2009年02月28日

俺と伊織のプロデュース13

「いやよ」
「何故だ?」
「変態監督のエロ映画になんかお断りよ」
「それが理由か?」
「そんな映画、ヒットするわけないわ」
「それは分からないだろう?」
「私がイヤっていってるの。理由はそれで十分よ!」
「あのなぁ、伊織……」

そっぽ背く伊織に、俺は説得を試みる。今日のミーティングのお題は「映画のカメラテストへの参加」の件だ。映画とは、いつか事務所に案内のメールが届いていた『Lo.li.ta.』の事で、伊織にとっては屈辱を味わされた「あの男」が監督する映画だ。そのカメラテストに出るという俺の提案に、伊織がイヤというのも無理はないだろう。

あの一夜から一週間が過ぎようとしていた。あの夜の翌朝こそ互いの醜態をさらしあっただけにどこか気恥ずかしい雰囲気だったが、その午後のミーティングではもうケンカ腰になっていた。活動の中心をテレビバラエティから移すと伝えると、伊織はこう噛みついてきたのだ。

『逃げるの?』

何から逃げるのか、俺は暗黙のうちに了解した。だがこれはテレビに出られない為の処置ではない。これから狙おうとするファン層にテレビというメディアが訴求力を失っている事を指摘し、企業のCM出稿が減っている事も付き添える。

『ファン層まで変えるの?』
『広げようと思う。これからはしっとりとした美しさも打ち出していく』
『そ、そう』

結局、なだめすかしてプロデュース方針の変更を納得させるのに半日かかったが、嫌なものはイヤだというのは伊織の良いところだ。言葉を尽くし、伊織を説得するのは確かに骨だ。だが意図を理解すれば伊織は自分なりに考えて動ける。それこそ蒼い鳥の一件のように、アドリブさえしてみせるのだ。

以来、ことある毎に伊織と俺は衝突している。数日は伊織の信頼を失ったのかと不安にもなったが、納得さえすれば伊織は指示に従ってくれた。伊織が言う「イヤ」というのは単純な拒絶でなく、話し相手の興味を引くための手段なのかもしれないとも考えた。時折彼女が見せる孤独の陰を思うとあながち間違いではない気もするが、今伊織が放っている「イヤ」は本気の「嫌」に違いなかった。

「これで主役を取れれば、今後の営業が楽になるんだ」

演技することに伊織は抵抗はないだろうが、仕事としての経験は無い。滑舌を良くする等の基礎訓練は今までのレッスンに取り入れていけば問題ないだろうが、これだけは実際に現場に立つしかない。だが、実績のない伊織に端役でも仕事が取れるかと言えば難しい。役者の世界もアイドルと同じで生存競争はあるのだ。実績としてこれだけ箔がつくものはあるまい。

「どうせ、外国のマイナー映画じゃないの」
「確かに、日本だったら単館上映程度になるかもな」
「だったら営業的に意味無いじゃない」
「そうとも限らない。この映画のプロデューサーは、アメリカメジャーにもコネを持ってる大物だ」
「そうなの?」

映画のプロデューサーは、投資家から金を集め、映画を作ることで資金を運用し、得た利益を還元するビジネスマンという側面を持つ。このプロデューサーの辣腕と慧眼は、過去に幾人もの映画監督をメジャーに押し上げている事で証明されていた。少なくとも海外では、それなりの話題をさらうことだろう。

「勝算はあるの?」
「あるよ」
「『勝算は君の美貌と才能だ』なんていわないわよね」
「それが一番大きいけどね」
「御機嫌取りはいいから、聞かせなさいよ」

伊織がノってきた。だがここでノせられかけている事に気づけば、伊織は反発するに違いない。伊織とのやりとりはポーカーゲームだ。俺はあくまで懸命に説得するそぶりを見せ、慎重にカードを切る。



俺は伊織に書面を差し出す。それは先方にカメラテストの詳細を問い合わせたときに届いたものだ。そこには映画の内容についても詳細が記されていた。読み進める伊織の顔が次第に強ばっていく。

「……悪趣味だわ」
「同感だ」
「これの何が勝算だっていうのよ! 冗談じゃないわ!」
「最後まで話を聞いてくれ」

伊織が乱暴に書面を投げ出すと、束がばらけて机一杯に広がる。「芸能界に身を投じた少女が、身を売りながらトップアイドルへの階段を駆け上がっていく」。それがその映画の筋だった。あの監督が「営業」の現場を盗み撮りしたり、伊織にあんなマネをしたのも頷ける。だが伊織が嫌悪感を示すのはその内容だけじゃなかった。

『主人公の少女の名前は、その役を演じる女優の芸名を充てます』

つまり伊織が合格すれば、映画「Lo.li.ta.」の主人公は「ミナセイオリ」になるのだ。この監督の作風は「リアリティの追求」にあるという。この措置もリアリティを増す為の演出なのだろう。欧米の観客には、遠い異国の少女のエロスは賛否両論があるにせよ「エンタテーメント」として受け入れられる可能性はある。だがこれは日本の芸能界の「リアル」だ。監督は「ドキュメンタリー」を「フィクション」と称して撮ってしまおうとしている。これを悪趣味といわずになんと言えばいいのか。

「でも、だからこそ勝算はある。お前がアイドルとして売り出し中って事が追い風になるはずだ」
「……リアリティの追求ってこと?」
「そう、実際このカメラテストの通知は劇団や俳優の事務所より、アイドル事務所に送られているらしい。監督の意図は明白だ」

伊織は口に手をやり、考え込む。俺は「利」を説いた。利に聡い伊織であれば、得られる物のはかり切れ無さを理解するはずだ。だからこそ、あの夜にあんなマネをしたのだから。しかし今回に限ればそれだけでは伊織の天秤は傾かないだろう。逡巡する伊織に、俺は最後のカードを切った。

「逃げるのか?」

言葉を聞いた瞬間、伊織は絶句した。唇はわななき、顔から血の気が失われていく。伊織は、言葉の真意を暗黙に了解したのだ。
自らの誇りを投げ出し、自己嫌悪に責められながら街を走ったあの夜。ハンバーガー屋の一件は血止めの応急処置にはなったろう。だが俺と伊織が目指す位置に届く為、伊織にはあの夜を越えもらわなければならなかった。

「逃げてるですって!?」
「ああ。いつものお前だったらこんなオイシイ話に迷う筈もない」
「でも、これ実名でしょ?! 私がこんな事してるとか思われるかもしれないのよ!?」
「事実じゃないだろ? 作り話じゃないか」
「でもホントにやってる連中もいるじゃない!」
「そこがあの監督のねらい所だって分かるだろ?」
「イメージダウンしたらどうなるのよ!」
「伊織」

俺は立ち上がると、伊織の席の横に立つ。見下ろす俺の視線に、伊織は顔を上げて気丈ににらみ返してくる。俺の胸を愛しさが満たす。もしプロデュース期間がもう一年もあればここまで無理強いはしないであろう。だが俺には時間が無い。

「言っただろう。俺はもう躊躇しないんだ」

時間がないのはすべて「こちらの都合」で「大人の事情」だ。伊織には関係がない。

「少々のスキャンダルだって、プロデュースに変えてみせる」

そしてそのスキャンダルの矢面に立つのは伊織だ。だからこそ、俺はどんな事をしても伊織を支えなければならない。俺はしゃがみ込む。椅子に座る伊織と、同じ目線。ここまで来ると、カードゲーム等と余裕は言っていられない。俺は心の底から、伊織に願う。

「信じてくれ」
「分かったわ」

緊張がほぐれ、俺は思わず大きな溜息をつく。夕焼けが染めるミーティングルーム。夕日を背に、逆光になった伊織の表情は緊張を隠せない。やはり不安なのだろう。本番は3日後だ。今、俺にできることは……

「任せろ」

そう力強く請け負って俺は、微笑んでみせた。

posted by tlo at 01:34| ○○の仕事風