2009年06月21日

伊織とやよいのサバイバル2

「何で私達は出ないのよ。手っ取り早いし、白黒はっきりするし、良いことずくめだわ」

前日の会議の結果を聞いた伊織は、予想通りの第一声を発した。確かにこれほど彼女好みの祭典は無く、実力以上のものを発揮できれば優勝も夢ではない。が、俺はアイドルアルティメットに出場するつもりは最初から無かった。

「出来レースだよ。ただでさえ地デジのプロモーションはコケまくりなんだ。夜の公園で『ヤヨイー!ヤヨイー!』って暴れるようなアイドルを間違っても選ぶわけないだろ?」
「バカっ! 私がそんなことするわけ無いじゃない!」
「冗談は追いといて」
「真面目に話しなさいよ」
「どんなに派手な謳い文句を掲げても、総務省も絡んだお手盛りイベントだ。CMみたいなもんだよ。だったらスキャンダルは無い方が都合がいい」
「私じゃダメだって言うの?」
「あれから伊織にCMの仕事があったか?」

そう言うと伊織は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでしまった。ドラマの仕事は増えたがCMは現状皆無といっていい。スポンサーはスキャンダルに敏感だ。ただでさえ水瀬財閥の末娘という事で使いづらいとは言われてきたが、この間の騒動がとどめを刺した格好になった。

「それに活動方針とも食い違う。伊織のことはもう少し長い目で見ていたんだ」
「長い目ってどれぐらいよ」
「そうだな…3年ぐらい」
「3年も待っていられるわけ無いじゃない! やっぱり出るわよ!」
「違う違う! そういう意味じゃなくて」
「どう違うって言うのよ!」
「息の長い活動をして欲しい。君はさらに大きくなれる筈だ」
「仕事さぼる口実を作ってるんじゃないでしょうね」
「IUじゃ君の価値は計れない。そう思っている」
「……ま、私が出れば優勝なんて決まっちゃうようなものだから、今回はやよいに譲ることにするわ」

「プロデューサーさん」

ふいに声がかかる。記者が来たと小鳥さんに告げられて、俺は取材のアポを思い出す。伊織もとたんに顔をしかめた。分からないではない。今取材に来るということは、例のJプロ関連の事は聞かれるだろう。痛くもない腹を探られるのは、実際痛んでいる腹を探られるより煩わしいものだ。

「記者の前でそんな顔するなよ」
「分かってるわよ」
「余計なことは喋るなよ」
「分かってるわよ」
「マナジーが無くなるぞ」
「なによそれ」
「愛とか勇気とかその辺のものだ」
「訳分からないこと言ってると蹴るわよ」
「気持ちをほぐすギャグのつもりだったんだけど……」
「……だったらもっと気の利いたネタを用意しときなさい」
「でな、その超時空勇者が…」
「だから分からないって言ってるでしょっ!」


「天使にあったらどうするか、ですか?」
「うん、伊織ちゃんだったら何をお願いする?」
「えーとぉ、いろいろあって選べませーん」
「あはは、欲張りだな」
「だから、自分で願いを叶えたいって思います!」
765プロの応接室では、実にどうでもいいインタビューが続いていた。事前の話では今期のドラマに主演しているアイドルの特集という事だった筈である。あるいは本題に入る前の、舌を滑らかにしてもらう前振りなのかも知れない。だが特ダネをすっぱ抜こうなどというギラギラとした野心をその記者から感じることもなく、老舗アイドル誌だったらこんなものかと、俺は胸をなで下ろす。

「……じゃあ、共演者の○○君についてどう思いますか?」

インタビューが進んで本題に入って束の間、その質問が出た。伊織はちらりと俺に視線をよこす。

「すいません。その質問はちょっと無しって事でお願いします」
「ああ、あくまで『共演者』として彼をどう思うかって事なんですけど……ダメですかね」

俺は両手の人差し指でバッテンを作って、記者に苦笑いしてみせる。記者も苦笑いを返すが、ただ引き下がらない。やはり彼も記者には違いなく、無碍にすることは出来ないだろう。今後の活動も考えれば良好な関係を作る必要もある。念のため記事を事前にチェックすることを条件に、その質問を了承した。伊織に目配せすると、彼女は軽く頷いて返す。

「カッコイイのは当然だけど、とても真面目な人よね」

伊織は卒のない応答をした。だが内心は「センス無いけど」と思ってるに違いない。

「へぇ、そうなんだ」
「ええ、とても熱心なんですよ」

内心「無駄な努力だけど」と思っているに違いない。

「じゃあ伊織ちゃん、そんな彼を見てどう思う?」
「やっぱり、カッコイイと思います!」
「カッコイイのは外見だけじゃないってことなんだね」
「はい!」

「暑苦しくて私はイヤだけど」という本音を完全に包み隠して、伊織は笑顔で小首をかしげる。記者は満足そうに頷いた。ほぼ満点の回答に、思わず親指を立てて見せる俺に、伊織は得意げな顔を向けて見せた。その後の質問にも伊織は丁々発止で答えてみせた。記者も伊織の話術に引き込まれ、インタビューはその後、伊織の独演会となった。

「今日は良い取材が出来ました。記事で伊織ちゃんのこと応援するからね」
「本当ですかぁ?! 伊織、すっごくうれしい!」

上機嫌の記者が帰って行くのを二人で見送る。記者の姿が見えなくなるのを確認して、俺は伊織を労った。喋りまくった伊織も上機嫌。後は送られてくる記事を事前チェックすればいい。この取材は双方にとって大成功の筈だった。
posted by tlo at 04:04| ○○の仕事風