2009年02月25日

俺と伊織のプロデュース12

「伊織ちゃん」
「……分からないの」

ぽつり、ぽつりと伊織はプロデューサーが言った言葉を紡ぐ。チャンスを掴めば成功する訳じゃない、それは理解できる。だが努力してやっと掴んだチャンスを横から盗られる現実で、それが常識だというこの業界で、どうやって生き抜いていけばいいというのか。

「『時代と寝る』ってプロデューサーさんが言ったの?」
「……ええ」
「分からないって、何が分からないの?」
「アイツ……」
「うん」
「アイツ……つぎつぎ男に私を抱かせて………」
「なんでそう思うの?」
「時代と寝るって、そういう事じゃないの?!」
「それが、分からないこと?」

伊織は小さく頷くと、そのまま俯いてしまう。思い詰めた横顔がテーブルのオレンジジュースを凝視する。小鳥が腰をずらして、伊織に寄り添うように座った。ぬくもりを近くに感じて伊織が顔を上げると、小鳥はほほえみかけた。

「私の思い出話聞いてもらえるかしら」


小鳥のデビューした当時、業界は某辣腕音楽プロデューサーによるアイドルで席巻されていた。彼の傘下にないアイドル達はテレビに出ることも叶わない。765プロ社長の肝煎りによりデビューした小鳥であったが、やはり不遇を託っていた。そんな時、小鳥は彼女に出逢った。

「私と同期デビューした子でね。やっぱり仕事がなくって、私と同じ事悩んでて、事務所は違ったけどすぐ仲良しになったの」

手売りのCDが売れ残ったり、先輩芸能人にいびられたり、ファンレターが届いたり、ライブが成功したり……同じ苦しみと喜びを分かち合いながら二人は互いの夢を語り合う仲になっていった。

「彼女、歌ったり踊ったりするのが好きで、それでみんなが喜んでくれるのがすごくうれしいんだって言っていた」
「やよいみたい」
「そうね、やよいちゃんや春香ちゃんみたいな子だった」
「そのアイドルがどうしたの?」

小鳥は視線を外し、窓の外をみやる。夜も眠らぬ都会の明かりに照らされて、空には星一つ見えない。

「彼女、その辣腕プロデューサーにプロデュースされることが決まったの。すごかったわ。出すシングルはミリオンセラー。アルバムはオリコン1位。その年の紅白にまで出場が決まった」
「すごいじゃない」
「そしてね、彼女に会ったの。仕事先でたまたま。彼女も私のこと覚えててくれてて、声をかけてくれたのね。ちょっと嬉しかったな……でもね」
「どうしたの?」

小鳥は、口をつぐむ。伊織は小鳥の横顔をのぞき見る。夜空に向けた視線は、さらに遠くを見るようだった。

「彼女、そのプロデューサーに紹介してくれるって言ったの」
「良い子じゃない。紹介してもらったの?」
「『裸になってベッドに寝るだけで良いの。簡単でしょ?』って」

彼女とそのプロデューサーが半ば愛人関係にあるというゴシップ記事を読んだことはあった。あること無いこと書き立てるのがゴシップだ。小鳥も眉唾ものの記事と思っていた。

「……で、どうしたの?」

おそるおそる尋ねる伊織に、小鳥は視線を戻し再び微笑んだ。

「怖くなって、すぐに社長に相談したわ」
「それで?」
「社長はね、こう言ってくれたの。『チャンスも掴めず去っていく人間は多い。だが、チャンス掴んだからって、それをものに出来るとは限らない』んだって」
「それって……」
「伊織ちゃんのプロデューサーさんも同じ事言ってるわね」

目を丸くする伊織に、小鳥は首をかしげて顔をほころばせる。

「でも、その子は成功したんでしょう? 小鳥は……」
「そうね、私は大成功とは言えなかった」
「じゃあダメじゃないの!」
「そうね……でも、これを見てくれる?」

小鳥は四つんばいになってラックまで這うと、一枚のディスクをDVDプレーヤーにセットする。テレビに映ったのは、若かりし日の小鳥の姿だった。


社長室のモニタに、若かりし日の小鳥君の姿が映る。その画面を、プロデューサーである彼は、食い入るように、据わった目で見つめている。
彼女のプロデュースは、765プロ社長である私にとって最後の現場だった。最終的にはアリーナでのお別れライブを成功させたとはいえ、プロデュース的な大成功には及ばなかった。確かに当時はとある一人のプロデューサーに業界を牛耳られていた。だが厳しさはどの時代にもあるものだ。アイドル黄金時代でさえ、今より遥かに激しい生き残り競争があった。言い訳は出来まい。

「社長」

彼は4杯目となるグラスを空けると、私に向き直る。私は彼に5杯目を注いでやる。

「分かりますよ。ええ、分かります。経営者である手前『トップアイドルで無くてもいい』なんて言えないでしょう。ええ、それは分かるんです」

散々呑んできたが酔えないと言っていた彼は、ろれつの回らない口でまくし立てる

「だけど、頂点に立たせてやりたいのが人情でしょう? まして伊織はダイヤの原石ですよ。あの才能を前にしていきり立たないなら、ソイツはプロデューサーとしてインポだ。違いますか?」
「いや、間違ってないよ」
「でしょう? でも、1年じゃ足りないんですよ。社長、もう2年でいいからお願いします」
「それは出来ない相談と言ったろう? 私だって小鳥君の時には、もう一年有ったらと……」
「伸ばせばよかったじゃないですか」
「それが私の持論であり、信念だ。曲げることは出来ない」

彼女の持ち歌だった「空」が流れ始める。このライブ映像は、今でも私の心を苛む。心残りは彼女をトップアイドルに導けなかったことではない。彼女はこのライブの後、アイドルを完全に引退した。私は、彼女に芸能界で生きる目標を見つけさせる事が出来なかったのだった。「一年」の意味を、彼らはラストコンサートまでに悟ることができるだろうか。

「じゃあ、俺は何だってしますよ」

5杯目のグラスを一気に空けると、彼は火を吐くように言い放つ。アルコールのきつい臭いの混じった熱い息がここまで届く。

「アイツの才能を知らしめるためなら、アイツをトップにするためだったら、俺は何だってしますよ! 枕営業? そんな『安易な方法』でトップ取れると思ってんのかアイツは! 畜生、大人を舐めやがって! 男と寝た方が楽だったって思うぐらいに、しごき上げてやる!」

6杯目を注ごうとした私のボトルを彼は奪い取り、そのままラッパ飲みで残りを平らげる。

「俺はね、やりますよ、社長。アイツをもっともっといい女に磨き上げて、時代に枕営業だ。ええ、やりますよ、やってやりますとも。ああ…伊織……畜生……お前、ホントにいい女だ………」

それだけいうと彼は、崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏し、そのまま寝てしまった。彼にとってこの一晩の体験はかつて無い酷いものだったのだろう。酔いが早かったのも疲れが一気に出たからに違いない。だがこの一晩の体験は、一年の経験にも勝るはずだ。私は膝掛けを彼の肩にかけてやる。

「これからも、期待させてもらうよ」

そして小鳥君への言づてを書き、私は社長室を後にした。

−−−


ラストコンサートも最後の曲。小鳥の持ち歌だった「空」が流れ始めた。涙でとぎれとぎれになる小鳥を励ますように、会場からは合唱が始まる。ファンと一体となったそのライブに、伊織は思わず目頭が熱くなるのを感じた。映像が終わり画面が暗転しても、伊織はしばし余韻に揺すぶられるのだった。

「大成功したのね」
「ええ、ドームって訳にはいかなかったけど」

確かに会場はドームよりは狭いアリーナであったが、それでも今の伊織にこのキャパの会場を埋める人気もなければ、湧かせる自信もない。例え無理してライブをしたとしても、失敗するのは目に見えている。

「……でも、小鳥の友達は大成功したのよね」

小鳥は深い溜息をついて、首を横に振る。

「残念だけど……」

1年足らずに頂点に至った彼女であったが、その音楽プロデューサーが彼女から離れると凋落も早かった。その1年後にはテレビから彼女の姿が消え、そのうち話題にも上らなくなった。音楽プロデューサーとの間に何があったかは知らない。だが小鳥は先日読んだ女性週刊誌で彼女の近況を知った。精神に失調を来した彼女は家族以外の誰にも会わず、病院で療養中と記事にはあった。

「週刊誌は『男に捨てられた傷心の元アイドル』って同情していたわ。でも私は間違ってると思う。そんな営業で仕事を取った事は百歩譲って認めても、彼女はそれに見合った努力を怠っていた。そのプロデューサーと別れた後だって、彼女を純粋に支えてきた人達が残っていたし、なによりファンがいた。でも、彼女はその全てを裏切ったの」

取材のドタキャンは当たり前、テレビのリハーサルには現れず泥酔状態で収録に現れ本番ではうたた寝する。CDが売れなければスタッフが悪いと公言し、ライブではミスを繰り返す。精神的に不安定だったのは理解できる。だが業界内でさえ彼女を同情する者はいなくなった。

「伊織ちゃん。プロデューサーさんを信じて」

膝を抱える伊織の腕に力が入る。小鳥は返事のない伊織に手を伸ばし、肩を寄せた。

「そりゃきれい事だけじゃ済まないわ。だけど、裏側が全てって訳じゃない。伊織ちゃんがいままで会ってきた人達も、そんな人ばかりじゃなかったでしょ?」
「……ええ」
「普通に厳しいお仕事よ。支えてくれる人がいなかったらやっていけない。私は社長を信じた。だから、なんとかやってこれた。もしプロデューサーさんを信じられないっていうなら、社長を信じて。社長が選んだプロデューサーよ、そんな酷い人じゃないはずだわ」

強ばっている細い肩を、小鳥は優しく包む。

「そういえばアイツ……」
「うん」
「私の事、世界一にしてやるって言った」

時代と寝るいう言葉の意味は、今ひとつ分からない。しかし伊織は、世界一にするという言葉を信じることにした。跪き、手にキスをしてプロデューサーは誓ったのだ。

「世界一って……さすが伊織ちゃんのプロデューサーさんね」
「ま、まあね、それぐらいの事言ってもらわなきゃ、私のプロデューサーなんて務まらないわ」

アイツは私を信じている。ならば私もアイツを信じよう。世界一になるために、そのためには………

「そうよ、私のために働かせるわ。今まで以上に、びしばしとね。枕営業だなんてぬかしたら、無能って言って蹴り飛ばしてやるんだから!」

伊織の顔に生気が戻る。その瞳に宿る光は、いつか夢を語り合った彼女に見たものより烈しい。明日からかかるであろうプロデューサーの苦労が偲ばれるが、今はただ、伊織を支えて欲しいと小鳥は願うのだった。

posted by tlo at 03:20| ○○の仕事風