2008年12月19日

伊織と俺のプロデュース4

そのビルは一般人からみれば羨望の象徴であったろうが、伊織にしてみれば成り上がり者が積み上げたバベルの塔に過ぎない。だからその上階に住むという「メディアの風雲児」とやらも、どうという存在ではなかった。だが伊織はその男の主催するパーティーに出席している。
伊織の父親へは以前より、その男からパーティーへの招待があったという。だが水瀬グループは実業の比率が高く「虚業」とは縁が薄い。今まで丁重に断っていたのを伊織が出席するのは、件の監督がパーティーに出席すると聞きつけたからだ。
内容には抵抗があったが、映画出演そのものには興味があった。その後監督について調べてみれば国内ではほぼ無名なものの、プロデューサーが言うとおり海外では高い評価を受けている。海外での評価と下着姿なら悪い取引ではない。伊織は、その監督に会うつもりでいた。


『初めまして。お招きに預かり光栄ですわ』
『とんでもありません。『水瀬』のお嬢様にご出席いただけるとはこちらこそ光栄に存じます』

「風雲児」は思っていたより「社交慣れ」していた。が、それだけに、伊織は嫌悪感を禁じ得なかった。この男も自分を水瀬家の所属品としか見ていない。この男だけじゃない。このパーティーに出席している業界関係者は、「アイドル水瀬伊織」を見向きもしないくせに、「水瀬のお嬢様」にはへらへらとへつらってくるような連中だ。

「……やっぱり来るんじゃなかったわ」

壁の花になりながら、会場の様子を見やる。品のないパーティーだった。男達の興味は素っ気ない返事ばかり返す取り澄ましたお嬢様より、コンパニオン達に移っていた。年嵩は多分春香達と変わらないというのに、媚態で男を誘い、肩を抱かれ、投げ出した太ももをなでられ、胸を触られたと嬌声をあげ、けたけたと笑う。コスプレだと思っていたセーラー服やブレザーも彼女たちが通う学校の制服に違いない。

「新堂、監督が来たら携帯で呼びなさい」
「どちらに、いかれるのですか?」
「外の風に当たってくるわ」




未だ姿を現さない映画監督を待ってはいたが限界に近かった。以前なら席を蹴っていただろう。自分でも我慢強くなったと、ビルの屋上から夜景を見下し、伊織は思った。
季節はずれの小春日和の一日だったが、流石に屋上は肌寒い。吹き付ける風が髪を洗い流す。だが今はもっと強く吹いて欲しい気分だった。あの汚濁を洗い流したい。トイレの後に手を洗うように。
人間の裏表は知っている。世の中きれい事じゃ済まないことも承知している。幼いときから「観察」してきたのだ。条理が通らぬ浮き世なら、要領よく渡るのが賢いと。だからこそ、父を利用して芸能界にねじ込ませた。
そうだ。確かに思惑通りには進んでいない。だが、メジャーに後一歩という手応えは確実に感じている。スキャンダラスな内容ではあるが、この映画の仕事をモノにすれば大きな宣伝効果になるはずだ。なんならこのパーティーで監督をたらし込んでしまおうか。
アイドル水瀬伊織ベルリン映画祭出展作品に出演! そんな見出しを想像して、伊織は冷たい空気を大きく吸い込む。

「そうよ。負けてなんかいられないんだから」


屋内への重い扉を開けると、階段の踊り場は薄暗かった。来る時に気づかなかったのは、頭に血が上っていたからだろう。足下に気をつけながら、おそるおそる階段に踏み出す。踊り場の明かりの届かない階段の途中は暗闇に包まれる。

……
……

暗闇の底から、何かが聞こえてくる。人の声? 暖房の効いたヌルイ淀んだ空気には湿気が混じり、伊織の肌をなでる。

ぞくり

鳥肌が立つ。心臓が高鳴る。音にならない高音に脳裏を焼かれる感覚。

ん……あ……

低く、抑えられた、艶めかしい女の声。肉を打ち付ける音。
この階段の先にある、



伊織はソレを見た。
posted by tlo at 01:17| ○○の仕事風