2009年07月28日

伊織とやよいのサバイバル11

「合格は3番ちゃんです! やったわね〜! おめでとう!!」

ドラムロールが止む。スポットライトが集まり、カメラが一斉に一方を向く。伊織はすかさず笑顔を見せ、カメラに向かって手を振った。鳴り響くファンファーレ。

「ありがとうございますー!」

自然な喜びの表現。以前だったら大げさすぎるぐらいに「作って」いた。負けてしまった相手の形ばかりの祝福にも応え、彼女にも見せ場を作る辺りも卒がない。テレビバラエティを離れて数ヶ月。勘が鈍ってないか不安だったが杞憂だったようだ。
IU一回戦。伊織は圧勝した。オーデションを受けるのも実は数ヶ月ぶりだったのだが、終始危なげない展開は見ていて頼もしい程だった。三次選考も相手は大手プロダクションが売り出し中の新人だったが、伊織を脅かすには至らなかった。
CMに入り、ADが駆け寄ると伊織をメイク室に連れて行く。舞台袖ですれ違い様に俺が親指を立ててみせると、伊織はウインクして返した。

「765プロさん。伊織ちゃん、とっても良かったわ」

入れ違いにやってきたのはヴィジュアル審査員の山崎すぎお氏だった。オーデションで出来の良かったアイドルに声をかけるのは、情熱家である彼には珍しくない事なのだが、それだけにこれは単なる社交辞令ではない本物の賛辞である。

「ええ、私も驚いています」

素直に率直な感想を返す。こういう時の彼に裏表は必要ない。

「Jプロの彼とお付き合いしてるんですって?」
「あくまで、仕事での付き合いですよ」
「恋する女の子はキレイになるのよ。演技でも迫真に迫ればね」
「そいうものなんですか?」
「そういうものよ。久しぶりにいいもの見せてもらったわ」

スタイリストにしてデザイナーである彼は、広い見識と独自の審美眼を併せ持っている。が、彼をして業界内でも高い信用を得ている審査員たらしめているのは、「テレビ局の都合」や「芸能プロの誘惑」を切り捨てる高いプライドであった。もっともこのIUにおいて、その信用が担保されるのかは不明であったが。

「久しぶり、ですか?」

ふと、気になった言葉を聞いてみる。IUの審査は毎週あるはずだ。山崎氏は溜息混じりに答えてくれた。

「とにかく目立つ格好してくる娘が多いの」
「キャッチーな事は悪くないと思いますが」
「きちんとコーディネートして、その娘に似合っていればね」

IUオーデションにも服装規定はある。だが、規定の隙間を縫ってアイドル達は様々な工夫を凝らしていた。髪の留め方まとめ方を変えるのは初歩で、まるで水着と変わらないアスリートのレーシングウェアを着込んでくるアイドルまでいる。普段のオーデションであればあり得ない事だ。

「ちょっと地味でも私はきちんと評価するし、どんな派手でもダメなものはダメなの。そもそも私はそんなとこ審査対象にしてないってことぐらい分かってるでしょうに。投票があるからって視聴者に媚びて、自分をねじ曲げてどうするのよ。もううんざりだわ」
「アイドルは電波芸者ですから。しょうがない一面もありますよ」
「真のトップアイドルを決めるなんていうから私も興味があって審査員を引き受けたんだけど……」

審査員という立場を考えれば不適切な発言ではあろう。視聴者投票の導入には彼が最後まで抵抗したと聞いていた。相当不満が溜まっているに違いない。

「一つ聞いていい?」
「なんでしょう」
「あなたにとって、真のトップアイドルってどういう存在なのかしら?」
「時代と寝るアイドルですよ」
「あなたも伊織ちゃんに妙な格好させるわけ?」
「時代を追いかけてたら、時代と寝れるわけ無いじゃないですか」
「平成の百恵に期待してるわ」

いくらか明るさを取り戻し、彼は会場を後にする。ADや美術スタッフが舞台裏をあわただしく動く。勝利の報酬、テレビライブの本番にはまだ少しかかりそうだった。
「いやったぁ!!」
「ここまで圧勝するか。ホントすごいな」
「だって伊織ちゃんですから!」
「やよいー、ちょっと声デカイわ」
「えへへー、ごめんなさい。プロデューサー」

家電量販店のテレビ売り場。伊織ちゃんの初戦を、僕とやよいは営業先のショッピングモールで見た。僕が恥ずかしいと言ったらやよいは、いつも見てるから平気ですと答えた。家のテレビがまだアナログで、どうしても見たい地デジ放送は近所の電気屋で見せてもらってると。いつの時代やねんとつっこみたくなったけど、これがやよいの家の現実だ。
やよいの家は貧乏している。給食費が払えない子はニュースで見るけど、まさか担当アイドルがそうだとは想像もつかなかった。ライブや営業を活動の中心にしたのは、そんなどうしようもない家庭事情も考えての事だ。もちろん、やよいがライブが得意だっていう理由が一番でかい。だけどこういう営業は、代理店やテレビ局とかのマージンが無い分事務所に入ってくるギャラが違うし、やよいにも手当がつくから実入りがいい。
そうじゃなければ、明日IUの二次予選があるっていうのにこんな地方にいてる訳ないのだ。さっさと帰って、やよいにはコンデションを整えてもらわなあかん。

「それじゃやよい、行こか」
「あの、伊織ちゃんのステージも見たいんですけどダメですか?」
「お前、伊織ちゃんのことホントすっきやな」

帰ろうと促すと、どうしてもダメですか?と上目遣いされる。僕はこの表情にめっちゃ弱い。

「しゃあない。終わったらすぐ帰るからな」
「やったあ! ありがとうございます!」
「だから声デカイって」

CMが終わるとじきに伊織ちゃんのステージが始まった。伊織ちゃんのステージは何度も見たけど、デビュー直後のとはモノが違っていた。当たり前といえば当たり前だけど、ここまで別モンに見えるのは「見る目」が違うからだ。
そう、伊織ちゃんはもう僕等のライバルだ。僕は伊織ちゃんを、765プロの仲間じゃなくてライバルとしてみている。下手すればこんなのと当たるのかと考えただけでぞっとする。ステージを見終えて、放心してしまった。気づくとやよいも、とっくにCMに入ったテレビを見て固まっていた。きっと僕と同じ事を感じたに違いない。

「うーっ! 伊織ちゃん、すごいー!!」
「って、うれしいんかい!」
「え、だって、すごくないですか?」
「そりゃスゴイと思ったけど!」
「だったらプロデューサーも一緒に喜びましょー! うっうー!!」
「うっうー! ……じゃなくて!」

などとノリつっこみを決めてからやよいに向き直る。

「あのな、やよい。伊織ちゃん、IUに出場しとんの」
「はい!」
「って事は、やよいと当たるかも知れないんやで」
「そうですね」
「当たったら、やよい、どうする」

やっと、やよいは考え込んでくれた。当たらない方がいいに決まってる。仲のいい二人が争うなんて見たくないし、正味伊織ちゃんに勝てそうにない。けど、勝ち上がっていけばいずれぶつかることになる。心の準備をさせておくに超したことはない。

「やよい、どうする?」
「えへへー、ちょっと嬉しいかもって思いました」
「なんでや?!」
「だって私、今、伊織ちゃんと同じIUに出ているんですよ。そう考えたら、すっごく嬉しくって」
「やよいは、伊織ちゃんとちゃんと戦える?」
「ちゃんとしなかったら、伊織ちゃん怒ると思います」

そっか、とそれ以上は言わなかった。戦えばどちらかが負ける。やよいはそこまで分かっているだろうか。まして伊織ちゃんは、IUで負けたらアイドルを辞めさせられてしまうなんてとても言えない。そんなことまで言い含めたら、明日の予選に響いてしまう。事情を教えてくれた彼女のプロデューサーには同情するけど、こっちも必至。負けたら明日がないのは、やよいも一緒だ。

「じゃ、帰ろ」
「はい! プロデューサー!」
posted by tlo at 00:03| ○○の仕事風