2008年11月11日

伊織と千早と蒼い鳥−Epilogue

「先日は、ありがとうございました」
「おかげさまで、とってもいいステージにしていただきました。本当にありがとうございましたぁ」

俺の礼に伊織が特上の甘ったるい声で続く。俺達は先日の収録の礼に、TV局のディレクターを訪れた。収録したステージは先日放送され、週末深夜帯の番組にしては高めの視聴率を納めた。もっともその週には、大物アーティストがアルバムをリリースし、番組のメインゲストに招かれている。好視聴率の理由はそれだろう。それでも多くの人に伊織達の姿が露出したのは事実だ。それも現時点で望みうる最高のステージを見せられた事は大きい。

「ん……ああ」

職人ディレクターはいつものように、素っ気ない返事をする。伊織がアドリブを決意した時、俺はこのディレクターに演出プランの変更を伝えた。

〜〜〜

『ようするに、アドリブやりたいって事だろ?』

どんなに言い繕っても見透かされる。下手な嘘は怒らせるだけだろう。俺はその言葉に頷き、頭を下げた。

『お願いします!』

千早のプロデューサーも声を上げ、頭を下げる。

『多分、こうなることを千早は予想していたと思います。望んでさえいたはずです』

伊織の意志を俺は千早のプロデューサーに伝えた。反対されるものと思っていたが、彼は頷いた。彼も千早から、それとなく話をされていたという。

『あなたが伊織を信じるように、俺も千早を信じます。俺は千早のプロデューサーです』

伊織は俺達のプランをぶちこわそうとしている。俺が伊織の為に悩み抜いてたてたプランだ。思い入れのない筈がない。だが、それでは「蒼い鳥」を歌えないと伊織は考えた。そして俺の「過保護」なプランを壊す行為そのものが、「蒼い鳥」を歌う事だと結論した。

伊織は俺のプランの先を行ったのだ。

『お願いします!』

俺も声を上げる。最早ステージで俺の出来ることは何もない。俺のすることは、伊織達がステージを全うできるよう横から支えること。伊織の意志を遂げさせることだ。例え、土下座しようとも……

『ん、分かった』

しかし返ってきたのは、素っ気ないうなずきだった。彼の号令一下、スタッフ達が動き始める。てきぱきと動くその様子に、戸惑いは一切無い。収録は何事もないかのように始まり、何事もないかのように終わった。歌い終わった後、スタッフからは拍手とねぎらいの言葉が二人のアイドルにかけられたが、すぐに次の収録の準備が始まると、俺達はスタジオを追い出されている。

〜〜〜

「俺の駆け出しの時分はな、そんなの当たり前だったんだよ。ライバルと目したアイドルがすげえステージしたら、それに負けじとやりかえす。どいつもこいつも生き残りに必死だ。そんな真剣勝負の立会人が、リハーサルと違うなんて言ってられねえだろ?」

俺が抱いていた疑問。何故あっさりと伊織のアドリブを認めたのか問うと、彼はいつになく熱っぽい調子で話し始めた。

「うちの連中にはその辺きっちり言い聞かせてるあるんだよ。ま、素人に毛の生えた程度の連中の尻ぬぐいにしか役に立ってなかったけどな」
「すごぉい! 伊織、こんなに気分良く仕事できたの初めてだったんだけど、そういう事だったのね!」

伊織がすかさず合いの手を入れる。こういう時は本当に卒がない。もっとも相手は百連錬磨。伊織の営業スマイルに彼は、にやりと口元を歪めてこう返した。

「ま、尻に殻をつけたまんまのひよっこなんざ、どんなに飛んでも高が知れてるがな」

「きーーー! 何よ、アイツ! 私がひよっこだっていうの?!」
「まあ、あの人はこの道のベテランだからなぁ…それに比べれば」
「って、アンタも私をひよっこだっていうわけ?!」
「いや、そこまでは言わないけど」
「大体、アンタがもっとまともなプランを用意してればアドリブになんかならなかったんじゃない!」
「……面目ない」

帰りの車中。やはり伊織の怒りが爆発した。例によって俺が怒りの矛先になるのだが、正直今は気が重い。
彼女たちがプロデューサーの思惑を超えたパフォーマンスを見せてくれたのは、確かに喜びだった。最後には千早までアドリブを入れ、その高らかに響く歌声に彼女の担当プロデューサーは涙さえ流していた。彼が涙もろいのは知っていたが、俺もその涙は理解ができる。
だがしかし、もし収録が失敗していれば、俺は彼女たちの実力を計り損ね、彼女たちの要望をくみ取れなかったと誹られていた。最初からまともなプランを立てていればという、伊織の言葉はあながち八つ当たりの無茶ではない。
彼女たちは急激に成長する。今回は俺も、一つ勉強になったという所か。

「ゴールデンよ! Mステに出て、あのオヤジの鼻をあかしてやるわ!」

確かに伊織達はまだ未熟だ。今、彼女たちが導き出した最高のステージにも、もっと別の答えがあるに違いない。それでも、俺は彼女たちの「羽ばたき」を見た。そしてあのディレクターも同じものを見た筈だ。「ひよこ」と言った彼の言葉は、「成長」を期待する激励に違いないのだから。そう、ひよこは成長するのだ。満足はしていられない。伊織も俺も。

「早くアポとってきなさいよ!」
「なあ伊織」
「なによ」
「この前のステージ。最後にお前と千早と、何か喋ってなかったか?」

とりあえず、無茶を言い出した伊織の話をそらすため話を振る。もしかしたら気のせいかも知れないし、喋ったのは千早か伊織か一人だったかも知れない。ただ何かを話したのは間違いない。二人とも今はソロ活動に入ったとはいえ、あの関係がどうなったかを知るのもまた仕事の一つだし、個人的にも好奇心以上の関心を俺は持っていた。

「……ああ、あれ」

伊織はさっきまでの勢いは何処へやら、口をつぐむ。

「教えてくれないのか?」
「それぐらい……」

そしてこれ以上は話さないと言わんばかりに、ぷいとそっぽを向けて、ぽつりと――



「それぐらい、アンタ察しなさいよ」



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posted by tlo at 18:10| ○○の仕事風