。息を整え、私はやよいに背を向けた。

「いつか、一緒にドーム行こうって約束したわよね」

すすり泣く声に、私は言葉を投げつけた。

「行けるのは一人だけよ」

これ以上ここにいたら、私も、泣き出しそうだった。


聞こえてくるやよいの告白に、担当の彼は蒼白になった。

「……黒井社長のばらしの時のボケも、僕へのフォローだったんかい」

やよいは全てに気づいていた。気づいた上で、気づかないふりをしていた。それは俺にさえも想定外のことであった。遠く物陰で、アイドルを見守っていたプロデューサー二人は立ちつくす。やよいは何も持ってないと彼は言った。俺もそう思っていた。だが、ありとあらゆる人の想いを受け止めて、あの子はそれでも前に進もうとしていた。水瀬氏が口にした「器」という言葉の意味はこれだった。

「僕は…僕は…」
「君も腹を据えろ」
「どういう事ですか」
「やよいが君に気づかせまいとするのなら、君も気づかないふりをするしかない」
「僕は、やよいに謝ることもできんのですかっ!!」

謝った所でどうにもなるまい。謝罪はますますやよいに対する重荷となろう。俺は思う。あの家庭環境で、苦労は並大抵ではなかったはずだ。あの笑顔の裏にはどれだけの「闇」が隠されているのだろう。

『とんでもないタマよ』

伊織はやよいをそう評した。伊織はやよいの闇に気づいていた。そう、人は明るさでは惹かれあわないのだ。

「そんなことする暇があれば、君はやよいを勝たせることを考えろっ」

次のアイドルアルティメット準決勝は、水瀬グループが冠スポンサーとなって枠を買い取る事となった。その上で、民放連の方針に難色を示している大手芸能事務所のアイドルが全て集められる。そのただ中に、やよいは放り込まれる事になったのだ。
もちろん勝負に手心が加えられる訳がない。やよいが負ければそれまで。だがもし、実力で勝てば文句をいう人間もいないだろう。決勝は彼らが好きにする。誰もが満足ではないだろうが、納得は出来る筈だ。もっとも、視聴率25%が納得の必要条件となるのだが。

「言ったろう? あんな子をみて立たなかったら男じゃないって。だったら見せてみろ、プロデューサーだったら自分のアイドルを勝たせてみろ!」

らしくない励ましだと自分でも思う。だが、ホンキで勝ちに来なければやよいどころか伊織の立場も危うい。最低条件25%を叩き出すには、ホンキの戦いを見せなければ届くまい。

「わかりました」

やよいのプロデューサーの目に、力が戻った。

「絶対、やよいを勝たせて見せます!」

posted by tlo at 01:22| ○○の仕事風