2091年07月07日

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日々の妄想を書き連ねたりSSを連載したりするブログ


伊織と千早と蒼い鳥

伊織と俺のプロデュース

伊織とやよいとサバイバル



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2015年04月19日

糖尿マネージャーとましゅまろアイドル

「マネージャーさんはコーヒーでしたよね。ミルクも入れるんでしたっけ?」
「ああ、うん。そうだけど、三村さんは座っててよ。アイドルなんでしょ」
「でも、台所に立ってる方が落ち着くから……」
「君にコーヒー煎れさせたなんて知れたら、美城から何言われるか分かったもんじゃ無い。三村さんはミルクだったね」
「あ、はい。…じゃあ、お言葉に甘えて」
えへへ、と笑いながら彼女は席に戻ると、鞄から取り出した包みを広げる。安物のパイプ机に広がったクッキーは、色とりどりの花のようだ。ただ、お手製のクッキーを満足げに眺める様は、お預けを食らっているチャウチャウに見えなくは無い。パーティションで区切っただけの台所からそんな様子をみていると、ふと目が合って彼女がはにかむ。
「先に食べてていいよ」
「いえ、待ってます。マネージャーさんと一緒の方が美味しいですから」
ブラインドから漏れる西日で染まるくたびれた小さな事務所に、パンジーのような明るい笑顔がほころんだ。

彼女、三村かな子を預かったのは、美城プロダクションのとある案件を片付けたのがきっかけだった。業界大手のプロダクションが零細個人コンサルタントに所属アイドルを預けるには、何か訳があるのだろう。が、こちらにしてみれば数ヶ月とはいえレギュラーの仕事がある事には代えがたく、仕事先まで付き添えない彼女のプロデューサーの代わりに、マネージャーとして同行する日々が続いている。

「それじゃあ、頂きます」
「たくさんどうぞ」
ふむ、とクッキーを一つつまみ上げて、一囓り。鼻腔に広がる芳醇なバターの香り。だがそのクッキーは、初顔合わせで一つだけ食べたあの時の甘さには及ばない。顔を上げると、彼女は私をのぞき込むように見つめていた。
「甘さ抑えたの?」
「マネージャーさん、食事制限してるって言ってたから」
「ありがとう。これならもう少し食べられそうだ」
美味しいよと言うと、嬉しそうに彼女もクッキーを一つほおばる。目尻が下がって、やわらかそうな頬が口角と一緒に上がる。とろけそうな笑顔にしばし見惚れて、私も思い出したようにクッキーの残りをほおばる。絶妙なバターの塩加減がほのかな甘みを引き立てている。噛みしめていると小麦粉本来の甘さが奥歯に広がった。
「うん、美味しい」
「ありがとうございますっ」
「これだったら今日はブラックにするんじゃなかったな」
「……あ、だったら私のミルクと半分こしませんか?」
「いいの? コーヒーは苦手だったよね」
「マネージャーさんがいつも美味しそうに飲んでるから、美味しいのかなって」
どうですか?と彼女は首をかしげる。三村さんの仕草に頬が緩み頷こうとした刹那。ふいに、甘い歌声が流れ始めた。

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posted by tlo at 00:00| ある日の風景的な何か

2010年05月04日

伊織とやよいのサバイバル29

#サバイバル編はとりあえず終わりです。

「正直、勝てるとは思わなかった。やよいと一対一にならないようにするのが私達の戦略だったんですものね」
「俺もお前が負けを悟っていたように見えた」
伊織は何か言いかけて、しかしそのまま口を閉じた。

IUの優勝から半年が過ぎた。その間、伊織は多忙を極めた。地デジのキャンペーンガールとしては、ポスターの写真撮りぐらいにしか仕事にならなかったが、テレビの露出が増えたのである。念願のMステにも出演できた。冬クールのドラマは、ダメもとで営業をかけた冨士の深夜枠も決まり二本に出演。そして深夜枠にも関わらず番宣の一環でイイトモにも出演した。哲子の部屋にも何故か呼ばれた。番組プロデューサーから理由を聞けば「IU優勝者という時の人でもあり、なによりホストが伊織の出演を熱望した」という事だった。
「モリタさんからアナタ頭がいいからお話が楽しいって聞いておりましたのよ」
そんな調子で被っている猫を剥ぎ取る勢いのホストのペースに乗せられた伊織は、収録後憔悴しきって「もう二度と出ない」と言ったものだ。
露出が増え知名度があがると、いままで見向きもされなかった営業先からもオファーが舞い込むようになる。仕事は雪だるま式に増えていった。この機に乗じ、俺は伊織を馬車馬のように使った。勢いに乗るのは大事なことだ。伊織もそれを理解していて、文句の一つも言わなかった。

ある春の日の昼下がり。765プロ事務所で、俺は伊織とミーティングの時間を持った。多忙の日々の合間の一時。特に議題を用意した訳では無かったが、話は自然とIUの事になっていた。
「やよいってね、ファンの顔が見えるんだって」
伊織が再び口を開く。
「やよいは視力がいいんだな」
「IUのステージに立っても見えるっていうのよ」
「オカルトか何かにしか思えないが……」
「そうね、私も信じられなかったわ。そう信じて言い切るのがやよいの強さだろうって」
俯き加減に微笑んでいた伊織が、目を上げる。
「だけどね。私も見えたの」
IU準決勝。勝利を告げられた伊織は、ペタリとその場に座り込んでしまった。放心したように会場を見上げて立ち上がらない伊織の姿は、見るものにこれが如何に過酷な戦いであったかを印象付けた。俺も、負けを覚悟していた所に不意を撃たれたのだとばかり思っていた。
「見えたっていうか感じたっていうか。とにかく、会場にいたファンどころか、ネットで投票した人まで、一人一人、そこにいるんだって──」
信じる?と伊織は聞いてきた。自嘲気味に笑う彼女に聞き返すと、小さく頷いた。俺は口に手をやり考え、そして答えた。
「信じるよ。やよいがそうなのだから、お前もそうなんだろう」
「でもね、やよいに話したら、やよいとは違うらしいわ。やよいはあくまで会場にいるファンだけだって」
「今でもまだ、見えるのか?」
「あの時の、一瞬だけ」
伊織は首を振る。だが俺に向き直って目を合わせると、はっきりと言い切った。
「だけど、見えたの」

IU以来、確かに伊織のステージングが変わっているのを感じてはいた。自分の信じる最高の自分を見せるのが彼女の以前のステージであったのに、今は色々と試行錯誤しているのが見て取れる。あえて何も言わなかったし、相談されることもなかった。
発端となったのは、その不可思議な体験だった。伊織がここに来てそれを話したのは、おそらく彼女にもそれが何だったのか分からなかったからだろう。しかし、もし尋ねられてもその現象が何だったのか俺に答えられる訳もなく困っていると、果たして伊織はその問いを突きつけてきたのだった。

「ねえ、一体なんだったのかしら。わかる? プロデューサー」

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posted by tlo at 20:43| ある日の風景的な何か

2010年02月12日

伊織とやよいのサバイバル28

「待ちたまえ。話が急過ぎないかね?」
「アイドルアルティメットも終わって、区切りもつきましたし」

IUは伊織ちゃんの優勝で幕を閉じた。やよい相手に苦戦した伊織ちゃんだったけど、決勝戦はあっけないぐらいの楽勝だった。そもそもあの準決勝が、出来レースに納得できない事務所のアイドルが集められたものだった。だから決勝メンツは八百長話に乗っている事務所のアイドルで、勝つのがやよいでなくて伊織ちゃんになったという話なのだけれど。
社長室の外では、伊織ちゃんの優勝祝賀会が盛り上がってる。席を外した社長に、僕は辞意を伝えた。社長は驚いてるけど、僕はやよいのIUが終わった時点で会社を辞める心積もりでいた。

「結果として伊織ちゃんが勝ちましたけど、一連の騒動の責任を取りたいと思います」

社長はため息をついて、椅子に身を沈めた。僕がプロデューサーを下ろされなかったのは、IUを戦っているやよいや伊織ちゃんへの配慮に違いなかった。僕が言わなくても、いずれなんらかの処分があるのは違いない。けど机の前で処分を待つ僕に、社長は質問をしてきた。

「それは高槻くんも承知しているのかね?」
「……いえ。ただ、いずれにしても、やよいがIUに負けた時点でプロデュース期間はすぎてますから」
「それでは、私は認める事はできんな」
「何故…ですか?」
「そもそも今回の件は、君の独断専行にも原因があった。少なくとも高槻くんには、君がやろうとしていることを知らせるべきだった。違うかね?」

返事も出来ずに僕は立ちつくす。社長は身を乗り出し、内線をかけた。

「今、高槻君を呼び出す。彼女を納得させることが出来たら、君の辞職を認めよう」

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posted by tlo at 22:26| ○○の仕事風

2010年01月26日

伊織とやよいのサバイバル27

実のところ私はアイドルという存在に、なんら幻想を抱いていない。私がスタイリストになろうと弟子入りした時にはもう陰りが見えていたし、独立して仕事を始めたころは「アイドル」という肩書きはタブーになっていた。
私が初めて担当した子は、13歳でモデルデビューした鳴り物入りの美少女だった。山崎すぎおという独立したばかりのスタイリストが彼女を担当できたのは、今になれば運がよかったとしか思えないのだけど、その時はセンスが認められたのだと私は鼻息が荒かった。その後、彼女はヘアヌード写真集を出したりセンセーショナルなプロモーションでトップアイドルに上り詰めたけど、それでも私はアイドルに醒めていた。
私が選り抜いたコーディネートで着飾って、グラビア写真を撮ったその次の仕事で、きぐるみを着て芸人とバカなコントをしているのだ。若かった私はバラエティーやワイドショーに出ては他人のコーディネートに「辛口コメント」をしては憂さ晴らしをしていたが、レギュラー出演していた番組から「。」なんてアイドルグループが産まれたのは皮肉としか思えず、素人くささが抜けない彼女たちのスタイリストを依頼された時には運命さえ呪った。

「なんで、審査員なんて引き受けたのかしら」

トイレから出たところで、私はばったりと件の765プロアイドルと出くわしてしまっている。目が合って互いに立ち止まってしまったものの、交わす言葉があるわけもなく。ふつふつと沸いてきた怒りと疑問に、思わず愚痴がこぼれた。

「あ、あのー」
「なあに?」
「後悔しているんですか?」
「違うわ」
「迷っているんですか?」

大きな瞳が私を覗き込む。13歳といえばそろそろ大人びていいはずの年齢なのに、この子は全くの子供で、その無垢なあどけなさに何故か私は「負い目」を感じてしまう。無くしてしまったイノセンスの体現。それがこの子の魅力なのだろう。私は何も言わずに背を向けた。

「今日は、ずるはありません。みんな本気です」

思いがけない言葉に私は振り向く。さっきまでいたはずの穢れを知らぬ天使の姿はそこに無く、決意を秘めた戦士が佇んでいた。

「だから、迷わないでいいと思います」
「私が迷っているというの?」

彼女は大きくお辞儀して走り去っていく。小さな背中を見送りながら、私はその場に立ち尽くすのだった。


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posted by tlo at 19:46| ○○の仕事風

2010年01月21日

伊織とやよいのサバイバル26

#あと、2回で終わりです。

遠くから大きな声が響く。エアコンの音より低いざわめきが聞こえてくる。今、楽屋の前の廊下を走っていったのは、声に呼ばれたスタッフだろうか。アイドルアルティメット6回戦は異様な雰囲気に包まれていた。

「緊張してしまうな」

伊織はスニーカーの紐を解いた。そして捩じれを直すと、ゆっくりと結び直し始める。

「アンタがオーデション受けるんじゃないのよ」
「でも、こんなに大きな『仕掛け』をしたのは始めてだからな」
「アンタねぇ」

紐を結う手を止め、伊織はゆっくりと顔を上げた。

「IUが終わったらもっと大きな仕事をしなくちゃいけないのよ? わかってる?」
「……もう勝った後のこと考えているのか?」
「あったりまえじゃない! ってアンタ、私が勝てないって思っているんじゃないでしょうね?」

もしかしたらと声をかければ思ったとおりだった。伊織らしい大言壮語だが、固い声がわずかに上ずっている。この状況だったらしょうがないとはいえ、不安が残っているのだろう。俺は大きくため息をつき、頭を掻く。

「なんとかいいなさいよ」
「一つ。これができればお前は勝てるよ」
「そんなのがあるなら──」
「最高のステージを作る。できるか?」

身を乗り出した伊織は、唐突な答えに目をしばたかせる。俺は言葉を続けた。

「IUの魅力は何だと思う?」
「アイドルが本気で戦う真剣勝負でしょ?」
「そうだな。じゃあ、IUで最高のステージを作るにはどうしたら良い?」

伊織は眉をひそませる。だが尖った口が、不敵な笑みに変わるには時間はかからなかった。

「全力の私を魅せる」

俺はその答えに親指を立てて見せた。そう、奇を衒った作戦は不要なのだ。IUの回を重ねるに連れ、伊織はさらに成長している。今や彼女は、優勝候補の一角に数えられているのだ。堂々と王道を行けば良い。例え、友と争う戦いであっても。

「絶対勝てるよ」
「まっかせなさい!」

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posted by tlo at 00:12| ○○の仕事風

2010年01月14日

伊織とやよいのサバイバル25

「……怒ってもいいんですか?」
「ああ、ええで」
「泣いてもいいんですか?」
「当然や」
「でも、みんな悲しくなります」
「僕はならない。アイドルアルティメットだって辞退していい」
「そんな事したら、迷惑になります」
「社長も他のプロデューサーも、フォローしてくれるって。やよいは心配しないでええんや」

何かが胸を込み上げて、口をついて出そうになる。だけど口を開けたまま、それは言葉にならなくて。そんな私を、プロデューサーは優しく撫でてくれた。

「僕に任せろって言えればカッコええんやけどな」

涙がこぼれた。頭を掻いて笑うプロデューサーの姿がぐしゃぐしゃになる。

「すいません……私……私!」

プロデューサーは黙って頭をなで続けてくれた。私は泣いて泣いて、泣き続けた。暖かい大きな手に包まれるみたいで、つっかえていたものが溶けていくみたいだった。

「みんなによろこんで欲しいから、アイドルになったんじゃないんです……」

いつかプロデューサーにもお話しした事はウソじゃない。けど、本当は違っていた。アイドルアルティメットに出て、大きなステージに立って私は気づいた。全力で歌って踊って、頭がぐあーってなって真っ白になった後に、ファンの人から歓声がわくあの瞬間に。

「気持ちいいんです。すごく楽しいんです。私……」

そうだ。ずるしてるのも、心の底ではよろこんでいたんだ。だって、私はもっと歌っていたいから、もっと踊っていたいから。

「私、自分の為にアイドルになったんです」
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posted by tlo at 21:21| ○○の仕事風

2010年01月06日

伊織とやよいのサバイバル24

「あのな、やよい。聞いて欲しいんや」

渡された封筒から、手紙を取り出す。プリキュアの可愛い便せんには、余りきれいじゃないけれど丁寧に字が書かれていた。きっと小さい子が書いた、ファンレターだ。

『やよいちゃんへ
 テレビでいつもおうえんしてます。
 この間、やよいちゃんの家の事聞いてびっくりしました。
 私は、お母さんが家計が苦しいってピアノ教室へ通えなくなっちゃいました。
 だけど、やよいちゃんみたいにがんばろうって思います。
 いつかやよいちゃんの歌をひけるようになりたいな』

「俺な、思うたんやけどな」

プロデューサーは目を伏せて、口をもごもごさせる。網の上のお肉の端っこがまくれて、ちりちりと焦げていく。私は、プロデューサーが続きを言うのを待つ。

「やよいは、やよいなんやって」
「はい、そうです」
「や、そうなんやけどな」

じゅう

プロデューサーは唸りながら髪をかきむしる。私は焼けたお肉をひっくり返す。

「やよいはアイドルとか貧乏とかそんな前置きみたいのは関係なくて、ただありのままのやよいが一番なんや」
「ありのまま…?」

プロデューサーはもう一通ファンレターを見せてくれた。お花の模様の奇麗な便せんに書かれたファンレター。お腹に赤ちゃんがいるっていう女の人が、赤ちゃんを私みたいな元気で明るい子に育てたいって。

「やよいの歌を聴いて、赤ちゃんがお腹を蹴るんやて」
「私そんなすごくないです」
「すごいとか偉いとかそんなんやなくてな……」
「みんな私のこと知らないんです! だって、私!」
「いや、あのな、そういうのも含めてやな…」


「……プロデューサーは知らないんです」


言って私は、それが言っちゃいけない事だったのに気づく。プロデューサーの表情が凍り付いて、私はうつむく。私が私を隠していた事に、プロデューサーはきっと傷ついたに違いない。

「……すいません」
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posted by tlo at 03:36| ○○の仕事風

2009年12月28日

伊織とやよいのサバイバル23

金網の上のカルビをひっくり返すと、裏にはまだ赤身が残っていた。伝って落ちた油が金網の上で炎を上げる。香ばしい白い煙に煽られて、摘んだ肉をそのまま青いレタスの上に乗せかぶりつく。レタスの葉を食い破ると、熱い脂と肉汁が舌に広がる。

「うまい! 結構良い肉使ってるで、ここ」

炭火にあぶられて丸まっていくミノやタン塩をやよいは凝視している。きっと色々と葛藤しているに違いなくて、正直目が怖い。僕は焼き上がったカルビを小皿に取って、やよいの前に置いた。

「ほら、熱いうちに食べや」
「プロデューサー」
「レタスに巻いて食べると旨いで」

焼けたタンを塩だれを入れた小皿に浸す。表裏とたっぷりと漬けて、したたり落ちるタレをこぼさないよう口を寄せ、放り込むように食う。こりこりとした歯ごたえの後、タレと脂が混じり合って舌に広がった。
まだ焼けてないミノを金網の端っこに寄せる。盛り皿から次はロースを選んで、数きれつまみ上げる。赤身が多い辺り海外産みたいだけど、肉自体はいいもの使ってる。空いたスペースに乗せると、じゅうと一際大きい音がなる。

「遠慮せんと」
「私、ミーティングって聞いたんですけど…」
「うん。大事なこと聞きとうて」

金網に乗せたロースを一枚一枚剥いで敷き詰めていく。炭火に炙られ、浮き出た脂がてらてらと光る。立ち上る煙の向こう、やよいが見詰めてくる。僕も箸を置き、机に腕を乗せる。

「やよい、アイドルアルティメットに勝ちたいか?」

金網の上でロースが炎を上げた。

「なんで、今更そんな事聞くんですか?」

やよいの声が震えている。ホントに今更や。やよいも呆れてるに違いない。よかれと思って一人突っ走って、そのつけが回ってきた。我ながら情けないけど、状況はそんなこと言っていられないぐらい差し迫ってる。

「というか、伊織ちゃんに勝ちたいか?」

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posted by tlo at 20:21| ○○の仕事風

2009年12月01日

伊織とやよいのサバイバル22

私と千早でやよいに特訓したのがつい昨日の事みたいに感じられる。だけどアレはもう数ヶ月前の事。やよいを家に訪ねると、公園で特訓していると聞かされた。住宅街の真ん中にある公園とはいえ、夜は一人で練習するなと言われているはずなのに、アイツはずっとこうしていたに違いない。

「やよい!」
「あ、伊織ちゃん!?」

声をかけたら振り向いて、大きな目をまん丸にして驚いている。

「特訓しているの?」
「うん。あ、伊織ちゃん5回戦突破おめでとう!」
「……ありがとう」

屈託のない、心のそこからの祝福だ。自分だってIUに出ているというのに。

「ねえ、やよい」
「なあに、伊織ちゃん」

勝ち続ける限りいつか当たる。当たり前の理屈だ。それが今来ただけのこと。

「やよい。次の準決勝、あなたと当たる事になったわ」
「………そうなんだ」

だけどこんな形になると私は思っていなかった。こんな事言いたくない。でも言わなくちゃいけない。やよいが私の親友であるように、私はやよいの親友なのだから。

「八百長で勝てると思わない事ね。勝ちたいなら、ホンキできなさい」

背けた目を、おそるおそる戻す。

「そんな…いおりちゃんはお友達と思っているけど、恥ずかしいよ……」
「でも、私の好きはこういう好きなの……ってちっがーう!」

それは百合やとノリツッコミを決めつつ、やよいにいらん知識を吹き込んだ奴をシメる事を決意する。だがその反応で、私は確信した。

「無理してボケも無駄よ」
「……そうだよね」
「自分が勝っているんじゃなくて、周りがわざと負けてるって気づいているんでしょう」
そう、人一倍人の気を遣うやよいが気づいていないはず無い。プロデューサーが舌を巻いたライブ感覚は、そんなやよいの性格そのものだ。そうこの子は、八百長に気づき、八百長を隠しているプロデューサーの気持ちにも気づき、気がつかない振りをしているのだ。
「何故、隠していたの?」
「だって、みんな心配すると思ったから……」
「違う」

そんなことは分かり切っている。自分一人さえ我慢すれば、周りのみんなは笑っていてくれる。そんな答えは、聞かなくたって分かる。私が聞きたいのは――

「何故、私にも隠していたのっ」

こんどこそやよいの表情は固まった。俯いて、小さくつぶやく。

「……ごめんなさい」

でも、聞かなくても、その答えさえ私には分かってしまう。私を困らせたくなかったんだ。まして私もIUに出場しているのだ。どうしようか分からなくなったこの子は、だったらなんとか実力で勝てるぐらいになろうと、こうして練習していたに違いないのだ。

「周りに遠慮して、我慢して、薄っぺらい笑顔貼り付けて! アイドルを舐めないで! そんなんで周りの人を元気にしてあげられるわけないじゃない!」

やよいが泣き出した。ぎゅっと拳を握って、大粒の涙が頬を伝って地面を濡らす。でも溢れかえる言葉を止めることを私は出来なかった。

「周りを元気にしたかったら、やよいが元気になりなさい! やよいが、自分が元気になるためにステージに上りなさい! やよいの全力のホンキで、ぶつかってきなさい!」

ひとしきり叫んで、息が切れる。夜の公園の静けさが戻る。息を整え、私はやよいに背を向けた。

「いつか、一緒にドーム行こうって約束したわよね」

すすり泣く声に、私は言葉を投げつけた。

「行けるのは一人だけよ」

これ以上ここにいたら、私も、泣き出しそうだった。

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posted by tlo at 01:22| ○○の仕事風