2009年11月30日

伊織とやよいのサバイバル21

「君は、八百長でアイドルアルティメットに"勝たされる"のだよ」

黒井を見上げる天井がどこまでも高くなっていく。得意満面のドヤ顔に見下ろされる視界が白くなっていく。終わった。やよいにだけは知られたくなかった。素直でまっすぐな笑顔は、もう………

「あの……」
「やよい……」

おそるおそる、やよいの顔をのぞき見る。やよいは放心したように、黒井を見つめていた。

「あの『やおちょう』って野菜とか売ってるお店ですか?」
「そりゃ八百屋や!」
「じゃ、じゃあ、あの、野菜を炒めてあんかけかけた中華料理……」
「そりゃ八宝菜や!」
「分かった! お花の根っこで茶碗蒸しに入れるとおいしいですよね」
「それは百合根だ!」
「あ、そうかー。プロデューサーも黒井社長物知りですね」
「『お前がものを知らなさすぎなん』だ!」じゃ!」

黒井社長とやよいにダブルつっこみを決める。このところ芸人との絡みが多かったせいか、やよいはボケの間合いと引き込みを完全にものにしてた。恐ろしい、このまま成長していけば、どんな芸人になることか……!

「って、待て! お前がプロデュースしてるのは芸人じゃなくてアイドルだろう!」
「おお! 黒井社長、ナイスつっこみ!」
「いい加減にしたまえ!」
「社長おもしろーい」ケラケラ

乾いた笑い声が廊下に響く。扉の影からは、山崎さんの冷たい視線が突き刺さる。黒井社長はいらだたしげに背を向けた。

「下等で下品で下劣! 全く、高木に似つかわしいアイドルだ」
「待ってください!」
「なにかね!」
「やよいは確かにものを知らなさすぎだけど、卑しくはありませんよ!」
「では聞こう」

黒井社長が、肩越しに鋭い視線を投げかける。その眼差しに何故か、僕は熱を感じた。


「貧しさをネタに同情を売って金を貰う。それは、乞食ではないのかね?」



「やよいはね、アイドルなのよ」

ずっと黙っていた伊織が口を開く。彼女の発した言葉が単なる事実を述べただけじゃないことは、そこにいた誰もが気づいている。水瀬氏が伊織に続けるよう促す。

「アイドルは、誰かの思い通りにされる人形でもなければ、可愛がられるだけのペットじゃ全然っない」
「だが、そういう生き方しか出来ない人間もいる」
「やよいは違うわ」

反論を即座に否定され、二の句を継ごうとしていた水瀬氏が口をつぐむ。伊織はまくし立てた。

「芸能界は厳しいわ。実力だけじゃどうにもならない、縁故に頼ったところで生き残れない。そんな所に、あの子は飛び込んだの。家があんななのによ。素直で優しいだけの子じゃない、とんでもないタマよ」
「それは高槻やよいがアイドルだ、という理由にはならないな」
「そう? でも、やよいがアイドルだってのは確定的に明らかじゃない」

伊織は得意げに、水瀬氏に指をさす。

「やよいだったら水瀬グループで後押してもいいって言ったわよね。一人の女の子が、水瀬家の当主を動かした。これってアイドルの証じゃない?」

一瞬の間をおき、水瀬氏がふっと笑った。俺は息を呑む。やよいを推すと、彼は言った。それは親友である社長への助け船だとばかり思っていた。だが考えてみれば、グループの利益、社会への責任をさしおき個人の感情で彼が動く筈はないのだ。事実、俺達はこの面会に5日待たされている。

「パパはね、やよいを応援したくなったのよ」
「なるほどな。これがアイドルというものなのか」

伊織は、彼が冷徹であることを知っていた。末娘の父親であるよりも、水瀬グループの会長であらんとする人間であることを身をもって知っていた。そしてやよいが誰よりも、自分よりもアイドルの器であることを知っている。

「そんなアイドルがつまらない思惑で潰されるなんて、私は我慢ならないわ。それに――」

眉に愁いが帯びる。わずかに潤む瞳。そして小さく、声を絞り出した。

「やよいは、親友なの。パパ、お願い。私、親友を助けたいの」

親友という言葉に水瀬氏は、ちらりと社長に目を向ける。社長との間にどんな過去があったのかは知らない。だがその仕草で冷徹であっても、決して冷血では無い為人が知れた。水瀬氏は大きく息をつく。

「何をして欲しいのだ? 無茶は出来んし、損も出せないぞ」
「それは、プロデューサーに聞いて」
「そこで俺に振るのか!?」
「その為にアンタを連れてきたんじゃないの!」
「連れてきたのは俺だっ」
「つべこべ言うんじゃないの! どうせ何か考えてきてるんでしょ?」

次は俺が溜息をつく。社長は八百長は論外としても、何らかの形でやよい担当の彼のプロデュースを遂げさせてやりたいと言っている。甘いとも思ったが、逆にここでIUを辞退などすればその後のテレビ出演は望めるべくもなく、やよいの活動は大幅に制限されるだろう。

「確かに案はある」

案はある。社長と他のプロデューサー達と頭を付き合わせて考えていたオプションの一つが。水瀬氏の協力は取り付けることが出来た。そしてもう一つ、聞かねばならない条件がある。

「伊織。お前、やよいと戦えるか?」

posted by tlo at 20:28| ○○の仕事風