2009年08月02日

伊織とやよいのサバイバル13

「合格は4番! やったな! おめでとぅ!」
「うっうー! ありがとうございました!」

IU第3回戦も突破した。結果発表会場に詰めかけた観客の歓声にやよいは、勢いよくお辞儀をして応えてる。視聴者投票はどんどん票が増えてきていた。IUに出たのはライブ活動で積み重ねた人気に火を付ける為だったから、今のところは目論見通り。次に勝てればメジャーの仲間入りも夢じゃない。
だけど正直危なかった。途中で足切りに遭う所だった。勝ち残ってきたアイドルはやっぱり実力者揃いで、僕のハンパなレッスンしか受けれんかったやよいは苦しくなってきてる。伊織ちゃんに特訓をお願いするわけにもいかんし、大体付け焼き刃でどうにかなるレベルじゃない。勝ち残るには、何かが必要だ。
と、急に会場がざわついた。ステージを見ると、やよいと最後まで争った子が泣き崩れた。

「う・・・・うえええええ・・・・」

可愛い顔がぐしゃぐしゃになって、涙でメイクが流れる。そんな顔を隠しもせず、彼女はワンワン泣いている。
ざわつきが大きくなっていく。さっきまで盛り上がっていた会場が冷えてくのがわかる。この後ここで、やよいのライブがあるというのに。やよいもあまりに急な事に、女の子の前に立ちつくしている。泣いて座り込んだ負けた子を、やよいが見下ろしてる絵がモニタに流れる。マズイ。
その時、会場レポーターをしていた芸人が飛び出してきた。僕の兄弟子だった人だ。女の子をなだめてなんとか立たせると、やよいに向き直る。

「やよいちゃん。この娘の為にも、がんばらなあかんで」

その一言で、やよいはやっとで頷いた。兄さんが女の子と一緒に舞台袖に歩き始めると、ADが客席に合図。一斉に拍手があがる。カメラに向けられた司会者が〆の一言。

「夢を叶える者達の影に、力及ばず倒れていく者もいます。これがIUなのです」

CMにはいった。スタッフがあわただしく動き始める。僕も舞台裏まで戻ってきた兄さんを迎えた。

「ありがとうございます! 助かりました、兄さん!」
「あー、ええて、ええて」
「でも、兄さんがいなかったらホンマどうなってたか」
「それが俺の仕事やからな。そんなことよりお前、あの子のフォローいってやり。まだ上の空って顔してたで」

そこにADに連れられてやよいが戻ってきた。兄さんが言うとおり、まださっきのショックを引きずってる。やよいと目が合う。僕が声をかけようとすると、楽屋に怒声が響き渡った。

「アンタの所のアイドル、IUをぶちこわすとこだったんだよ!」
「すいません! 本当にすいません!」
「謝って済む話じゃないよ! IUってのはうちの局だけの番組じゃない事ぐらい分かってるるよね!? これは国の事業なんだよ!」
「はいっ、それは重々分かっております」
「もう、アンタの所に仕事回さないから」
「申し訳ございません! もう二度とこのような事が起きないよう十分指導しますからっ!」
「やっぱり分かって無いじゃないか! だったら、最初からきちんと指導して来いよ!」

激怒したディレクターはもう顔も見たくないという風に、踵を返してつかつかと歩いてく。その後を、なじられていたマネージャーが追いかける。現場に一人残された彼女は、もう泣くことも出来ずに、床を見るしか無くなっていた。もうなんとも言えない顔。そんな彼女を遠巻きに、スタッフ達は本番の準備を進める。

「プロデューサー……」

首を振ってやよいに応える。やよいの事だからあの子を励ましてあげたいんだろうけれど、ここは放って置くしかない。大体「勝者」の言葉が慰めになんかなるわけない。

「あのな、やよい。さっきレポーターの人にも言われたやろ。あの子の為にもガンバレって」
「でも……!」
「どないした?」
「いえ、なんでもありません」

何かを言いかけたけど、やよいは頭をぶんぶん振って、自分の顔を思い切りひっぱたいた。

「私、頑張ってきます!」
「おう、頑張りや!」


『あの子も大丈夫なんか?』
『やよいがですか? 兄さん』
『せや。あの子テレビ慣れしとらんやろ、きちんと教えとかんと潰れてまうで』

「………プロデューサー?」
「え、あ、やよい?」
「私、ごちそうになって本当にいいんですか?」
「今日は頑張ってくれたからな。なんでも注文しいや」

やよいと一緒にファミレスで夜食。あんな事が合ったというのにその後のライブは最高で、会場のテンションは上がりまくった。やよいはあの子の為に頑張った。今回の予選が公録だったのも良かった。観客がおると、やよいはホントに水を得た魚だった。
だけどあの後、兄さんに言われた。そう、やよいはまだテレビ慣れしてない。昔は芸人も上京してテレビに出るっていうのは博打だったという。新喜劇の舞台とテレビじゃ全然やり方が違うって、僕の師匠の世代の人らはめちゃめちゃ苦労したそうだ。だけど今では逆に、新喜劇のやり方がテレビバラエティの標準みたいになってしまった。「ボケ」「つっこみ」は基本。わかりやすい「キャラ付け」や「お約束」が、僕等芸人だけでなく全ての出演者に求められるようになった。局アナだろうが、スポーツ選手だろうが、アーティストだろうが、学者さんだろうが。もちろんアイドルだったら当たり前だ。
あの子はあそこで泣くよう求められてなかった。逆にやよいは泣いたあの子を慰めてやらなならんかった。やよいがうまく立ち回れば、むしろオイシイ場面になっていたはずだったからだ。

「……という訳。あの子が叱られたんは、まあしゃあないんや」

注文したのを待つ間、僕はやよいに言い含めた。やよいはぽかんと話を聞いていたけど、僕が話し終わると躊躇いがちに口を開いた。

「いきなりは難しいだろうけど、だんだん慣れていこうな」
「あの…」
「どうした?」
「それって、どんなに悲しくても泣いちゃいけないって事ですか?」
「……そうや」

芸人は、親の死に目にあっても舞台の上で泣くことはない。アイドルだってそうだ。舞台に上がる以上、プロである以上それが正しい。

「だって、やよいが泣くとこなんて見たらみんな悲しくなるやろ?」

まだ納得できんのか、浮かない顔してる。だけど、やよいもプロで、アイドルだったら呑み込んでもらわなならん。

「あの子も、やよいが頑張ったから許してもらったしな」
「そうですよね。私も、みんなが笑っている方がいいです!」

ようやくやよいに笑顔が戻る。注文してた料理が来た。やよいはサンドイッチを一切れだけ食べて、後は包んでカエルのポシェットに収めてしまった。僕は溜息混じりに、空いた皿に自分のスパゲッティを分けてやる。

「プロデューサー?」
「思ったより結構多くて。残すのもったいないし、手伝ってえな」
「あ、わかりました」

営業先で出された仕出し弁当をパッキンに詰める姿を何度も見た。こんな切ないとこ、もうみたない。絶対やよいをトップアイドルにしたる。スパゲッティをすするやよいを見ながら、僕はそう誓った。

「ほら、ケチャップ口元についとるで」
「ふぁ、ふいません。ふろでゅーさー」
posted by tlo at 01:42| ○○の仕事風