2009年03月12日

伊織と俺のプロデュース18

儘ならないのが世の中とはいえ、ついてないときはトラブルが続くものだ。大きな山を乗り越え一息つく間もなく、また難題が降りかかってくる。運命を呪うというのは、こういう時の気持ちを言うのか。

『セレブアイドル夜のパーティーの御乱行。今夜のお相手は映画監督?』

ゴシップ記事の見開きを、あの監督と一緒にタクシーに乗り込む伊織の写真が飾っていた。場所は例の六本木のビル、撮されたのは間違いなくあの日の夜だ。この後タクシーは歓楽街に向けて消えていった等というこの記述は、いつもならでっち上げだと言えば済む話だが今回に限れば事実で、しかも小さな記事じゃない。

社長室のテーブルに置かれたその雑誌を前に、伊織は顔面蒼白で立ちつくす。

「記事の差し止めは間に合いませんか?」
「いや、発売は明後日だ。明日にはマスコミが嗅ぎつけるだろう。もう問い合わせの電話が入り始めている」
「明後日、ですか」

間違いなくあのゴシップ記者の仕業だ。大物タレントの熱愛発覚でもあれば、伊織の記事なんて話題にもならないだろうに。スキャンダルを飯のタネにしているようなワイドショータレントも、この頃はなりを潜めてとんとご無沙汰だ。ならば政治で大きな動きがあれば………

全く無意味な事を考えている自分に気づき、頭を振って一つ深呼吸する。ようやく横にいる伊織の姿が目に入る。伊織はただ、呆然と机の上の記事を見つめていた。

「伊織、疲れたろ? もう休め」

返事がない。

「伊織」
「……どうするのよ」
「今考えてる」
「さっさと対策しなさいよ!」
「ああ任せろ。だから今日はもう帰って――」
「帰れる訳ないじゃない!」

伊織は拳を記事に叩きつける。大きな重い音をたて、テーブルが揺れる。

「伊織、怪我したらどうする」
「そうだわ……パパに頼んで記事を握りつぶすのよ。いっそ、出版社ごと買い取って雑誌を休刊させてやるわ!」
「そんな事したら余計に騒ぎが大きくなるだろ?」
「そこまでせずとも彼なら、影響を最小限にしてしまうだろう」

腕を組んでいた社長が深い溜息をつく。

「そして君もアイドルを辞めさせられるに違い無いだろうね」
「「それは困る!」わ!」
「だが水瀬君の将来を考えれば、それも選択肢として考えねばなるまい」
「そんなのイヤよ! ほら、アンタ早く何か考えなさい!」

普段あれだけいやがる父親を担ぎ出す辺り、伊織は相当に追いつめられている。確かに社長の言うとおり、彼女の父親ならマスコミを黙らせることは簡単だ。『水瀬グループからの広告出稿に影響が出る』と言えばいい。だがマスコミだけ対策すればいいというものではないのが現状だ。最近はネットの影響力も無視できないのである。下手をすれば「炎上」しかねない。

「ああもう! いっそあの監督と熱愛宣言でもしてやろうかしら!!」
「………あ」
「何か思いついたの!?」
「それいいアイデアだなと思って」
「それって、何よ」

自然と口元が歪む俺に、伊織は驚いたように距離を置く。

「あの監督の流儀に倣うのさ」


「この写真に写っているのはご本人であることは否定されないんですね?」
「……はい」
「じゃあ映画監督と一緒にタクシーに乗ったんだ」
「ええ……」
「この後どこに行ったの?」
「監督に送ってもらいました……」
「具体的にはどこに?」
「映画と関係の無い質問はご遠慮下さい!」
「ねえ、どこに行ったの?」

「記者会見」には思った以上のマスコミが集まった。例の配給会社の試写会に出席した伊織は、カメラとマイクに取り囲まれている。本来なら映画の感想を聞くべき所だが、彼らには遠慮という物が無かった。雑誌の発売日の前日、翌日の番組の「ネタ」にすべくレポーター達は辛辣な質問を伊織に浴びせる。

「それは……」
「言えないような所に行ったの?」
「いえ、そんな所じゃありません」
「伊織ちゃん、未成年だよね?」
「はい」

質問されるたびに肩が震える、いつになくか細い返事をしては、目線を泳がせる。曖昧な言葉しか返さない伊織から、決定的な言質をとろうと質問は激しさを増していく。

「親御さんは何も言わないんですか?」
「ええ仕事で遅くなる事も多いですから」
「なら余計に夜遊びはよくないよねぇ。アイドルでしょ?」
「伊織ちゃん、もしやましい所が無いならはっきりした方がいいよ」

「未成年」の伊織を脅しなだめながら彼らは迫っていく。突きつけるマイクは彼らの正義で、向けるカメラは彼らの真実だ。じりじりと囲みが迫り、伊織の姿は見えなくなった。

「はい。監督さんとは何もありませんでした」
「本当?」
「場合によっては犯罪だよ?」
「で、どこに行ってたんですか?」
「はっきり答えてくださ…………い?」

伊織に迫っていった一人のカメラマンが、いつの間にか伊織の背後に回りレポーター陣を映していた。伊織を映していたテレビカメラは一斉にそのカメラマンに向き、フラッシュも止む。そのカメラマンはやおらカメラを下ろし、帽子とサングラスをとる。

「ふむ、いい絵が撮れた」

現れたのはあの映画監督だ。しばし呆然とした報道陣が我に返ると、こんどは彼に襲いかかる。

「あんた何やってるんだ!」
「映画の撮影をしていたんだが、それが何か?」
「これはどういう事なんだ?!」
「説明しろ!」
「ふむ、では答えよう」

監督が合図を送ると、試写室の明かりが落ち、スクリーンに映像が映される。ホテルらしき一室で伊織がスカートをめくり上げる所から始まるその映像に、わっと声が上がった。スクリーンにカメラマンはレンズを向け、フラッシュが一斉に焚かれる。騒然とする報道陣。

「それではこれより映画『Lo.lo.ta.』制作発表会を始めさせていただきます」

たたみかけるように場内にアナウンスが流れ、わずかに明かりが戻る。伊織と監督はいつの間にか壇上に上がり椅子に座っている。壁の両翼に並べられたスタンド花には、ハリウッドスターの名前が書かれた札が添えられている。そしてしどけなく薔薇のベッドに横たわる伊織のポスターが一枚

「……どういう事なんだ?」
「この映画のコンセプトはリアリティ。それに沿った『演出』だ。お気に召さなかったかね?」
「すると……あの記事も……」
「事実だ。ただし、このトレーラーを作るための撮影だったがな」
「じゃあなんで最初から言わなかったんだ!」
「監督の指示だったの。ごめんなさいね」
「それでは改めて、映画の説明をさせていただきます。資料をお配りしますのでそちらをご覧下さい」

ふざけるなという怒号あげて出て行く記者、やられたと苦笑いしながら資料だけ受け取って出て行く記者、だが会場に残り、熱心に資料に目を通す記者もいる。

「シナリオ通りってとこですかい?」

陰から会場の様子を見て胸をなで下ろす俺に、あの記事を書いたゴシップ記者が話しかけてくる。彼も資料だけ受け取って帰る所だろう。苦虫を噛み潰したような顔に、俺は胸がすく思いがした。

「詰めの甘い記事のおかげで助かったよ」
「真実はどうでも良かったんですが……ただ、こんな大胆な手でくるとは思いませんでね」

あの写真は事実で、スクリーンに映された伊織も本人で、レースを凝らしたシルクのショーツまでも伊織が普段はいている本物だ。下手に言葉を重ねれば痛くもない腹まで探られかねない。だから全てを見せた。

そう、俺達は事実を見せて――嘘をついたのだ。これは映画のプロモーションだと。

アイドルに限らず芸能人が売るのは「虚像」だ。あるいは精々「人格の一部分」で、人々もその人間の実像よりエキセントリックな「フィクション」を好む。だからこそ無名の少女がスターダムにのし上がるシンデレラストーリーも、仕事を求めて脚を開く少女の悲劇も、芸能界の「リアル」になる。この強烈な「だまし討ち」は記者達の目には「リアル」と映ったようだった。

「ま、私が目を付けたんだ。これぐらいはやってもらいませんとな。ですが次はどうなりますか」

その言葉は負け惜しみではない。確かに最悪のイメージダウンは避けられたかもしれないが「お騒がせタレント」として印象づけられたには違いない。次から伊織は何かをしでかす度に言われるのだ。「またアイツか」と。それは危険なゲームだ。虚像(フィクション)をふくらましすぎれば、はじけるまでふくらまし続けるバブルに陥るだろう。
だが俺は知っている。伊織にはこんな「フィクション」でさえ小さすぎる事を。あの監督も知っている。だからこそ俺の書いたシナリオに乗ってきたのだ。そして人々はスクリーンで知ることとなろう、伊織の「リアル」を。

「ああ、次も『良い記事』頼むよ」
「アンタはそれでいいかも知れませんが、伊織ちゃんはどうなりますかね」
「大きなお世話だ」
「ノーマ・ジーンは自殺しましたよ」
「グレース・ケリーみたいにやりおおせるさ」

セックスシンボルとして伝説となったマリリン・モンローは、周囲に期待されるイメージと自ら求める女優の生き方とのギャップに苦しみ続けた。この現代においても虚実のギャップに悩むアイドルはいるだろう。確かに危険なゲームだ。だが伊織は、虚実を弄ぶことの出来る天性の女優なのだ。むしろ俺がしっかりとしなければ、彼女を惑わすことになるだろう。

「あまり巧い返しとはいえませんな」
「ま、忠告はありがたく受け取るよ」

記者は肩をすくめると会場を後にした。俺は彼の背中を見送って、再び会見の様子をうかがう。

「伊織ちゃん、こんな役をするのに不安とかなかった?」
「はい。本当はオーデションとか怖かったんですけどぉ…監督さんが熱心だったので」

記者の質問に伊織が答えているた。弁舌なめらかに、いつもの猫なで声。調子に乗ってきたに違いない。横にいる監督は苦笑いしている。今ばかりは、俺も彼に同情せざるを得ない。

「お前、大女優になれるよ」


#次でエピローグです
posted by tlo at 03:06| ○○の仕事風