2009年03月07日

俺と伊織のプロデュース17


「カメラテストは終わりです。お疲れ様」


彼女は事務的な口調で、テストを打ち切ろうとする。全てはシナリオ通りなのだろう。脱げるか脱げないかを問い、脱げると答えた時にはここで脱いで見せろと求める。このシナリオを提案したのは間違いなくあの監督だ。
殆どが事務所の人間に止められたと思う。機転を利かせてその場を凌いだアイドルもいたかも知れない。だが迷いつつも歯を食いしばり、腹を見せたアイドルもいただろう。逡巡の末結局脱げず、泣き出すアイドルもいたはずだ。

彼はその光景さえも、映画の糧にするつもりだ。「リアリティ」といえば聞こえは良い。だがそんなものは都合良く構成された「フィクション」だ。アイドル達のたった一面を切り貼りしただけの「ニセモノ」。薄っぺらの「作り物」だ。

俺達はあの男がそんなヒトデナシだと知っている。
この事態さえ予想の範疇だ。
そして伊織は、彼の頭の中の「リアル」に切り抜かれるのを拒否した。


「見なさい」


そう彼女が「見たいの?」と問うたのは、今、目の前にいる「リアル」



「私が、アイドルよ」



伊織は服を下ろそうとしない。監督もカメラから目を離さない。テストは終わってない。戦いは続いている。

「監督。もういいでしょう?」
「撮影の邪魔だ。どいてくれ」

彼がテスト続行を宣言する。外国人プロデューサーは事の成り行きをじっと見守っている。

「765プロさんっ。あなたも見てないで彼女を止めて」

うわずりそうになる声を抑えて彼女は言ってきた。伊織が振り返る。紅玉の瞳の奥には決意の光。伊織は脱ぐ。最後の一糸に至るまで脱ぎ捨てるだろう。10日前にはちょっとした冗談にさえ顔を赤らめていた少女だったのに。

「伊織」

止めることはできる。
まだやめさせる事はできる。
しかし

「伊織、脱いで見せろ」

その言葉に、伊織の口元がわずかに緩む。
俺が頷くと、伊織はそのままセーラー服の上着を脱ぎ捨てた。
細い小さな肩からまっすぐ伸びる鎖骨。
明るい室内にあってさえ、シルクのような光沢を魅せる肌。
腹に若干残る贅肉は子供の名残で、柔らかそうな肉感に思わず手が伸びそうになる。

担当者の彼女は絶句した。
俺が止めると思ったのだろう。
だが、そもそもこのテストに出ると決めたのは俺だ。
ならば、伊織が脱ぐのも俺の指示でなくてはならない。
例えそれが伊織の意志であろうとも、
銃爪は、俺が引かねばならない。

ホックが外され、プリーツスカートが伊織の足下に広がる。
彼女らしくない、安っぽいコットンのショーツは役作りだろう。
子供っぽいデザインのそれは伊織の腰には小さく、尻に食い込み、肉がはみ出る。



ここで伊織は動きを止めて斜に立ち、カメラを凝視した。
ホテルの最上階のスイートルーム、窓一面には摩天楼。
アールデコ調のインテリアに囲まれて、半裸の伊織が立っている。
今やこの空間は、伊織の「リアル」が支配する。
俺達は登場人物であり観客だ。
彼のカメラには一体何が映っているだろう。



視線を外した伊織が、ゆっくりと背中に手を回し、ブラのホックを外す。
乳房を隠していた布地が落ちるその刹那、
すべてを「外」から見ていた唯一の人間が声を上げた。


"Cut!!"

撮影を止めるそのかけ声が、全てを現実に戻す。
止めたのは、外国人プロデューサーである彼だった。
前のめりになっていた体をゆっくりとソファーに沈め、彼は足を組む。

"I would like to see you...on screen."

その言葉に、監督はカメラを止めた。俺は上着を脱ぎ伊織の肩にかけてやる。配給会社の彼女が胸をなで下ろし、怪訝な顔をする伊織に言葉を伝えた。

「続きはスクリーンで見たいそうよ」
「どういうこと?」
「合格って事。おめでとう、水瀬伊織さん」

突然の祝福に伊織は呆然とするが、すぐに厳しい顔に戻った。鋭い視線の先には映画監督がいる。

「あなたの答えを聞かせてもらってないわ」
「というと?」

伊織は小首をかしげ、にっこりと笑う。

「あなたも、私を見たい?」

苦虫をかみつぶしたような表情を隠しもせず、彼は顔を背ける。俯き、頭を掻いて、舌打ちして、男はようやく口を開いた。

「勝負の続きは本番だ」






チン


エレベーターの扉が開く。俺と伊織がエレベーターを出ると扉が閉じる。上がっていくエレベーターの表示が三階になった辺りで、ホテルの地下駐車場に歓喜の声が響く。

「いよっしゃああ!」
「やったわ!!」

テストが終わり、内定の覚書を交わし合い、部屋を出て、ここに着く間、ずっと我慢してきた喜びが一気に爆発した。

「プロデューサー! ほら!」

伊織が片手を上げる。一瞬何のことか分からなかったが、やよいが彼女のプロデューサーとしているアレを思い出し、俺は伊織の手を叩く。

「ハイターッチ! イェイ!」

こんなにはしゃぐ彼女を見るのは初めてだ。相当に嬉しかったのだろう。俺もこれほど痛快な事はプロデューサーになって初めてだ。

「見た? アイツの顔! もういい気味ったらありゃしないわ」
「あんなに悔しがるなんて思わなかったな」
「これで私、映画デビューなのね」
「ああ。これを足がかりにして、一気にトップ狙うぞ」
「もちろん狙うはアカデミー賞よね」
「いや、まず国内で基盤を固めてだな」
「もう、なにしみったれたこと言ってるのよ」
「もちろんいつかは世界を狙うさ、でもまだ……」
「そういう事じゃなくて、こんな時ぐらい喜びなさいっていってるの。もう、空気読みな――」
「伊織!」

と、突然伊織がよろめく。急いで抱き止めると、伊織は俺にしがみついてきた。伊織は、震えていた。膝が笑って立てないのだ。無理も無い。さっきまであの緊張状態にいたのだ。
この小さな体で、伊織は一体どれだけのものと戦ってきたのだろう。悪徳記者のゴシップ記事、芸能界の「常識」、体で仕事をもぎ取る少女、常識はずれの映画監督……そう、伊織はきっと「運命」と戦っていたのだ。

「お疲れ様。そしてありがとう」
「べ、別にアンタのためにしたんじゃないわよ」
「分かってる。でも言わせてくれ」
「……フン。好きにすれば」
「ありがとう。伊織」

証明に照らされて、二人の陰は重なって伸びる。
一つの陰はしばし、コンクリートの床に映るのだった。





〜♪




空気の読めない携帯だ。
だが会社からの電話を無視するわけにはいかない。
伊織の肩を抱きながら、片手で携帯をとる。

「あ、プロデューサーさん!?」
「どうしました? 小鳥さん」
「急いで戻ってきて! 大変よ!」
posted by tlo at 00:00| ○○の仕事風