2009年11月28日

伊織とやよいのサバイバル20

無礼な男だ。
この私がわざわざ楽屋に訪れる事自体、この業界に生きる人間だったらめったにない事が分かるはずだ。だが、目の前にいるこの男は、961プロの社長である私を目の前にして恐縮するどころか話を聞こうともしない。

「山崎先生ー、お願いできませんか」
「あなた、自分がなに言ってるか分かってるの?」
「もちろんです。芸能界正常化の為、是非先生のお力が必要なのです」

IUは765プロのアイドルを勝たせる事になった。まさか高木がこんな手を使ってくるとは思わなかった。そもそもその役には、うちのアイドルが収まることになっていた。その為にあの政務官とやらに大金をつぎ込んで来たというのに、党が選挙でぼろ負けどころか当の本人が落選する始末。まったく、とんだ献金泥棒だ!

「先生もお聞きになったでしょう。765プロのアイドルが、不正な手段で勝っています。そのことで私は胸を痛めているのです」
「そりゃアンタの所の伊織奈ちゃんが負けるものね」
「先生、うちの河合伊織奈の名前をご存じでしたか。ありがとうございます」
「ありがとうございます! 山崎先生!」

一緒についてきた伊織奈が礼をすると、山崎すぎおの相好がわずかにほころぶ。顔に出てしまう辺り、この男もヴィジュアル審査員を任されるだけの目は持っている。ファッションモデル上がりのこの娘は、IUの為に私が引き抜いてきた逸材だ。ルックスだけなら961プロでも1,2を争うだろう。

「先生はいかがです? アイドルアルティメットは実力主義のガチンコ勝負が売りだったはず」
「そうね」
「それが今や、あらかじめ決まった勝者の下、星が売り買いされている始末。おかしいと思いませんか?」
「ええ、もう辞めたいぐらいよ」
「私もこんなくだらない茶番劇に付き合うのは止そうと、何度思ったことか! ですが、ここで辞めるのは簡単です」

山崎が小さく頷く。やっと話に食らいついてきた。実際、ここで止めたら今までの投資が水の泡だ。なんとしても回収してやらなくては!

「アイドルアルティメットの浄化を、この黒井がやると言うのです。先生、是非お力添えを。是非とも!」
「だからといって、えこひいきは出来ないわ。確かに伊織奈ちゃんは可愛いわよ。でも点数を甘くするなんて」
「いえいえ、伊織奈には先生の信ずるままの点数を付けて頂きたい」
「どういうことなの? 伊織奈ちゃんに勝たせて欲しいって、言ったわよね?」
「私が申し上げたいのは、765プロの不正に対し、先生の意志を示していただきたいと、そういうことなのです」
「それって……」

怪訝な表情であるが、体は前にのめっている。私は悠然として楽屋を横切り、彼の隣に座る。後は囁くだけで良い。IU5回戦。あからさまな八百長の前に失望してしまった彼に、甘美な、響きを。

「765プロのアイドルにはハンデが必要だと、そう思いませんか?」


「プロデューサー、ちょっと待って下さいー」

やよいに呼び止められて我に返る。テレビ局の廊下を僕は歩いてた。遠くでスタッフ達が作業する音が聞こえてくる。そういえばIU5回戦が終わって、事務所に帰るところだった。気づくとやよいはずっと後ろにいた。わけてもらった大量の仕出し弁当をかかえ、よちよちとこっちに走ってくる。

「走らんでもええて。危ないやんか」
「すいませんー」エッチラオッチラ
「あ! やよい!」
「きゃっ!!」

案の定、部屋から出てきた人にぶつかった。弁当がぶちまけられて、ソースやら焼き肉のタレやらの濃いにおいがたちこめる。

「どこを見てるんだ、君!」
「はわっ、ご、ごめんなさい!」
「やよい! 大丈夫か!?」

狭い廊下を駆けて戻る。尻餅をついてしまったやよいの傍らにしゃがみ込む。頭から被ってしまったケチャップ和えのパスタを払って上げる。

「大丈夫か?」
「すいませんー」
「私は無視かね? 高木の所の人間は礼儀さえわきまえ無いのだな」
「す、すんません……あ」

仁王立ちした男が、俺達を見下ろしていた。僕は、彼を知っている。IUに出場するに辺り、社長には気をつけろと何度も念を押された男。961プロ社長だった。

「どうしたの社長?……って、社長ソースくさいー」
「んー何でもないんだよ、私の子猫ちゃん。ちょっと野良猫の粗相に遭っちゃってね」

961プロのアイドル河合伊織奈が部屋から出てきた。IUの優勝候補の一人……というか、この子がホントはやよいの席に座ってたと、あの密談の席で僕は聞いて知っている。大きな瞳がじっと、やよいを見詰める。確かにカワイイ娘やと思う。だけどこの子には放言癖があって、それが問題にされていた。

「あなた、高槻やよいよね」
「あ、はい。そうです」
「うまいことやったよね。どうやって丸め込んだの?」
「え?」
「幾ら積んだの?」
「え? え?」
「って、もしかして……枕?」
「???」

あっけらかんと、彼女は言った。当然やよいには意味なんて分かる訳無い。言葉の意味どころか、自分が出来レースの勝ち馬になってることだって知らされてない。突然、黒井社長が笑い声を上げる。

「あーはっは! 君は、君のアイドルに何一つ教えて無かったんだな!」
「そ、それは!」
「こりゃ傑作だ。流石は765プロのプロデューサー。アイドルを大事にするとはこういう事か!」

ひとしきり笑って、黒井が僕を見据える。人をバカにした笑みだ。だけど目は笑っていない。騒ぎを聞いて、誰かが部屋から顔を覗かせる。顔を見てぎょっとする。彼はヴィジュアル審査員の山崎氏だ。

「アイドルには何一つ知らせず、汚れるのは自分だけでいい。いや、カッコイイね。しびれるね。最高だね」
「あ、あの!」
「やよい、黙っていろ!」
「でも私、全然意味が分からなくて……」
「知りたいか? じゃあ、教えてやろう」
「やめろ!」

喉の奥で黒井は笑う。歪んだ顔は、近所のいじめっ子が捉まえた蝶の羽根をむしった時のやつに良く似ていた。

「君は、八百長でアイドルアルティメットに"勝たされる"のだよ」
posted by tlo at 04:32| ○○の仕事風