2009年06月20日

伊織とやよいとサバイバル1

#SP世界

「すると水瀬君のあの記事は嘘という事だね?」
「ええ、事前に差し止めの要請はしたんですがJプロがプッシュしたようです」
「え、Jプロからなの?」
「ああ、主演の彼はJプロが今一押ししてるけど、ドラマの視聴率は今ひとつなんだ。話題作りの一環だろう」

765プロ会議室。今行われているのは社長を交えた"Project iM@S"の定例会議だが、プロデューサー達はU字に置かれた折りたたみの長机の思い思いの席に座っている。席順によるメンツを気にする人間がここにいるとも思えないが、自由な発言を促す社長の配慮なのだろう。実際ここで何かが決まるという事はなく現状報告や情報交換が行われる程度で、担当アイドルの今後の活動方針を決めるのはあくまで各プロデューサーである。
今の議題は伊織のスキャンダル記事についてだ。件の映画出演以来ドラマ出演のオファーが増えている。この夏クールでは日元テレビ土9ドラマの出演を射止めた。今回写真誌を飾ってしまった記事は、そのドラマの主演アイドルとのものだった。写真はロケ先のホテルでたまたま二人きりになった所を撮られたものだったが、念のために確認すると伊織はにべもなく答えた。

「あんなお子ちゃま、私の趣味じゃないわ」
「……彼、お前と歳変わらない筈だぞ。むしろ二つ上じゃなかったか?」
「一から十までお膳立てしてもらってるのに、箸の上げ下げも出来ないのをガキっていうの」
「まあ、あの演技はさすがにちょっとなあ……」

スキャンダラスなイメージがまとわりつくのは伊織も俺も覚悟の上だ。しかしワイドショー辺りで散々ネタにされ、安易に消費されるのは気をつけなくてならない。だから記事は差し止めたのだが先方の思惑は違っていたらしい。男性アイドルをほぼ独占する業界最大手のJプロがプッシュするなら中堅765プロでは抑えが効くはずもない。雑誌社の記者を締め上げると彼はそう白状した。

「いろいろと複雑だな」
「スキャンダルを嫌うJプロがそんな手段に訴えるほど追いつめられていると考えれば、伊織は体よく使われた事になる」
「逆に伊織ちゃんのプレゼンスが上がってるって事じゃない?」
「……そういう考え方も出来るか。それでも不本意であることは変わらない」
「対策はどうかね?」
「特別な対策は取りません。伊織にも事実だけを話すように伝えてあります。Jプロがこれ以上煽らないならこの件は単発で終わりです」
「煽った場合は?」
「こちらもそれなりに利用させてもらうことになります」
「分かった。何か私に出来ることがあるなら言ってくれたまえ」

発言を終えて腰を下ろし、会議室を見回す。広くもない会議室に大の男が6人もいるのだから余計に狭く感じてしまう。だが以前はここに11人いて暑苦しい程だった。美希の担当以外にも春香、千早、真、雪歩を担当していたプロデューサーはここにいない。伊織に先行してデビューしたアイドル達は1年の活動期間を終えてた。
活動期間を終えた彼女たちはそれぞれに進路を決めた。春香はアイドルを続け、千早は歌手としてアーティスト指向強めていく。真はダンサーとして舞台の仕事を増やしていくそうだ。プロデューサーもそれぞれ進退を決めた。春香と真のプロデューサーは彼女らの担当から退いた。彼らは新たにアイドル候補生をプロデュースするという。

アイドルが自立したなら、プロデューサーは不要だ。

社長の持論「活動期間は一年」の真意はここにあった。雪歩達のように、結果を残せなかった場合の早期の「リセット」だけが目的ではなかったのである。逆に彼女たちが、その時々の活動方針に沿ってプロデューサーを選ぶ事になるだろう。事実千早は海外進出を掲げ、プロデュースの継続を懇願しそれが容れられている。
伊織と俺にも、あと2ヶ月でその時が来る。伊織は何を選択するだろうか。その選択肢に俺は入っているだろうか。あるいは俺は何を選択するだろうか……

「さて、アイドルアルティメットの件だが、我が765プロにも参加要請が来ている」

とりとめのない考えをしている事に気付き、切り替える。議事は会議の本題に入っていた。
アイドルの祭典「アイドルアルティメット」。従来の祭典と違うのは、これが「真のトップアイドルを決める」と謳っている所にある。一定のレベルに達していれば合格というのでなく最後の一人が決まるまで、出場者はふるいにかけられる。出場するアイドルを待ち受けるのは、頂点の栄冠か惨めな敗北の二択。彼女達は、戦って戦って戦い続ける事になるのだ。
デビュー間もないアイドルには予選からテレビ中継されるというこの祭典は非常に魅力的だ。が、春香や千早のような既に成功したアイドルには万一負けた時のデメリットが大きすぎる。しかし、新人アイドルではオーデションに勝ってその存在を訴えるのは難しく、経験のあるアイドルが生き残っていくことになるだろう。
見る側には刺激的だろうが、出る側にしてみると実に悩ましい祭典だ。
さらにこの祭典が官民一体のイベントになっている事が事情を複雑にしていた。アイドルアルティメットは地上デジタル放送のプロモーションと位置づけられ、視聴者投票の導入も検討されているという。主催の民放連は各芸能プロダクションに対しアイドルアルティメットへの出場を要請している。

「出場希望者を募りたい。もちろん、いろいろな思惑は絡むだろうがチャンスであることは間違いないだろうからね。担当しているアイドルとよく相談して……」
「社長」

話を遮るように一人のプロデューサーが挙手をする。スポーツ刈りが爽やかな、二十代そこそこの彼はやよいのプロデューサーだ。社長が返事をすると勢いよく立ち上がり、彼は質問を投げかかる。

「アイドルアルティメットに出れば、活動期間は延長されますか?」
「うむ。本戦まで半年はかかるそうだからね。勝ち残っている限りは延長しよう」
「分かりました。では、高槻やよい志願します」

あちこちから驚きの声が上がる。社長も目を見開いた。事前にアイドルアルティメットの詳細は紙面で渡されていたとはいえ、これだけ早い返答があるとは俺も思っていなかった。

「止めはしないが…一応志願する理由を聞いていいかね?」
「はい、社長もご存じと思いますが、僕らは長いことライブとか営業を中心に活動をこなしてきました……」

彼は大きく頷き、社長へのプレゼンを始めた。身振り手振りを交えた説明は見た目にも面白く、何より表情には自信が満ちあふれている。確か彼はとある大物芸人の付き人を長くしていたのを、お笑いより裏方の才覚があると、その芸人から社長が紹介を受けたとか。

「……今は人気が燻って煙上げてる所なんです。燃え上がるのはもう何かのきっかけでしかないと思うんですよね」
「うむ。機は熟したという訳だね。よかろう。765プロとしても出来る限りの支援をしよう」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

彼は深々と頭を下げた。拍手して俺は激励する。彼がもう一度頭を下げると、社長以下そこにいたプロデューサー達も拍手に参加した。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

正直な所、今のやよいでは優勝はおぼつかないだろう。だが俺は彼を無謀と切り捨てる事は出来ない。伊織と同期デビューのやよいも活動期間を終えようとしている。これは彼とやよいの挑戦だ。俺と伊織がそうだったように、彼らもまたメジャーへの決定的なブレークスルーが必要なのだ。

頭を下げ続ける彼に、俺は更なる拍手を送るのだった。
posted by tlo at 01:25| ○○の仕事風