2008年12月26日

伊織と俺のプロデュース5

それは例えば「クラスのあこがれのあの子が援交していた」とかそういう類の、思春期に抱きがちな絶望感に近いかも知れない。あるいは「大事にしていた娘がどこぞの馬の骨に傷物にされた」とかの自分の事を棚に上げた父親の憤慨ともいえる。いずれにしても「少女はいずれ女になる」という一般論は、具体例になると一気に感情の色を帯びる。
アルタのモニタを見ながら、俺はそんな事をぼんやりと考えていた。モニタには伊織が出演するはずだった番組が映っている。そのアイドルは伊織と同じ歳のはずで、まだあどけなささえ残っていた。伊織だったらノリつっこみで完璧に返していていただろう司会者のネタフリに、おろおろする辺りは愛くるしささえ感じてしまう。

だが、この少女は。

あの店を出た後別の店で飲み直しても、全く酔えない自分を見つめるばかりだった。仕事が減っている原因は分かった。しかし、分かったところで対応のしようがない。耐えるしかないのか。いや伊織は耐えられまい。それより、この事を伊織が知ってしまったら……伊織がソレを持ちかけられたなら。

『僕の言うことを聞いたらゴールデンに出してあげるよ』

伊織は確かに潔癖だ。だが手段を選ばぬ現実主義者でもある。そう「少女はいずれ女になる」のだから、要はそれの捨て所だ。天秤が傾けば伊織は躊躇しない。だが、伊織は、躰をまさぐられながら涙を流すに違いないのだ。

「クソっ」

思考はいつもそこでとぎれ、スタートに戻る。こんな事を何遍も繰り返して、街をぐるぐると歩き続ける。熱いシャワーを浴びて一晩寝れば頭もすっきりするだろう。だが思考を整理し、感情を分類して今まで生きてきた。まして裏の世界にも足をつっこもうというのだ。今、錨を降ろさなければ漂流してしまうに違いない。だがしかし……

ぐうううう……

悩んでいても腹は減るのだ。もう5歳若ければ自己嫌悪のあげくに、世界を呪詛していたに違いない。だが腹が減っては戦は出来ぬという真理を、今の俺は身をもって知っている。若かりし日の自分が今の俺を見れば、堕落と糾弾するに違いなかろう。財布を開く。怒りにまかせて叩きつけてきた金額に後悔を覚え目の前にあるファーストフード店に入ろうとした、その時だった。

「・・・ちょっとなによ!」

雑踏に紛れて聞こえてくるその声に、俺は素早く反応していた。人混みを縫うように駆け抜けると、案の定そこにいたのは警官と押し問答になっている伊織だった。

「伊織!」
「プロデューサー!?」
「あ、すいません。うちの伊織が何か……」
「あなたは?」

人を観る警官特有の視線に、俺は名刺を差し出して見せる。警官はライトを取り出し名刺を確認する。

「何をしたんだ、伊織」
「ごめんなさい……プロデューサー」

今にも消え入りそうな声に怯える仕草。それは伊織がもつ48の猫かぶり技の一つ。伊織ぐらいの女の子が一人歓楽街にいれば、警官は声をかけるだろう。それ以上の意味が無いのだとしたら面倒はやっかいだ。

「すいません。仕事を終えて帰るところだったんですけど、ちょっと目を離した隙にはぐれてしまって」
「………」
「ダメだろ、明日も予定詰まっているんだから今日は帰って寝ないと持たないぞ」
「だって……お腹がへっちゃって」
「そこでハンバーガー買ってやるから。な?」
「……はい」

俺達の即興芝居に警官は、俺の身分証明を求めてきた。

「それは構いませんが……何か理由があるんですか?」
「いえいえ、事務的なものですので」

俺が差し出した運転免許証を警官は受け取ると、やはりライトでしげしげと確認する。「援助交際」している男と少女と、警官の目には映っているのだろう。行き交う通行人は遠慮無く好奇な目を向ける。だがこの街では珍しくもない光景なのか、彼らは立ち止まることなく通り過ぎていく。

ようやく警官が放免してくれた。伊織は腕にしがみついてくる、演技はまだ終わっていない。警官はそれとなく後をつけてくる。駆け抜けた道を戻ってファーストフード店に入った。0円のスマイルに迎えられて、俺はようやく人心地つく。だが、伊織はまだ腕を放そうとしなかった。

「大丈夫か伊織」
「……」
「なにか食べよう」

人がまばらにいた2階席も、3階席まで行けば誰もいなかった。分厚い肉が挟まれたハンバーガーをほおばりながら、オレンジジュースとアップルパイに手を出そうともしない伊織の様子を窺う。彼女の魅力でもあるくるくると変わる表情が消えている。ドレスアップされた姿と相まって、まるで人形だ。

「どこかパーティーだったのか?」
「……ええ」
「一人じゃないだろう? 新堂さんはどうした?」
「……」
「なあ、伊織」
「……なに?」
「なにがあったか話してくれないか?」

ポテトをつまんでいた指を休め、机に肘をついて乗り出す。消えていた表情に、逡巡が見え始めた。伊織が顔を上げる。目が合う。見つめ合う。例え今、揺らいでいても伊織に悟らせてはならない。先に視線をそらしたのは伊織だった。そして口を開く。

「アイドルと娼婦って何が違うの?」
「なっ」

『何故そんな事を聞く』といいかけ、俺はその言葉を必死で飲み込んだ。そう、伊織がこういう問いかけをするときは、いつも重大な何かが背後に潜んでいる。俺は言葉を選ぶ。伊織は俺の言葉を待つ。遠くから家電量販店のテーマソングが聞こえてくる。

「アイドルも、娼婦も、同じだよ」

資本主義社会では全てのモノに値札が付く。それは人間も例外ではない。「労働力」と名前を変えた人間は「商品」として「市場」で「値札」がつけられる。そういう意味ではファーストフードのアルバイトも変わらない。ついさっき彼氏に裏切られ別れてきたばかりでも、彼女たちは0円でスマイルを売らなくてはならないのだ。レーニンは間違っていたかも知れないが、マルクスの言っていたことは真理……

ばしゃっ!!

伊織にオレンジジュースをぶっかけられた。俺は冷静にハンカチを取り出し、顔を拭う。伊織は真っ赤になって、目頭に涙を浮かべていた。

「アンタも、『そう』なのね」
「……それが真実だからね」

彼女たちは「躰」を労働力として市場に売り出す。男達はソレを買う。労働に貴賤はない。資本主義は残酷なまでに平等だ。彼女たちが低く見られるのは、男達が抱える矛盾を一手に引き受けているからに過ぎない。男達は妻には貞淑を求め、娘には清純を望む。だがその男達が、娘と同じ年頃の少女を買うのだ。そう、彼女たちが卑しいのではない。卑しいのは男の……

ばすっ!

一張羅のスーツに、投げつけられ破裂したアップルパイのジャムがしたたる。伊織は立ち上がり、俺を見下ろす。

「じゃあ娼婦は卑賤じゃなくて、アイドルも躰を売ることには変わらないっていうのね?!」
「心を売る所まで一緒さ」

俺は顔を上げる。伊織の頬を涙が伝った。

「何があったんだ? 伊織。教えてくれ」
「……寝てやったのよ」
「……え?」



「だって、アイドルも娼婦も変わらないんでしょッ!?」

posted by tlo at 21:56| ○○の仕事風