2009年04月29日

interlude2

「Project im@s」は765プロが社運をかけたプロジェクトである。集められたのは11人のアイドル候補生とそのプロデューサー達。アイドル達にそれぞれの個性があるように、プロデューサー達にもそれぞれの前歴がある。美希を担当していたプロデューサーは、グラビアアイドル事務所のマネージャーだった。
グラビアアイドルは特に「旬が短い」。まるで女の子を使い捨てにするような業界で、彼は一人新しいグラビアアイドルのあり方を模索していたという。そこに高木社長が目をつけ、美希の担当プロデューサーとして連れてきたのだった。

「ふーん、あの人そんな事してたのね」
「ああ、その時から結構なやり手だったそうだよ」
「冴えない営業マンだったアンタとは大違いね」
『♪Tabooを冒せるヤツは 危険な香り纏うのよ』

彼は担当アイドルには優しかったが、それだけの男ではなかった。営業の押しの強さは社長さえも舌を巻く程だったし、慣れない音楽業界にも積極果敢に切り込んでいく度胸もあった。だがなによりも、彼は女の子を光らせる術に長けていた。彼は担当アイドルと疑似的な恋愛関係を結ぶのだった。

「ま、美希が熱を上げるのも無理無いと思うわ」
「でも危険なやり方だったと思うよ」
『♪Riskのない愛なんて 刺激あるわけないじゃない』

だがそのやり方が、結果として美希にハマった。端から見てもやる気の欠片も感じられなかったあの美希の目が輝きだしたのだった。そしてその輝きが、眩い光になるのにはそう時間はかからなかった。美希が眠らせていた才能は、スカウトしてきた社長でさえも気付かない程に巨大だったのである。

『♪Gameと割り切るヤツは 女の扱い上手いのよ』
「意外と伊織にも相性よかったかもな」
「私はあんなスカした男はイヤよ」
『♪覚えておけば?』
「そうか」

すべてがうまく行っていた。だがとある事件を切欠に、二人の関係に亀裂が入る。彼が何の気無しに発した言葉を真に受けて、美希がばっさりと髪型を変えてきたのだった。グラビアアイドルは特に外見に気を遣う。整形手術さえも辞さない業界だ。突然イメージを変えるのは命取りになりかねない。彼はプロデューサーとして、美希を猛然と叱りつけた。

「アイツ、すっごい落ち込んでたわ」
「美希にしてみれば、プロデューサーに気に入られたい一心だったからな」
『♪ダメな恋をもとめてるの』
「でもあの人は、美希が好きな訳じゃなかったんでしょ?」
「いや、好きだったと思うよ。あくまで、担当アイドルとしてだけど」
「それは好きって言わないんじゃない?」
『♪だけどもっとアンバランスが欲しいの』
「そうか?」
「そりゃそうよ」
「伊織もそうなのか?」
『♪牙の抜けたヤツになんて心疼くわけないじゃない!』
「美希のことを言ってるに決まってるでしょ」

美希はその後、プロデューサーに嫌われたくない一心で仕事に打ち込んだ。皮肉にも彼女の輝きは増し続け、ついにプロデューサーである彼の手に余るものになる。そして彼も善人じゃなかったかもしれないが、決して悪人ではなかった。あまりに無垢な情愛を寄せてくる美希に、彼自身が耐えられなくなっていた。

『♪GentleよりWildに』
「……じゃあ、自殺を図ったって噂はホントなの?」
「そんな噂まで流れてるのか?」
『♪WildよりDangerous』
「ふらふらと車の前に飛びだしたって」
「かなり参ってたみたいだけど。それはない」

幸い怪我は軽く退院は早かったもののしばしの休暇の後、彼は長期の海外出張を命じられる。美希の海外進出を見据えたマーケティングと研修が名目であったが、彼と美希とのいきさつを知った社長の配慮もあったに違いない。一度互いに距離を取った方が良いと判断したのだろう。
美希担当には765プロ生え抜きである春香担当のプロデューサーが兼任となった。だが美希にとってプロデューサーはただ一人だし、春香も多忙を極めるメジャーアイドルだ。彼は有能だが万能ではない。彼が目を離した隙に、美希に対して何らかのアプローチがあったに違いなかった。

『♪試してみれば?』
「アプローチってどんな?」
「わからない」
「何それ、やっぱりアンタ役に立たないわね」
「でも想像は出来る。美希、すごく不安定になってただろ?」
「そうね、夜食のおにぎりを誰かに盗られたとかつまらない事で大騒ぎしてた」
「美希に聞かれた事あるんだ。『美希のプロデューサー、社長に外されたの?』って」
「出張なんでしょ?」
「もちろんそうだよ。だけど美希はその『事実』に納得してくれなかった。彼の口から直接の説明も無かったらしい。そういう時に『都合のいい』答えを囁かれたらどうなる?」
「……アイツ、私が思ってた以上にバカだったのね」
「俺の想像だよ。ホントの所は分からない」
『♪Good Luck To You!』

例えば「プロデューサーと一緒に移籍しない?」と誘えば美希はどうするだろう。俺がプロダクションの社長だったらそうする。有望なアイドルと有能なプロデューサーを一挙両得できるのだ。しかもそのアイドルが美希であるなら、莫大な移籍料を払っても割に合う。
だがこの説明では分からないこともある。その移籍料のやりとりについて何も伝わってこないのだ。先方が移籍料を払わないのなら、美希に違約金を求めても良い。だがそんな法的処置に動く様子もない。社長の方針に疑念を抱くプロデューサーは俺だけじゃなかった。

ラジオはいつの間にか別の曲に変わっていた。二人の会話を妨げない程度に彩るBGM。

「で、役作りには役に立ったか?」
「やっぱりプロデューサーを好きになるってのが理解できないわね」
「プロデューサーと限定するんじゃなくて、もっと一般的な恋愛って考えればいいんじゃないか?」
「ダメよ。やっぱり芸能界って特殊だもの」
「じゃあ俺を好きになるってのは?」
「アンタね。私は真面目に悩んでるの」
「役作りのためだよ」

ちらりとバックミラーを覗くと伊織と目が逢った。すぐに視線をそらせた伊織は、ふくれっ面でぽつり、つぶやく。

「……もう、試したわよ」
「……なるほど」

伊織の様子がおかしかったの理由に納得がいき、俺は胸をなで下ろした。

二人の沈黙の間をラジオから流れる歌が通り過ぎていく。隣の車線から県外ナンバーのトラックが追い越していく。以前は渋滞のいらだちを紛らわせる為、たわいもない会話も交わしていたがそれもめっきり少なくなった。不況下で車の量が減っているのだろうか。

「逆に、俺が伊織を好きになったらどう思う?」
「……」
「そんなイヤ顔するなよ」
「見てもないのになんで分かるのよ」
「仮定の話だよ。真面目な話、どう思う?」

緩いカーブにさしかかり車を減速させると、もう一台、隣をトラックが追い越していった。曲のアウトロが流れ始めた頃、ようやく伊織が口を開く。

「なんだかんだ言って信頼はしてるけど、やっぱりそういう風には考えられないわ」
「考えられない?」
「ときめかないって言うか、そんな感じよね」
「……そうか」
「なによ、実は本気だったなんて言うんじゃないでしょうね」
「本気って訳じゃないけど、ちょっと残念とは思ったよ」
「そりゃそうよねー。この伊織ちゃんの恋人になれるってだけでこの上ない名誉だもの」

臨時とはいえ美希を担当していた春香担当プロデューサーは自ら減俸を申し出た。他の社員の手前、社長もそれを認める他無かった。が、今回の事件がプロデューサー達に落とした影はより深刻なものであった。俺も含めたプロデューサー達は、アイドル達との距離を意識せざるを得なくなったのだ。
アイドルとプロデューサーの関係は、アスリートとコーチのような二人三脚の関係だ。信頼関係の醸成は必須となる。だが彼女たちはまだ子供で、恋愛経験に乏しい。そしてこの信頼関係を恋愛と錯覚する事が往々にあるのだ。美希担当だった彼はこの錯覚を利用したが、手痛いしっぺ返しを受ける事になった。だが距離を取れば良いのかと言えばそうではなく、今度は信頼関係が築けなくなる場合がある。
俺は伊織と距離を取っている。そして伊織も信頼と恋愛を区別しているようだ。とりあえず持って生まれた「冴えない顔」に感謝する。

「でも……」
「ん?」
「これからのアンタの働き次第で、考えてあげなくもないわ……」

だがしかし、俺は伊織に「仕事上の関係」だとはっきりと伝えることが出来ないでいる。ふとしたときに見てしまう伊織の横顔に、胸を締め付けるようなその表情に、彼女の抱える孤独の影を見てしまい、俺は伊織と決定的な距離を取れないでいる。それはプロデューサー然としつつプロデューサーに徹しきれない俺の弱さだ。

「……ありがとう」
「勘違いしないでよね! あくまで候補として考えてあげるってだけなんだからっ」
「ああ、頑張るよ」

いつか伝えなければならないと思いつつ今日も、
俺は伊織に「優しい嘘」をつくのだった。



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posted by tlo at 21:06| ある日の風景的な何か