2009年02月21日

伊織と俺のプロデュース10

もうもうと湯気の立ちこめるバスルームに、シャワーの激しい水温が響く。白い視界の向こうには、優美な曲線を描くシルエットが見え隠れする。熱い湯が肌をピンクに染める。湯は肌に弾かれ、まだ控えめな双丘の谷間からくびれた腰に流れ、脚を撫でるように伝っていく。

『君がそれも手段だというのなら、俺もそれを躊躇しない』

伊織はプロデューサーの告げた言葉を思い出す。躊躇しないという事はつまり、求められれば伊織の躰を差し出すという事だ。躰を差し出すということは……。伊織は胸に手をやる。近頃、手のひらには収まらなくなってきた乳房の奥で、心臓が高鳴る。耳の奥で響く早鐘は、熱いシャワーの所為だけじゃない。

『あの監督を落とせば一気に海外デビューを果たせる。君の言うとおり、これはチャンスだ』

確かにチャンスだ。だからこそ、あの時ホテルにまでついていったのだ。セレブアイドルなどと当て付けられて自棄になったのは事実でも、どこの馬の骨ともわからないテレビ番組のディレクターであれば躰を差し出すつもりは毛頭無かった。そう、一つの手段としてそれを選んだのだ。
伊織は、曇った鏡を拭う。そこには未成熟な14歳の少女が立っている。大人びていると言われても伊織はまだ大人ではない。面と向かって躰を売れと言われて、動揺しない訳がないのだ。だがしかし、もう子供じゃない。少なくともプロデューサーは大人として扱っていると伊織は考える。
少しは配慮しろと毒づく一方、子供扱いされるのは論外だ。この頃はその辺りの機微を見透かして、づけづけと正論をぶつけてくる。まったくもって憎たらしい。大体、いい歳して涙流してわんわんないて、10分も発ってない内に出てきたセリフとは思えない。いつものしたり顔でしゃあしゃあと……

「ったく、あの男はっ……」
「伊織ちゃんが男と……」
「そうよ、あの男と来たら」
「詳しく聞かせてくれるかしら」
「ええ、聞かせてやるわ……って何してるよ小鳥?!」

バスルームの扉から、小鳥が顔を覗かせていた。

家には急な仕事で泊まりだと言ってある。帰るわけにはいかない伊織はどこかのホテルで泊まると言ったのだが、プロデューサーが小鳥の部屋に連れてきた。深夜の来訪に小鳥は驚くわけでもなく、ただプロデューサーを一瞥すると

「一応、社長には報告させていただきますがいいですか?」
「はい。俺からも報告するつもりでしたけど…伊織をお願いします」

伊織を迎入れたのだった。




シャワーを浴びて人心地ついた所で、小鳥は伊織にオレンジジュースを持ってきた。すこし大きなパジャマの裾をめくり、伊織は一口含む。生ジュースの強い酸味が舌を心地よく刺激した。
「で、伊織ちゃん」
小鳥は伊織のはす向かいに座って身を乗り出してくる。満面の笑み。小鳥の勢いに押され、伊織は思わず身を引く。
「け、結構良い部屋、住んでるのね。小鳥」
「伊織ちゃんのお部屋にはかなわないわ」
「まあねー…って私の部屋見たこと無いじゃないのよ」
「いやー、妄そ…じゃなくて何となく想像できるじゃない?」
「庶民」に対する偏見からではあったが伊織には「思ったよりは良い部屋」に見えた。実際、都心からは離れているにせよ、3LDKという間取りといいセキュリティなどの管理面といい一介のOLには過ぎた部屋だ。
「これでもアイドルやってたもの」
「……そう」
物珍しげに部屋を見回す伊織に小鳥が答えると、会話はとぎれる。伊織はジュースをもう一口含む。
「伊織ちゃん。何があったか聞かせてくれる?」
今度は静かに小鳥は尋ねる。テーブルに膝をついて、伊織を見つめる。穏やかではあるが、笑顔の裏の強い意志を、伊織は感じた。
「興味本位じゃないのね」
「無いといえば、嘘になるかな」
小鳥は苦笑いして、頭をかく。そして伊織に向かい直すと、低い声で伝える。
「理由の一つは仕事よ。真夜中にプロデューサーがアイドル連れてきて、一日泊まらせてくれなんて普通じゃないもの。『管理面』から知っておきたいし、必要だったら社長に報告する」
「そう…そうよね……」
消え入るような声。肩を落とす伊織に、小鳥は語る。
「もう一つは、やっぱり心配だから。みんなが笑ったり泣いたりする理由を、私も分かるから。伊織ちゃんがそんな顔してると、私も悲しいわ」
「わかるの?」
「これでもアイドルやってたもの」
「……ねえ、他の子もこうやってここに来たことあるの?」
「……伊織ちゃんが初めてじゃないわね」

伊織はここに連れられてきた理由を悟る。恐らく、小鳥は「駆け込み寺」なのだろう。確かにプロデューサーには話しづらい事はある。信頼していたとしてもある筈だ。相談相手として、同性であり先輩でもある小鳥はうってつけであろう。
そう、小鳥は先輩だ。ならば、あの「常識」もしっていることだろう。

「――あ、あのね」

声を振り絞り、伊織は打ち明けた。
一度声が出てしまえば、あとは言葉がついて出る。

「それが常識だっていうなら、私もそうしてやるわ――」

常識というのなら恥ずかしいことはない。小鳥だってそうしているかもしれないのだ。胸を張ってやればいい。

「というか、もうそれに近いようなことはしたんだから――」

ふと、クラスメートが自分の初体験を喋る姿を伊織は思い出す。興味津々の友人達に、もったいぶって口をつぐんだと思えば得意げにまくし立てる、あの姿を。

「だ、だから、体を売るなんて怖い事じゃないわ!」
「伊織ちゃん」
「な、なあに」
「プロデューサーさんが、そうしろって言ったの?」


『君がそれも手段だというのなら、俺もそれを躊躇しない』


「え、ええ。でも、私は全然怖くないんだから」
「本当にそう言ったの?」

『あの監督を落とせば一気に海外デビューを果たせる。君の言うとおり、これはチャンスだ』

「………」
「伊織ちゃん。正直に答えて」


『でも覚えておいて欲しい。確かにチャンスを掴めずに去っていく人は多い。だけど、チャンスをものに出来る人も多くないんだ。いいかい、成功するアイドルは男と寝るんじゃない』


「それは…」
「伊織ちゃん」


『時代と寝るんだ』


言った。手段は問わないと言ったはずだ。だが一方で、こんな事も言うのだ。男と寝るアイドルが成功するのではないと。そして時代と寝るとはどういうことか。


「……分からないの」
posted by tlo at 02:34| ○○の仕事風