2009年11月24日

伊織とやよいのサバイバル19

「合格者は1番! おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」

IU5回戦もやよいが勝った。当然だ。

直後、やよいの相手だったアイドルが泣き出した。顔を隠して嗚咽を漏らす彼女に一瞬固まったやよいが、言葉をかける。

「あの」

スポットライトが二人を照らす。やよいはどんな言葉をかけようか、困っているに違いない。ちょっと抜けてる所はあるけど、あの子は人の機微にはめっちゃ敏感だ。

「私からこんなこというのなんですけど、がんばってください! わたしも、もっともっとがんばりますから!」

とてもやよいらしい言葉やった。だけどこの際はどんな言葉でも問題ない。泣いてた彼女はやよいと握手して、拍手を受けながら退場する。舞台袖に戻った彼女は、ディレクターからお褒めの言葉を受ける。いい「演出」だった、と。

「やよいちゃん。よかったで」
「はい、ありがとうございます!」
「ほら、勝ったこと家族に伝えてやり。ほら、あっちのカメラ」
「あ、はい! かすみー! ちょうすけー! こうたろー、こうじー! おねえちゃん勝ったよー!」
「よかったなぁ……え? これ、アナログ地上波に流れてないの?」

ディレクターが、司会者に苦笑いで頷く。

「じゃあ、やよいちゃんの家、見られないんちゃう?」
「大丈夫です、きっと電気屋さんで見てると思いますから! 今日もお弁当持って帰るから、みんなで食べようねー!」
「ちょっ、それは携帯でやりぃや」
「………携帯もってないです」
「あー、ごめん。そやな、そうやったな…………ちょうすけー! 俺の弁当も分けてやるから
ちゃんと食べるんやでー!」
「こうたろー、こうじー!」

司会をやってる芸人が、やよいと一緒になってカメラに手を振る。やよいも負けじと手を振る。懸命に手を振るやよいの前に出て、芸人がさらに大きく手を振る。その前に出ようとするやよいを芸人がブロック。そのブロックをかわそうと必死のやよいがカメラに大写し。会場は爆笑の渦に包まれた。

やよいはすっかりテレビに慣れた。分かりやすいキャラ付けができて、周りもやよいをいじりやすくなったというのもある。だけどやよいにしてみればアレは「作り」やなくて、素のままの姿だ。お客さんは作りに敏感で、やよいも難しいことは出来ない。だから素のままで売り出すのは正しいんやないかと、

そう思ってた。

今、繰り広げられたオーデションは茶番劇だ。やよいと戦ったアイドル達は皆、金をもらったか仕事をもらって、手を抜いていた。それでも3次審査に残った彼女は、最後だけ本気を見せた。ダンスのキレこそやよいに譲るものの、総合的な実力は僕の目で見ても格上だった。
だけど視聴者投票でやよいに勝てるアイドルはもういない。影響力が落ちてると言われるけど、やっぱりテレビのプロモーションは強力だ。今ややよいは、近所のおっちゃんおばちゃんも知ってるぐらいの有名人。貧しい家から身を興しIUを勝ち上がっているシンデレラストーリーの主人公だ。


「プロデューサー!」

CMに入って、ステージ準備が始まる。やよいはADを振り切って、舞台袖に走り込んで来るなり辺りをきょろきょろと探し始めた。

「さっきの人。大丈夫でしたか?!」
「さっきの人って、ああ、泣いちゃった子か?」
「また叱られてないですか? 私、すぐにファールしたんですけど!」
「………いいフォローやったな。大丈夫、あの子も叱られんかったで」
「そうかー、よかったー」

よかったと、何度もその言葉を口にしてやよいは胸をなで下ろす。やよいは本気で彼女を心配していた。みんなが笑顔になって欲しいと、やよいは本気でそう思っている。全部うそっぱちのステージで、やよいだけが本気になっている。
これじゃ、やよいはピエロだ。僕はやよいに笑顔になって欲しかっただけだった。それなのに、何を勘違いしてしまっていたのだろう。

僕はどうなっても構わない。
誰か、やよいを助けてくれ。


「なるほどな」

テレビには生中継のIU5回戦が映っていた。その映像を見て水瀬氏は頷く。水瀬家書斎。多忙を極める水瀬家当主への面会が叶ったのは、IUの裏情報を掴んだ5日後の事だった。

「高木。この出来レース、なんの問題がある?」
「水瀬、お前らしい言いぐさだな」
「問題大ありよ!」
「お前は黙っていろ」
「アイドルアルティメットにはね、私のアイドル生命だってかかってるのよ! それだけじゃない……」
「伊織。事情を聞かないと話が進まないだろ?」

俺に言われて伊織は不満げに口をつぐんだ。この5日間社長と俺と方々手を尽くしたが、精々、掴めたのはあわただしく動き始めた業界情報だけだった。民放連による根回しだったり、それに反発する大手プロだったり、961プロの巻き返しだったり。社長が談判しようにも門前払いを喰らうばかり。
結局この5回戦はやよいをそのまま送り出すしか無かった。プロデューサーの判断で、やよいは何も聞かされていない。伊織には俺の判断で事態を説明し、この場に同席させた。

「見る限りこの娘にキャンペーンガールを任せるのに問題は無い。むしろ積極的に推したい程だ」
「お前にそこまで買ってもらうのはうれしいがな、今回に限っては経過が重要なのだよ」

「談合」を肯定してしまう辺りやはり発想が違う。なにせ相手にしているのは世界のライバル企業だ。生き馬の目を抜く生存競争に、キレイゴトは言ってられない。もっとも芸能界だって熾烈な競争社会だ。俺も話を持ちかけられれば、断っていたとは限らない。だがそれでも、話が漏洩しても、業界内の公然の秘密に収まるという担保は求めただろうが。

「すいません。お伺いしてよろしいですか?」

社長と当主のスタンスの違いは埋められまい。だが問題は何らかの形で解決されねばならない。水瀬家当主は頷き、俺に向き直った。

「結局これはどこから出た話なのでしょう?」
「総務省から、と報告があった」
「政務官は変わったんじゃないですか?」
「政務官は政治家だが、その下は普通の役人だ。役人というものは権益を侵される事に防衛本能が働く。一度ついた予算を手放したくないのだろう」
「仕分けの俎上に乗せられないように成果を欲した、と」
「決勝までに視聴率25%を叩き出せと丸投げしたそうだ」

その数字を聞いて社長も唸る。25%は今のテレビには非常に厳しい数字なのだ。大河ドラマの最終話でやっと出せるかどうか、アイドル番組では到底不可能な数字だ。テレビ局が必死になるのも無理はない。仕分けに乗せられれば最悪、過去の癒着まで暴かれかねないのだ。

「高木、もう一度言うが話に乗ったらどうだ? イベントごと潰されかねないぞ」
「しかし…」
「この娘なら水瀬グループで後押ししてもいい」
「そんなに高槻君を気に入ったのか?」
「確かに芸は伊織に劣る。だがこの娘には惹きつける何かがある」

「そうよ」

押し黙っていた伊織が再び口を開いた。一斉に視線が注がれ伊織は、一拍間を置き、断言する。

「そうよ、やよいは『アイドル』なのよ」
posted by tlo at 00:30| ある日の風景的な何か