2009年02月23日

俺と伊織のプロデュース11

「――ですが、テレビ中心のプロデュースはいずれ限界と思います。少なくとも伊織はテレビ向きじゃありません。なにより近年のテレビの消費速度はあまりに速すぎます。お笑いとアイドルは半年で使い捨てです。私は、伊織をそんなサイクルに乗せたくはありません」

765プロの社長室。時刻は日付を回ろうとしている。社内に残っているのは二人だけ、社長と俺だ。伊織を小鳥さんの部屋に届け、会社に電話してみると思った通り社長は残っていた。アイドルが仕事をしている間、社長は決して退社しない。その日はあずささんが遅くまで収録をしてた。彼にとって、帰社したアイドルとプロデューサーを出迎えるのは仕事なのだろう。その分、時々朝礼に遅れてくることはあるのだが……。

俺は全てを報告した。ゴシップ記者からの情報、伊織が遭遇した現場、そして伊織が経験した「営業」も。社長は沈痛な面持ちで話を聞き、話し終えた俺をねぎらってくれた。だが話はそれで終わりじゃない。これからどうするかが問題だ。俺は社長に「談判」を持ちかけた。腰を浮かし、身を乗り出して訴える俺の言葉に、上座のソファーに座る社長は耳を傾けてくれた。

「プロデュース方針の変更については了承した。もともと君達プロデューサーに任せてある事だ。思うとおりにやってくれたまえ」

「談判」の内容は二つ。一つはプロデュース方針の変更だ。「プロジェクトアイマス」は次世代のアイドル像を探る765プロダクションの社運を賭けた計画だ。プロジェクトに集められたのは、11人のアイドルと10人のプロデューサー。プロジェクトではそれぞれのアイドルは、それぞれの得意分野での活動が計画されていた。例えば、美希はグラビア中心の活動を、千早はアーティスト寄りの活動をしている。やよいなどはライブ活動を中心にしていて、呼ばれれば商店街の売り出しにだって飛び出していくのだ。
そして伊織には「テレビタレント」が期待されていた。空気を読んで適切な切り返しをする才気は14歳の子供のものじゃない。事実、東京ローカル局からの番組レギュラーのオファーも数件あったのだ。だがテレビというメディアは真実を見透かしてしまう事がある。伊織の「猫かぶり」を視聴者は敏感に察知するのか、レギュラーはどれも長続きはしなかった。今回の件が無くとも、プロデュースは手詰まりになっていただろう。

「映画、舞台、ドラマ。確かに水瀬君の才能は、演技でこそ発揮されるものかもしれないな」

伊織の真価は「演技」にある。最初にそれに気づいたのは、伊織がアーティストのPVに出演したときだった。そこで伊織は、雪歩と共に神を下ろす巫女の役を見事に演じきる。そもそも猫かぶり自体が演技なのだ。テレビでは鼻につく才気も、舞台の上あるいはスクリーンでは「演技」として昇華されるに違いない。

「だがプロデュース期間の延長は認められない」
「お言葉ですが、たった一年の活動で何が出来るでしょう。それでは今のテレビ業界となんら変わらないではありませんか。着物姿でギターをかき鳴らしていた彼は今何処にいますか?ボンテージで腰を振り続けた彼は腰痛でお払い箱になりましたよ?俺は伊織を使い捨てにするつもりは――」
「私もない。だが『一発芸人』と呼ばれる彼らを卑下するつもりもない。彼らは例え一瞬でも、光り輝いたのだからね」

だがこの方針変更にはリスクが伴う。映画にしてもドラマにしても拘束時間が長いのだ。一年のプロデュースではトップアイドルは狙えないだろう。もう一つの談判の内容。それはプロデュース期間の延長だった。

「最初に君に伝えたとおり、一年で芽が出なければこの世界では通用しないと私は思っている。無理なもの引き留めるのは彼女たちの人生を破壊する事になろう。むしろ残酷なことだと思わないかね?」
「それも分かります。ですが伊織の才能は疑いようがありません。5年、いやせめて3年…」
「水瀬君を信じているのだね?」
「はい」

間髪入れずに答えた返事に社長は腕を組んだ。沈思する社長は眉をひそめる。社内に残っているのは二人。サーモスタットに反応したエアコンがうなり始めると、社長は深い溜息をついた。

「方針は変えられない」
「社長が現場におられたテレビ全盛の時代だったらそれも良いでしょう。ですが、時代は変わっています」
「これは既定事項だ」
「律子たちがネットで人気を集めているのはご存じでしょう?」
「君の方針は、むしろ時代に逆行していると思うのだが?」
「ならば尚更、長い目で」
「一年だ」

俺は社長を睨む。挑発を込めた俺の視線にたじろぎもしない。社長は断固たる意志そのものだった。契約時、社長は「これは私の持論」だと言った。だが俺には、現場を理解しない経営者の都合にしか思えなかった。少なくとも当時はそう思った。社長の真意を悟るのは伊織のプロデュースを終えた後のことになる。

「分かりました。伊織をトップにして見せましょう。いかなる手段を持ってしても」
「待ちたまえ。いかなる手段、というのは?」
「枕営業も辞しません」

俺が言い放つと、社長の目の色が変る。見たこともない社長の表情に、俺は息を呑む。蒼い鳥の時のTVディレクターやあのゴシップ記者と同じように、社長もこの業界で生き抜いてきたのだ。視線に射竦められ、一気に喉が渇いてゆく。
だが引くことは出来ない。俺は誓ったのだ。世界一にすると伊織に誓ったのだ。男に肌を晒した伊織を思えば、社長の怒りに身をさらす程度何の事もない。俺は歯を食いしばる。

「腹を割って話そう」

先に引いたのは社長だった。よっこらせとかけ声をあげ社長は立ち上がると、キャビネットに向かう。応接用のグラス二つと琥珀色の角瓶を取り出し、社長は俺に向かって聞いてきた。


「ストレートでいいかね?」

posted by tlo at 02:58| ○○の仕事風