2008年12月27日

伊織と俺のプロデュース8

 
「どうした? さっきまでの勢いは何処に行った?」
「……アンタ、こんな所で寝泊まりしてるの?」
「ホテルには変わりない」

男はネクタイを取るとダブルベッドの上に放り投げる。天蓋のついた豪華なベッドは装飾の品の無ささえ目をつむればそう悪いものではなかった。壁には大型のテレビがついていて、確かに下手なホテルよりは良い設備と言える。

伊織は、ラブホテルに連れてこられた。

「さあ、始めようか」
「待って」
「怖じ気ついたか?」
「……心の準備ってものがあるわ」
「君はステージに上がるのに客を待たせるのか?」
「シャワーぐらい浴びせてよ」
「アレで良ければ」
「………」

親指で指し示された先には、ガラス張りのバスルームがあった。トイレまで一緒のユニットバスを前に、伊織は立ちつくす。

♪〜

携帯が鳴る。恐らく新堂からの呼び出しだ。映画監督が現れたなら呼び出すように言い付けておいたが、当の監督はパーティー会場に顔も出さずに盗撮にふけるような人間で、しかも今、目の前にいるのだ。

「ファンタジーはリアルを超えられない。だが現実は常に人の想像を超える。金策の為のくだらないパーティーで、これほど素晴らしいファンタジーに出会えると誰が想像する? 見せてもらおう、君のリアルを」

男はカムを構える。伊織に向けられたレンズの奥で絞りが締る。高鳴る心臓に視界は狭まり、襲い来る浮遊感を携帯の呼び出し音がつなぎ止める。止めるなら今だ。引き返すならここだ。ここを踏み越えれば――。

「スカートを上げて」

伊織はスカートに手をやり、

「新堂?」

ポケットから携帯を取り出す。しかし男はカメラをはずさない。彼にとってはこの逡巡さえも極上のリアルなのだ。『少女が処女を捨てる時。』 もう自分は男のファンタジーの中に取り込まれているのだろう。伊織は、答えた。

「急な仕事が入ったの。……ええ、明日の早朝から。現場のホテルに泊まるから、先に帰ってちょうだい」

オママゴトのアイドル活動なんかじゃない。自分はいつも本気だった。枕を涙でぬらしたのも幾夜。「ファンのため」と己に言い聞かせ、場末の小屋で水着で歌い、好奇の目に肌をさらした日も忘れやしない。この男はコレが常識だという。体を貼ればとあの少女は言った。それがこういう意味ならば。

「スカートを上げて」

伊織は再びスカートに手をやる。カメラが顔から、スカートに向けられた。裾を掴む。伊織の艶姿をとらえんとカメラは微動だにしない。息を整え、伊織は少しずつスカートの裾を上げていく。膝丈のスカートが徐々に上がっていく。男は一時もカメラから目を離さない。レンズが露わになった伊織の太股を舐める。

「あげた…わ…」

スカートの裾から、ショーツのクロッチが覗く。淡いピンクであったが伊織の白い肌には鮮やかだ。そしてシルクの薄い布地は、固く閉じられた伊織の蕾を象って。

「パンツよく見せて」

スカートをさらに上げる。ショーツには花柄がレースであしらわれていた。股上が浅めの「オトナのデザイン」で、足を通す時にはいつも胸の高鳴りを覚えていたものだった。そう「オトナ」に憧れていた。その意味も深く考えずに。

レンズが絞られ、ソコにフォーカスされる。ねっとりと、なめ回すように、たっぷりと。これからこの身に起きることが明確に想像される。クラスメートがしているそういう話を、下品と切り捨てつつも聞き耳を立てずにいられない伊織だった。ましてや、今さっき「その現場」を見てしまっているのだ。

「少しおとなしくしてろ」

カメラを操作していた片手が、伊織の足に伸びてくる。伊織の体はこわばった。

「脚を開いて」

ひんやりとした男の手は、股の手前で止まった。抑揚のない言葉に命じられ、伊織はいっそ無理にこじ開けてくれたらと思った。押し倒され、力づくで股を開かれ、ショーツをむしり取られ、野太い指で散々に弄ばれたあげく、強引に散らされたの方が気が楽だったろうに。

男は伊織に『娼婦』になることを求めている。

己の意志で『客』に媚び脚を開いて腰を振れと、伊織に求めているのだ。男に尻を突き出していたあの少女も、「初めて」はこうだったのだろうか。夢を掴むためには躰を差し出さなくてはならないのか。アイドルも娼婦も本当に変わらないというのか。ここで脚を開けば自分も、往来で交尾をするような雌犬になってしまうというのか。

「………いゃ」



「…ふぅ」

男の盛大な溜息と共に「撮影」は終わった。男は伸ばした手を引っ込め、カメラを操作する。

「いい絵が撮れた」
「……え」
「いい絵が撮れたといったんだ。お疲れさん」
「……まさか、最初から……」
「14歳のアイドルが躰を売り渡す絵なぞ、そうそう撮れるものじゃないからな」
「ふざけないで!!!!!」

一気に血が逆流した。虚仮にされたのだ。14歳。確かにこの男の半分も生きてないだろうが、それでも伊織はこの14年の人生を全て差し出すつもりでいた。そしてこの男より長いであろう、これからの人生も。それほどの決心で、それほどの覚悟だった。

「私を抱きなさいよ! 私の躰を舐めまわして、犯しなさいよ!!」
「冗談じゃない、そんな事したら犯罪だ」
「アンタさっき常識だっていったじゃない!」
「俺は人のセックスを盗み撮りする程度は狂っているが、ガキを抱くほど狂っちゃいない」
「私はもう、女よ!」
「体を売るなんて、やけくそで言っているんだろう? それをガキと言うんだ」
「……ッ!!」

図星をつかれ、伊織は言葉を失う。セレドルというあの言葉に叩かれ、伊織は己の出自を呪いさえした。アイドルごっこと呼ばわれ、ヤレば出来ることを証明してやりたかった。

「私は……私は……」
「お疲れさん。帰国したばかりで疲れているんだ、もう帰ってくれ」
「こんなんで……納得できるわけ……」
「……やれやれ、そんなに体を売りたかったのか?」

男は札を7枚、伊織に突きつけた。

「ほら、娼婦の証だ。どんな形であれ、俺が君を買った事には変わりないだろうからな」

伊織は男を突き飛ばし、部屋を飛び出した。もう何も分からなくなった。怒っていいのか泣いていいのかさえ分からない。外に出て、冷たい風に吹き付けられて、伊織は股間の異変に気づく。

濡れていた。

夜の街を走る。何処を走っているのかも、何処に走っていくのかも分からない。

もう、何も分からない。



分かりたくも、ない。
posted by tlo at 21:55| ○○の仕事風