2009年11月22日

伊織とやよいのサバイバル17

「やよい、おつかれさん」
「あの、プロデューサー」
「やよいー。給食費はもう返さなくてもええんやで」
「あ……でも、やっぱり借りているものは返さないと!」
「利子も冗談ってゆうたやんか」
「……ごめんなさい」

臨海副都心のインターから首都高に入った。律子には下道を使えと厳命されてるけど、やよいの初ゴールデンの帰り道だ。しみったれた事は言わせん...まあ、僕自身この辺の道になれてないのもあるけど。本線に入って加速を始める。街頭が迫っては、背後に飛んでく。車の中にオレンジの光が満ちては引いていく。カクテルライトに照らされてるみたいで、めっちゃ気持ちいい。
実際気分がいい。やよいの出演したHHHはMステと並んで、数少ないゴールデンの歌番組だ。765プロだと春香ちゃんと千早ちゃんぐらいしか出てない。まして伊織ちゃんはゴールデンへの出演自体がまだだ。プロデュースは確実に成果が出ている。IUはもう心配ない。後はそのままやよいをトップにつかせて……

「あの、プロデューサー!」
「うお! なんや大声出して」
「さっきから呼んでたんですけど」

バックミラー越しに、やよいが見詰め返す。らしくない思い詰めた顔してる。

「なんや?」
「あの、今日のステージうまく行ってたでしょうか?」
「ん、問題無かったんちゃう?」
「私の歌、司会者の人も、共演者の人も聞いてなかったみたいで……」
「そんなこと無いって」
「そうですか?」
「ディレクターも褒めてくれたやろ。ご褒美もくれたし」
「余ったお弁当頂いたのは助かりましたけど…」
「やよいの歌を聴くのはカメラの向こうの視聴者って、伊織ちゃんに教えてもらったやんか」
「そうか。そうですよね!」
「大丈夫やって……お、レインボーブリッジや」
「うわー! きれいー!」

窓にかじりついたやよいが、瞳を輝かせる。やっぱりやよいは笑顔がいい。そうだ。やよいがいつでも笑っていられるように、僕はがんばらなあかん。その為なら、どんなことでも。

「私のことを覚えておいて頂いてたなんて光栄ですな」
「そりゃイヤミか?」
「いえいえ、本心からですヨ」

かつて伊織を窮地に陥れたゴシップ記者はクツクツと笑う。奴のねぐらであるこの小さなスタンドバーに、俺は立ち寄った。かけつけの一杯に俺はハイボールを頼む。

「俺も本心から言えば、会いたくはなかったけどな」
「でも電話じゃ済まない話なんでしょう?」
「アイドルアルティメットだ」
「ああ、いま盛んにやってますな」
「何か聞いてないか?」
「何か」
「ああ、何か」
「負けたアイドルが辞めさせられたとかいろいろ聞こえてきますなぁ」

わざとらしい焦らしに、頭に血が上った。ハイボールが差し出されなかったら奴の胸ぐらに掴みかかっていたかもしれない。グラスを傾け、俺は熱くなった喉に炭酸を流し込む。

「まあまあ、落ち着いたらどうです」
「知らないとは言わせないぞ。こないだの『枕』並にでかいネタだ」
「ああ、アレですか。おたくのやよいちゃんは巧いことやりましたな」

札を七枚差し出す。だが奴は苦笑いして、手を振った。

「幾らだ」
「そういう話じゃ済みません。これは」

男はグラスを少し舐めると、俺に向き合った。いつも顔に貼り付いている、歪んだ笑みは消えている。

「これからお話しすること、他言無用に願いますよ」
「どういう事だ?」
「貴方にお話しして差し上げようっていうんです」
「タダでか?」
「いえ、ですから、他言無用にと。もちろん高木の旦那にもね」

俺はゴシップ記者の言葉の意味を悟る。世の中には記事にしたくても出来ないネタがある。例えば、金を渡されているとか、取材対象との信義にもとるとか、あるいは『でかすぎておおっぴらに出来ない』とか。

「だが俺はしっぽを掴んでしまった」
「まあ、しっぽの主がどんな化け物か知れば、喋る気も無くなるでしょうけど」
「アンタは何故喋る」
「こんな仕事してるとね、胸に納めていると胸焼けしてくるんです。職業病ですな。だから叫びたくもなるんですよ。王様の耳はーってね」
「話してくれ」

男はショートホープを取り出し。火をつける。一服目をたっぷりと呑むと、ゆっくりと鼻から抜き、おもむろに語り始めた。

「話は前政権の総務大臣の一言から始まります」

地デジプロモーションを請け負っていたJプロタレントが深夜の泥酔騒ぎのあげく逮捕されるという事件が発端だった。それだけだったら精々タレントが禊ぎを済ませた後、神妙な顔して復帰というイベントで済んだかも知れない。が、時の大臣が「絶対に許さない」と発言してしまった。
このプロモーションを進めていたのはとある政務官であったが、彼は広告代理店やらテレビ局やら様々な接待を受けていた。すっかり恥をかかされた政務官は彼をたきつけた業界人を呼びつけ、失地挽回を図る。

「これがアイドルアルティメットの正体です」
「お手盛りイベントだってのは最初から分かっていたけどな……」
「それが一筋縄ではないんですよ」

アイドルアルティメットは地デジ普及の為のプロモーションと位置づけられている。主催となった民放連は各電機メーカーにスポンサーになるよう要請した。地デジが普及すればテレビも売れるだろう、という理屈だ。だがそれに待ったをかけたのが経産省だった。総務省という後ろ盾で巨額のスポンサー料を無心されたメーカー各社が働き掛けたのである。

「……何故そこまで話が大きくなるんだ?」
「雪だるま式に大きくなっていったんでしょうな」
「で、どこまで大きくなる?」
「政官財で話し合いがもたれ、スポンサー料については一部を国が補助をすることになった。話の規模についてはここまでです」
「じゃあ八百長話はどこから?」
「政権が変わったでしょう?」
「ああ」
「イベントを進めていた政務官も当然スゲ変わりましてね。タガが外れてしまったんですよ」
「じゃあ、これは業界側の暴走って奴なのか?」
「そういうことです。視聴率も下がり気味だったことですし、新政権は無駄を仕分けるなんて言っている。『スター』が欲しくなったんでしょうな」
「それがやよいという事か」
「彼女こそはアイドルアルティメットでチャンスを掴み、スターの座を駆け上がっている、超赤貧シンデレラ、やよいちゃんです!……なんて、彼らが好みそうな筋書きだと思いませんか?」

記者は灰皿の上ですっかり短くなってしまった煙草を取り上げると、惜しむように一服だけ吸ってもみ消した。ハイボールが上げていた炭酸の飛沫もすっかり少なくなっている。やれやれ、とんでもない事に巻き込まれたものだ、とどこかの小説のように感想を漏らし、自体の大きさを改めて俯瞰する。

「念のために言いますが、くれぐれも他言無用で願いますよ」
「業界の暴走なんて、大衆が喜びそうなネタじゃないか。記事にすればいい」
「私は蝙蝠だっていったじゃないですか。そんな大きな嵐に巻き込まれたらたまったもんじゃありません」
「じゃあ誰かにリークをすれば……」
「だからしてるでしょう」
「…………俺にか!?」

男はシッシッと笑い、薄ら笑いの面を被った。いや、あの真顔こそが仮面だったのだろう。愉快そうに男は笑い続けた。

「正直、私もどこまでデカイネタか分かりかねてましてね。火をつけてもいいけど下手すれば爆発に巻き込まれるのも面倒で。だったらかき回して様子を見てみようと、そういう事です」
「俺も業界の末端にいる人間に過ぎないぞ」
「貴方は金の鍵を持っているじゃないですか」

怪訝な顔を隠そうともしない俺に、彼は告げた。



「お忘れですかい? 貴方の担当アイドルは、水瀬財閥の人間ですよ」

posted by tlo at 18:01| ○○の仕事風