2009年09月19日

伊織とやよいのサバイバル14

#あと5回ぐらいです…

真を担当していた彼は熱弁を振るった。
「そりゃ、俺もボーイッシュな女の子って分かりやすいコンセプトで真をプロデュースしたよ。でもそんなキャラ付けやレッテル張りはしなかった」
先週プロデュースを終えたばかりの律子担当の彼は顔を上げた。
「いや、鋭いマーケティングだと思う。いろいろと厳しい時代だからこそ、ヘンに夢や希望を謳うよりは地に足が着いた感じがするだろう?」

プロデューサー会議は久々に荒れた。議題はやよいのプロデュース方針だった。今、やよいは「貧乏大家族崖っぷちアイドル」として売出ししている。IUでテレビへの露出が増えたやよいの顔を覚えてもらおうと、やよい担当プロデューサーが仕掛けたのだ。
プロデュース方針は各担当に一任され、会議は基本的にプロデューサー間の情報交換の場であるのだが、時にこうした議論が起こる。その様子を見ていた律子が目を丸くしている。1年を終え、プロデューサー見習いとなった彼女も会議に出席していたのだった。
「驚いたか?」
隣に座る律子に声をかけると、彼女は興奮気味に応えた。
「私達のプロデュースってこんな風に決まっていたんですね」
「ここで決まる訳じゃないけど…でも律子の転身はここで決まったな」
律子のプロデューサーは自らのマーケティング理論を実践する為に、大手広告代理店を辞めて765プロに入った変わり種である。同じく頭脳派の律子とは馬があった。ネット中心のプロデュースは初動こそ苦労したものの、とある動画サイトにプロデューサー自らアップした手描きPVが話題となり、一夜にして彼女はメジャーネットアイドルとなる。それを足がかりにプロデュースは順調に進んだ。そして世界進出の布石として彼はアジアへ打って出る戦略を描くが、律子の思惑は違っていたのである。
「君のプロデューサーとしての資質は問題ない。だけど『アイドル秋月律子』にも未練はあって、決めかねた彼はこの場で意見を求めたんだ」
「んもー、優柔不断なんだから」
他のどのアイドルとも違い、活動方針の決定からプロデューサーと二人三脚をしてきた彼女だ。言葉とは裏腹の柔らかい表情は、余人ではうかがい知れない絆の証なのだろう。

「君はどう思うかね?」

社長が俺に意見を求めると、プロデューサー達の視線が注がれる。ふと、向こう正面に座るやよい担当の彼と目が合った。瞳は定まり、口元もしっかり結ばれている。議論の俎上に載せられ参っているかと思ったがそうでないらしい。ならば遠慮は要らないだろう。
「IUは短期決戦の上、視聴者投票も有ることを考えれば、名前と顔が一致するというのは非常に有利です。ですが――」
やよい担当者の表情がわずか険しくなるのを見ぬふりをして、俺は続ける。
「IUが終わった後も、やよいにはその『キャラ』が求められる事になるかもしれません。そうなれば仕事の幅も狭まります」
「IUの後にイメージ変えれば、問題ないと違います?」
「やよいはイメージ変更に対応することになるね」
「できますよ」
それ以上は何も言わずに、俺は発言を終える。社長は一つ頷いた後、今度は律子に発言を求めた。

「え、私ですか?」
突然矛先を向けられ慌てる律子に、彼女担当だったプロデューサーが声をかけた。
「いつも僕に言ってたみたいに、容赦無く言えば良いよ」
「容赦なくって。まるで私がずけずけ言ってたみたいじゃないですか」
「違うの?」
思わず噴き出してしまうと、律子が睨み付けてきた。にやけ顔を必死に抑える頬に冷や汗が伝う。だがこの一連のやりとりで場の空気は和んだようだ。社長が改めて意見を促す。
「君はどう考えるか、聞かせてくれたまえ」

「メジャーになるためには、多少の無理は必要と思います」
顎に手を当て少し考えた後、律子は口を開く。
「意に沿わない仕事もやらなきゃいけない時だってあると思うんです」
「やよいが、嫌々やってるとでも言うんか?」

「例えそうであってもそれが方針なら、プロデューサーを信じてやるんです」

律子はきっぱりと答える。けんか腰だった彼も口をつぐんだ。それはプロデューサーの意見ではなく、このプロデューサー会議で今まで聞いたことの無かった「アイドルの声」だった。IUに出場している伊織とやよいを除き、他のアイドルは1年のプロデュース期間を終えていた。その1年を経験したプロデューサー達でさえ、いや1年を経験したからこそこの言葉は、襟を正させるに足る重みがあった。
「あの、もしかして何かまずいこと、いっちゃいました?」
静まりかえった会議室に律子は慌てる。社長は満足そうに何度も頷いた。
「律子君。これからも頼むよ」

「なあ、やよい」
「なんですか? プロデューサー」
オーデション会場の舞台袖で、やよいと最後のミーティング。IU4回戦は強豪揃いの天王山になった。前回足切りされかけたやよいは、しんどい戦いになるはずだ。というか、まともにしてたら無理。そういうレベルだ。
「やよい。僕のこと信じてくれるか?」
「ど、どうしたんですか?」
「答えてくれんか」

昨日の律子の言葉は正直こたえた。このプロデュースが飛び道具だって事ぐらい分かってる。家族持ち出してお涙頂戴なんて、今日日の演歌歌手だってようしない。だけど、僕はやよいが家族のためにがんばってるって事を知っている。その事実を、そのまま知って欲しかった。それだけだ。やよいもこの方針に、うんと頷いてくれた。
それに、これはIUを勝ち抜く秘策でもある。

「はい。私、プロデューサーのこと信じてます」
やよいは力強く頷いてくれた。僕はやよいに作戦を授ける。正直博打だ。でもこれぐらいせな勝算さえ生まれない。やよいはまた頷いてくれた。
「わかりました!」
「がんばれ、絶対勝てるで!」
「はい!」
「じゃあ、いつものやろか」
「ハイ! ターッチ!」

ぱちん、と音をさせて、やよいの上げた右手を叩く。

「イエイ! じゃあ行ってきますね!」
posted by tlo at 03:10| ○○の仕事風