2009年11月21日

伊織とやよいのサバイバル16

「すいません。仰っていることがよく理解できないのですが」
「有り体に言うとさ。アイドルアルティメットは辞退してもらいたいんだよね」

ドラマの打合せにテレビ局に向かうと、俺はいつもの会議室ではなく編成局長室へと通された。一介の芸能プロの社員ではアポさえ取れない相手だ。その上、何事かと身構え部屋に入れば歓待を受ける。何か裏があるんじゃないかと思えば案の定だった。

「理由をお尋ねしてよろしいですか?」

編成局長の横に座っていた番組プロデューサーが口を開く。彼が言うには、先のクールで成功を収めた伊織を高く買っているという。ヒロイン交代を受け入れたのも、Jプロの圧力以上に伊織の勢いを殺したくなかったからと。芸能界の格付けを慮って今回は準レギュラーだが、結果を残せば春クールにはヒロインを考えているとまで彼は言った。

「伊織ちゃんとJプロの彼で、『紅いシリーズ』の復活させたいのです。どうでしょう」

紅いシリーズといえば百恵が名を馳せたテレビドラマであり、この局の看板ドラマでもあった。つまりはJプロと765プロのプロモーションに乗っかろうといういう事だろう。彼らの腹は読めた。だがしかし、

「ですが、それなら何故アイドルアルティメットの辞退が必要なんですか?」
「負けると評価が落ちますよね?」
「お言葉ですが、うちの伊織は簡単に負けませんよ」
「いやー。それが勝てないんだよね」

再び編成局長が口を開く。

「何故です?」
「だって、もう勝つのは決まっているんだもん」
「決まっている? どういう事ですか?」
「知らないの? 聞いてない? というかおたくの子じゃなかった?」
「え、それは……」

俺が言葉を発するのを気にもせず、彼は軽い口調で言い継ぐ。

「高槻やよい。あの子をチャンピオンにするって、こないだ取り決めたんだけどなぁ」


「小鳥さん? 社長はいらっしゃいますか? そうですか……あ、オーデション? ええ無事勝ちました。それを報告と思ったんですけど、ええ、はい、わかりました。社長戻られたら伝えておいて下さい。じゃあ、失礼します」
「律子、ワンセグ見せてくれない?」
「これ対応してないのよ」
「動画も見れるって、この間自慢してたじゃない」

IU4回戦を伊織は危なげなく勝ち抜いた。プロデューサー代行として付き添った私だったが、実際やる事と言えば事務的な手続きぐらいなものだった。伊織は泰然としていて、逆に私にはっぱをかけてきたぐらいだ。

『律子、こんな所で油売ってないで挨拶して名刺でも配ってきなさいよ。プロデューサーなんでしょ?』

私はセルフプロデュースという形で再デビューする事にした。社内ではプロデューサーとして扱われているが、対外的には私は765プロのアイドルだ。伊織の言葉は厳密には正確じゃないにしろ、営業が大事なのは間違いない。もっとも、付き添いで来ているのに肝心なアイドルをほったらかして自分を売り込むというのはあまりに体裁が悪く、審査員や現場スタッフへの挨拶に止めたのだけど。

「チューナーは別売りなの。あなたの携帯は見れないの?」
「最近変えたからよくわからないのよ」
「どれどれ、見せてごらんなさい……って何この機種。見たこと無いわ」
「兄さんに頼まれてモニターしてるの」
「ミナセニックの新機種というわけか……ふむふむ、あ、見れるみたいよ」

スマートフォンを操作すると、画面にやよいの笑顔が映し出される。やよいはゴールデンタイムの歌番組に出演していた。もちろん初出演だ。この間のIU4回戦を勝ち抜いてから、やよいには次々仕事が舞い込むようになった。絶好調である。
伊織は着替えもそこそこに画面を食い入るように覗き込む。楽屋に残っているのは私と伊織だけになっていた。

『アルバイトでアイドルしてるってホンマなの?』
『え、あ、そんなことは無いですけれど』
『でも、給食費稼がなあかんのやろ?』
『あ、はい。プロデューサーに借りたお金返さないといけないんです!』
『え、自分、お金借りてるの?』
『はい! 利子もついてるから早く返さないとー』
『利子っていくら?』
『12円』
(爆笑)

案の定、やよいは司会者の芸人に貧乏ネタでいじられていた。大きく溜息をつく私の横で、伊織は眉をつり上げていた。その形相に思わず私は引いてしまう。

「アイドルがしちゃいけない顔になってるわよ」
「律子、やよいが給食費借金してたって知ってた?」
「やよいが言ってる事が、私の知ってる事だったら、やよいはそもそも借金してないわよ」
「どういうこと?」
「プロデューサーに頼まれて、給食費を765プロの経費として落とした事があったの。多分ネタでしょ」
「やよいが自虐ネタなんかでトークしてるっていうの!?」
「あるいは、やよいの事だからキチンと返そうとしてるのかもしれない。あの子の性格考えればこっちの方があり得る可能性よね」

口を結び、伊織は画面を凝視する。液晶に穴が空いてしまうんじゃないかというぐらいの鋭い視線はだけど、映っている番組の裏を見透かそうとしているのかもしれない。携帯のスイッチを切ると、伊織は傲然と言い放った。

「こんなの、違うわ」
「何が違うのよ」
「アイドルじゃない」
「私も自演自虐ネタで売り出されたときには腸煮えくりかえったわよ。でもそれがきっかけにはなった。その後はやよいの器量とプロデューサーの手腕次第よ」
「違う、そんなこと言っているんじゃない。やよいはもっと、アイドルなのよ」
「何が気にくわないのよ」
「くうくわないじゃなくて!」

と、楽屋のドアが開いた。開いたとたんに浴びせられた伊織の怒声に、別番組にでるであろうタレントさんが凍り付いてしまっている。

「続きは帰ってからにしましょう」
posted by tlo at 16:24| ○○の仕事風