2008年12月26日

伊織と俺のプロデュース7

「大丈夫か?」
「ひゃぅ」

泣きじゃくっていた所を急に声をかけられ、奇声があがる。顔を上げれば少女の姿は既に無く、そこにはひげ面の男が立っていた。着慣れた様子の正装のスーツ。片手にはハンディカム。

「まあ、泣き出すのも無理はないがね」

と、男はハンディカムを操作する。伊織は気づく。彼こそが目的の映画監督だった。

「ふむ、いい絵が撮れた」
「アンタ、アレを撮ってたの?!」
「ああ」
「私によこしなさい!」
「これをどうする?」
「マスコミに配ってやるのよ!」
「断る」
「なっ…アンタ、アレを許せるって言うの?!」
「別になんとも思わないが」
「別にって……!」
「あんなのは業界じゃ日常茶飯事で公然の秘密だ。君は知らなかったのか?」
「でも犯罪じゃない!」
「こういう所なんだよ。ここは」

男は悪びれもせずに伊織を諭す。子供に世間の常識を教える大人の態度だ。いままで自分の依って立っていた全てが崩れ去っていく。つまり、あの少女の方が正しいのだ。伊織は目眩によろける。

「大丈夫か?」
「離してっ」
「無理するな。ショックだったんだろ?」

小柄ながら頑丈な体躯が、倒れそうな伊織の体を支えた。

「君は間違っちゃいない。狂っているのはこの業界だ、俺も含めてな」
「……」
「君は正しい。でも、正しさだけで渡れる業界じゃない。ここで何かを得ようと思うなら、引き替えに多くのものを差し出す事になる」

抱きかかえられながら、伊織はその優しい声を聞く。優しくも、力強い声だった。こわばっていた体から力が抜けていく。体重を預けると、男は赤ん坊をあやすように背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「落ち着いたか?」
「……ありがとう」
「率直に言えば、早くこんな所から離れた方が良い。君のような子が薄汚れていくのは見るに忍びない」
「……………私にアイドルをやめろっていうの?」
「ああ、そうだ」
「あんた狂っているんじゃなかったの?」
「狂っている。人のセックスを盗み撮りする程にな」
「狂人が説教するなんて、ホントにここは狂ってるわね」

伊織が胸に埋めていた顔を上げる。男を少女と目を合わせる。瞳から流れる涙は、彼女の気高さと可憐さを引き立てる宝石だ。

「私を抱きなさいよ」
「君は自分の言っていることが分かっているのか?」
「ええ、あなたに『営業』を持ちかけているのよ。監督さん」
「正気か?」
「この世界が狂っているなら――私も、狂うわ」

伊織から一歩離れ、少女の姿を見た男は息を呑んだ。まだ未成熟ではあるが、腰の線はもう女を主張している。彼女は咲き誇らんとする薔薇の蕾で、それを手折って散らすのは耐え難い悪魔の誘惑だ。先ほどまで抱きかかえていた腕に残る、少女の躰の柔らかさ。


「……俺の部屋に来るがいい」

posted by tlo at 22:51| ○○の仕事風