2009年11月23日

伊織とやよいのサバイバル18

ゴシップ記者は他言無用と脅してきたが、少なくともやよいを勝たせるという出来レース自体はそのうち業界内に知れ渡ることになるだろう。もちろん、やよいを担当している彼は既に知っているはずだ。だが彼は社長には伝えていまい。社長の人となりを考えれば、あり得ないプロデュースであるからだ。俺が枕営業を口にした時に見せたあの形相は、今も背筋を凍らせる。
問題は、どこまで大きな話であるかということだ。業界の闇に身をひたしているあの男さえ見通しのつかない闇が、背後には控えている。だが伊織が鍵だと奴は言った。

『政官財の話し合いには水瀬のグループ会社も呼ばれてます。無関係じゃ無いんですよ』

帰社の途上、ずっと対処を考えていたが思考の整理がつかないままに、765プロのビルの前に立っている。とりあえずやよい担当プロデューサーにどこまで知ってるか問い詰めるところから始めるべきか。エレベーターを使わず階段を上っている間に考えをまとめて事務所の扉を……

「アンタのプロデュースは間違ってるのよ!」

事務所の扉を開いたら、伊織の甲高い怒声に迎えられた。

「そんなこと伊織ちゃんに言われる筋合いはないで!」
「二人とも落ち着きなさい!」

律子が慌てて、伊織とやよいのプロデューサーの間に割ってはいる。事務所にいたスタッフは皆呆然としている。

「筋合い? そんなの! やよいがみすみす潰されるの、見過ごすわけにはいかないわ!」
「潰すぅ? それどんな意味や?」
「だからアンタのプロデュースは間違っているって言ってるのよ!」
「僕のプロデュースがやよいを潰すって言うんかい!?」
「ええ、そうよ! HHHだって濱田のやつやよいのことカワイソウな目でみてたじゃない!」
「……あ、わかった、伊織ちゃん、やよいに嫉妬してんやろ。ゴールデン出たことないもんな」

絶句した伊織の顔から血の気が失われる。見開いた瞳の、その瞳孔が絞られる。唇がわななきながら開いていき、食いしばっている歯がむき出しになる。親にまで秘密にしていた八重歯の犬歯までも露わにして。そのロングヘヤーまでも逆立つような、錯覚。

「伊織っ!!」

伊織の怒りに引いてしまった律子に変わって間に割ってはいる。

「どきなさい!」
「落ち着け伊織」
「これが落ち着いていられるって!?」
「やよいはプロデューサーを信じている。それをお前が間違っているって言ったらどうなる」
「間違っているものは間違っているのよ!」
「じゃあ、俺のプロデュースを律子が間違っていると詰ったら、お前はどう思う?」
「怒るわよ!」
「やよいは、お前をどう思うだろうな」
「……っ!」

だけど!と反論をする機先を俺は制する。

「伊織。この件は俺に預けてくれ」

刺すような伊織の視線を見詰め返す。もう何度も何度も受けてきた、絶対に背けてはならない視線だ。

「やよいのプロデュースを、あなたが変えるというのね」
「悪いようにはしない」
「ちょっ、何いってんですか!?」

伊織の怒気をまともに受け、固まっていたやよいのプロデューサーがようやく我に返る。俺は彼に向き直った。

「君に話がある」

「まさかあなたも、僕のプロデュースが間違ごうてる言うんですか」
「そのまさかだ」
「プロデューサーは互いに干渉しないって了解があるやないですか!?」
「貧乏キャラには異存ないよ」
「じゃあ話って何です?」

ProjectIM@Sの会議を行う部屋に、今は二人のプロデューサーが対峙している。切り出す言葉を選び、俺は口を開いた。

「アイドルアルティメットの八百長、どこまで知っている?」

いきなり切り出され、きょとんとしていた彼だったが、やおら薄ら笑いを始める。

「まあ、いずれバレると思ってましたけどね」
「話せ」
「最初はダメもとで営業に行ったんですわ」

IU3回戦の後の事だった。どうせアポも取れないからと、制作部長に朝駆けの営業をかけたと彼は言った。顔が売れればもうけもの、その程度のつもりだったのが何故かとんとん拍子に制作局長にまで会えたという。

「やよいの家の話にえらい興味をもちはったみたいで、しばらくしたらまた呼び出されまして」

そしてどこかの料亭で「いかにも偉そうな人達」に、やよいを勝者にする事を告げられたという。そして「貧乏アイドル」として売り出すことも。

「最初は半信半疑でしたけどね、IU4回戦勝てると思えなかったのにあっさり勝ててしまいまして。その後もぽんぽん仕事も入ってくるやないですか……」
「その『如何にも偉そうな人達』って名前は分かるか?」
「名刺貰おうとしたんですけどね、断られまして。まあヤバイ話ですし。件の制作局長とため口で喋ってましたからそれぐらいちゃいます?」
「社長に報告しなかったのも、口止めされたのか?」
「『君の所の社長、昔からお堅いからねぇ』なんて言ってましたわ」

物まねを交えて彼は頷く。俺は思わず頭を抱えた。

「なんです? なんか文句有りますか?」
「お前…」
「あなたもかなりやんちゃなマネしたって聞いてますよ。それと何が違うっていうんです?」

俺はさっきゴシップ記者に聞かされたことをそのまま聞かせてやった。前政権の大臣の発言、政務官と業界の癒着、巻き込まれたメーカー、官僚の縄張り争い、話が大きくなるにつれ彼の目から力が失われいく。

「で、でもそれだったら、僕等無敵じゃないですか」

あはは、と乾いた声で笑ってみせる彼に俺はとどめを刺した。

「だが君の話によれば、民放連の仕掛けどころか現場サイドの独断という可能性さえある」
「それでも、というかそっちだったら良くある話やないですか。問題ないでしょう?」
「逆だよ。その方が危ない。何かあれば連中はケツをまくって逃げるぞ。君らが上ったはしごを外してな」

「じゃあ僕はどうすれば良かったんですか!」

余裕を無くし、ついに彼は逆ギレした。

「やよいは何も持ってないですよ! 千早ちゃんみたいな歌も、伊織ちゃんみたいなルックスも、真くんみたいなダンスも! なにも持ってないんですよ! それどころか家のことでハンデ背負って、でも、それでもやよいはがんばって。あんな子をみて何とも思わないなんて男じゃないですよ! 違います?!」 

それは溜め込み続けた彼の想いだった。溢れるような言葉と共に、彼は涙を浮かべる。

「やよいをもっと知ってほしんですよ! みんなにやよいのこと応援して欲しいんですよ! たった一年っ、僕はどうすれば良かったんですか?!」

彼は悪人じゃない。それがこの問題を一層ややこしくしていた。いっそ悪人であれば良かった。全てを利用するつもりであれば良かった。だが今の彼は、踊らされているコマに過ぎない。用済みになれば、捨てられる。

「まずは社長に報告しよう」

彼は涙を袖で拭うと、小さく頷いた。
posted by tlo at 03:20| ○○の仕事風